第76話 家族からの贈り物です。
前回までのあらすじ
なんだかんだ言って、父は娘のことが心配なようです。不器用ですね。
デザートの皿が下げられると、再び食堂に静寂が訪れた。
さて――何か話した方がいいのだろうか。
こんなときこそ王妃教育で叩き込まれた雑談力の出番である。相手の興味を探り、話題を広げ、会話が途切れそうになれば自然に別の話へ移る。
先日のリューベル辺境伯との昼食でも、それなりにうまくできていたはずだ。
それなのに。
「……」
「……」
父を前にすると、なぜか何も出てこない。
〈また沈黙w〉
〈親子なんだよな?〉
〈会話が続かない親子〉
〈王妃教育でも攻略不能〉
うるさいぞ。私だって努力はしている。
ただ、この父は何を振っても一言で話を終わらせてしまうのだ。
私にだって、できることとできないことがある。はっきり言おう、これは不可抗力だ。
天気の話をすれば「そうだな」。
領都の話をすれば「うむ」。
鉱山の話をすれば、そこから仕事の話になってしまう。
果たして、雑談とはいったい何なのだろう。
遠い目をしつつ、そんな哲学的な問題へ足を踏み入れかけたところで、珍しくジョルジュの方から口を開いた。
「そういえば」
「はい?」
「シモンヌとミシェルから、お前に預かり物がある」
レティシアは瞬きをした。
「お母様とお兄様から?」
「ああ。すっかり忘れていた」
……忘れていた? この父が?
数年前の領地収支まで頭に入っているような男が、妻と息子から預かった大事な品を忘れるとは思えない。
おそらく、食事や仕事の話が終わるまで待っていたのだろう。
つまり――これは、父なりに気を遣っているということなのかもしれない。
まあ、本人に尋ねても否定するだろうから、ここは黙っておこう。
〈珍しく父上から話題提供〉
〈おっ〉
〈パパ上、そういうとこやぞ〉
〈これは一生直らんね〉
さすがに食堂で箱を広げるのもどうかということで、一行は応接室へ場所を移した。
しばらくすると、ジョルジュの従者が大きな箱を運び込んでくる。
大きい。かなり大きい。
とても一人では抱えきれないほどの大きさだ。
レティシアは目を見開き、思わず一歩引いた。
「……これは?」
「シモンヌからだ」
「中身は?」
「知らん。開けてみろ」
嫌な予感がする。
いや――母からの贈り物に、嫌というのは失礼なのだが。
しかし、なぜだろう。
ものすごく嫌な予感がする。
〈大きなつづら〉
〈中から毒虫が……〉
〈やめろwww〉
レティシアは何度も躊躇しながら、恐る恐る蓋を開けた。
「……」
そして無言になる。
中には、色とりどりのドレスが何着も収められていた。
刺繍の入ったもの。繊細なレースをふんだんに使ったもの。光の当たり方によって色合いが変わる、高級そうな生地で仕立てられたもの。
それだけではなく、ドレスに合わせた靴、手袋、髪飾り、ネックレスまで一通り揃っている。
明らかに一式ずつ組み合わせて選ばれたものだ。
……この箱ひとつで、小さな家が建つのではなかろうか。
〈ドレスだああああ〉
〈ママ上www〉
〈本気装備じゃんw〉
〈娘を着飾る気満々w〉
〈課金衣装セット〉
〈SSRドレスパック・コーデ済みセット〉
レティシアはしばらく箱の中を眺めた。
そして――何も手に取ることなく、そっと蓋を閉じた。
〈閉じたwww〉
〈そっ閉じで草〉
〈着たら領民が二度見するやつ〉
〈見なかったことにしたいお嬢〉
〈現実逃避w〉
レティシアはゆっくりとジョルジュを振り返る。
じとり。
父は娘の視線を受けても表情ひとつ変えなかった。
「シモンヌから渡せと言われただけだ」
「……」
「中身については何も聞かされていない」
珍しい。大変珍しい。この父が責任回避をしている。
どうやらグランシエール公爵といえども、妻が相手となると勝手が違うらしい。
「お母様は、わたくしをいったいどこへ行かせるおつもりなのでしょう」
「私に聞くな」
実に潔い回答だった。
もちろん、母の気持ちがわからないわけではない。赤字領へ移り、以前とは比べものにならないほど質素な生活を送っているであろう娘を心配したのだろう。
せめて身につけるものくらいは、と考えたのかもしれない。
ありがたい。
ありがたいのだが。
さすがの私も、これを領民の前で着て歩く勇気はない。
とはいえ、普段使いできそうな比較的落ち着いたものも混じっているようなので、使い道については後で考えることにしよう。
「それから」
ジョルジュが続けた。
「これはミシェルからだ」
今度は、細長い木箱が差し出された。
先ほどのものほど大きくはないが、いざ受け取ると、見た目以上にずしりと重い。
黒い木材で作られた箱には細かな彫刻が施され、留め金ひとつ取っても丁寧な仕事がされている。
箱だけでも高そうだ。
レティシアが父を見ると、彼は無言のまま顎を動かした。
開けろ、ということらしい。
再び嫌な予感がする。今日だけで何度目だろう。
などと思いつつ、再び躊躇しながら蓋を開ける。
「……短剣?」
中に収められていたのは、一振りの短剣だった。
宝石をこれでもかと貼りつけた観賞用の品ではなく、装飾は最小限で、黒い鞘と柄には落ち着いた意匠が施され、余計なものが徹底的に削ぎ落とされた機能美がある。
刀剣などほとんど触ったことのないレティシアにも、安物でないことくらいはわかった。
「護身用だそうだ」
ジョルジュが言う。
「外出するときには身につけておけ、と」
〈無理無理無理w〉
〈王妃教育に短剣術なんてあるん?〉
〈礼儀、外交、政治、ダンス、暗殺者対応〉
〈いやないだろwww〉
「……これを?」
「ああ」
言われてレティシアが短剣を見る。次に自分の手を見た。そしてもう一度短剣を見る。
……兄は私に、これでいったいどうしろというのだろう。
たとえば暴漢に襲われたとき、颯爽と鞘から抜いて応戦しろとでも?
いや、無理だろ。無理、無理。
王妃教育では礼儀作法も外交も政治も学んだし、ダンスも乗馬も一通りはできる。だけど、短剣を用いて戦う方法など教わっていない。
まったく。これだから騎士道馬鹿は困る。
口を開けば、騎士道、騎士道。寝ても覚めても、騎士道、騎士道。あぁ、もう聞き飽きた。
とはいえ、兄なりに妹の身を案じて選んでくれたのはわかる。
幼い頃から騎士の生き方しか知らない彼である。この短剣は、いざという時に妹を守る己の分身なのかもしれなかった。
……馬鹿とか言ってごめんなさい。
でも、婚約者の誕生日に盾を贈るのはさすがにアレだと思うぞ。
レティシアは短剣を慎重に鞘から抜いてみた。刃が灯りを反射して、見るからによく切れそうだ。
ふと、テーブルの隅に紙が一枚置かれているのが目に入る。レティシアはそれを手に取り、試しに刃を当ててみた。
すっ。
「……」
驚くほど抵抗なく切れた。切り口も綺麗だ。きっと紙も、切られたことに気付いていないだろう。
レティシアは切れた紙を見る。短剣を見る。そしてもう一度、紙を見た。
……これは。
ペーパーナイフとして便利そうだ。これこれ。こんなのが欲しかった。
真顔でそんなことを考えていると、横から妙な視線を感じた。顔を上げる。すると、オスカーとアリスが揃ってこちらを見ていた。
二人とも、何とも言えない顔をしている。
なんだ。その、残念なものを見るような目は。
〈出たwww〉
〈バレてるw〉
〈用途が違うw〉
〈今ろくでもない使い道考えただろ〉
〈言ってないからセーフ〉
〈顔に出てるんよ〉
失礼な。私は何も言っていない。憶測のみに基づいて他人を非難してはいけないと、親に教わらなかったのかと小一時間問い詰めたい。
レティシアは短剣を丁寧に鞘へ戻し、箱へ収めた。
うん。
よく切れることだけはわかった。
「最後に」
ジョルジュが言った。
「これは私からだ」
「お父様から?」
思わず聞き返す。
母と兄から預かり物があるとは聞いていたが、父自身からもあるとは思っていなかった。
差し出されたのは、先ほどの短剣より少し大きな箱だった。そして、その蓋に刻まれた印を見てレティシアの目が止まる。
「これは……」
王都でも名の知られた文具工房のものだった。王侯貴族や大商人も利用する由緒正しき老舗で、安い品などひとつも置いていない。
蓋を開ける。
中には、上質な筆記具が一式収められていた。
細かな彫金が施されたペン軸。用途に合わせた交換用のペン先。深い色合いのインクが入ったガラス瓶。銀細工のインク壺と文鎮。
封蝋に使う道具まで揃っている。
どれも華美すぎず、それでいて一目で上等とわかる品ばかりだ。
そして。
レティシアは一本のペンを手に取った。そこには、この世界の文字で小さく名前が刻まれていた。
『レティシア』と。
「……お父様」
「領主になれば書き仕事が増える」
ジョルジュはいつもの調子で言った。
「良い道具を使え」
それだけだった。
レティシアは手の中のペンへ視線を落とす。
名前入り。既製品ではなく、注文して作らせたものだろう。
当然、思いついてすぐ買えるような品ではない。
つまり、少なくとも父は、今回ヴァレーヌへ来ると決めるよりずっと前から、この品を娘へ贈るつもりだったということになる。
もしかすると、ヴァレーヌへ顔を出す機会そのものを以前から考えていたのだろうか。
口には出さず、何も言わない。けれど、この人はこの人なりに、自分のことを案じてくれていたのかもしれない。
レティシアは、胸の奥が少し温かくなった。
「ありがとうございます、お父様」
「ああ」
「大切に使わせていただきます」
「そうしろ」
相変わらず返事はそっけない。
それでも今は、不思議と冷たく聞こえなかった。
〈パパ……〉
〈ちゃんと娘大好きじゃん〉
〈言葉が足りないだけだった〉
〈不器用じゃのお〉
〈高倉健かwww〉
〈ふっる〉
まったくである。もう少し普通に言葉にしてくれれば、娘としても助かるのだが。
確かに『沈黙は金』という言葉はある。けれど、無口、寡黙も度を過ぎれば害悪だ。
レティシアは苦笑しながら、改めて並べられた贈り物へ目を向けた。
母からは豪華なドレス。兄からは業物らしき短剣。
そして父からは、最高級の筆記具。
「……」
レティシアは考える。
ドレスは社交の場で己を飾り、相手と渡り合うためのもの。短剣は言うまでもなく武器そのもの。
そして筆記具は、領主として書類と格闘するための道具である。
……いや、ちょっと待て。
形はまるで違うが、これって全部戦うための道具ではないだろうか。
レティシアは三つの箱を見比べ、そっと息を吐いた。
どうやら、うちの家族は思っていた以上に武闘派だったらしい。




