第72話 あなたまで来るとは聞いてません。
前回までのあらすじ
きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。限界オタクなんだぜ、それで……
今日は領主館に鉱山技師たちが到着する日だった。
先日、レティシアは父であるグランシエール公爵へ、鉱山調査の専門家を派遣してほしいと依頼していた。
かつては鉱石を産出していたものの、採算が取れなくなり、とうの昔に放棄された廃鉱山。
本当に資源は枯渇しているのか。
坑内は現在どうなっているのか。
再び採掘する余地はないのか。
そのあたりを、一度きちんと専門家に調べてもらおうという話である。
もちろん、ただで人を貸してくれとは言っていない。
ジョルジュは実の父親ではあるが、同時にグランシエール公爵という別領の領主でもある。そして今のレティシアも、ジョルジュの娘であると同時に、ヴァレーヌ女伯爵でもあった。
他領から専門家を借りる以上、その働きには相応の対価を支払う。親子だからといって、そのあたりをなあなあにするつもりはなかった。
鉱山技師たちが到着するだけなら、レティシア自身が玄関前で待ち構える必要はない。出迎えは侍女頭であるクララにでも任せれば十分である。
そんなわけで、レティシアはいつも通り執務室で書類と格闘していた。
「こちらは昨日届いた領都からの報告書です」
「そこへ置いてください。先にこちらを片付けます」
「承知しました」
向かいではオスカーも仕事をする、実に平和な昼下がりであった。
少なくとも、その瞬間までは。
ばたばたばた、と廊下から慌ただしい足音が近づいてくる。ほどなく扉が勢いよく開いた。
「お嬢様!」
「アリス?」
息を切らせたアリスが、ノックもせずに飛び込んでくる。
もちろん侍女としては褒められた入室ではなかったが、その顔には、それを注意するより先に聞くべき何かがあると書かれていた。
「グランシエール公爵様のお着きです! 至急、お出迎えを!」
「……はぁ!?」
数瞬の間。直後にレティシアの口から、思わず素の声が出た。
〈はぁ!?www〉
〈お嬢様が出していい声じゃないw〉
〈パパ上襲来キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!〉
〈なんで?〉
いつもなら、ここですかさずオスカーから、
『お嬢様。そのようなお声を出されてはなりません』
と注意が飛んでくるところだが、肝心の彼も固まっていた。
「……」
珍しく目を見開き、声も出せずにアリスを見ている。
〈オスカーまで固まったw〉
〈緊急事態で草www〉
〈これはマジで聞いてないやつ〉
〈早く再起動して〉
〈あぁぁぁ! キーボードにジュースこぼしたぁぁぁ!〉
〈書き込んでないで早く拭けよwww〉
待て待て待て、ちょっと待て。私が頼んだのは鉱山技師であって、グランシエール公爵ではない。
いくら実の父とはいえ、大貴族家の当主をウーバーよろしく自宅へ呼びつけるなど、まさに切腹ものではないか。
正気か?
レティシアが、やっとの思いでアリスに尋ねた。
「何かの間違いではありませんの?」
「い、いいえ。間違いなく公爵様です」
「先触れは?」
「ございませんでした」
どういうことだ。
父から届いた返書にも、技師を派遣する旨しか書かれていなかった。本人が来るなど一言も聞いていない。
「オスカー?」
「……参りましょう」
「そうですね」
問いただすのは本人を見てからだ。
レティシアは立ち上がり、急いで執務室を飛び出した。
領主館は、にわかに騒がしくなっていた。
予定にない大貴族の突然の来訪である。使用人たちは慌ただしく行き交い、客室の確認や荷物の受け入れに走り回る。
レティシアも足早に玄関を抜け、馬車止めへ向かった。
そして――
「……」
本当にいた。
見間違えようもない。グランシエール公爵ジョルジュ・グランシエール。フェルメリア王国でも有数の大貴族であり、レティシアの父親でもある。
濃紺の上着を隙なく着こなし、旅装であっても威厳はいささかも損なわれていない。ヴァレーヌへ赴任して以来、久しぶりに見る父の姿だった。
「お父様!?」
「ああ」
ああ、じゃないが。その一言で済ませるつもりか。
しかもジョルジュの傍らには、見覚えのある人物がもう一人立っていた。
ロラン・ボレル。
長年グランシエール公爵家を取り仕切ってきた家令であり――オスカーの父親でもある。
さらにその後ろには、いかにも山仕事に慣れていそうな男たちが幾人か控えていた。
こちらが本来頼んだ鉱山技師だろう。問題は、頼んでもいないものまで一緒に届いたことである。
〈本当にいたw〉
〈技師+パパ上セットw〉
〈ハッピーセットみたく言うなwww〉
〈豪華すぎるおまけ〉
〈おまけの方が豪華ってw〉
〈食玩かwww〉
公爵を食玩扱いするな。失礼がすぎる。
「どうして、お父様がこちらに?」
レティシアが、ようやくそれだけ尋ねる。
「見れば分かるだろう。来たのだ」
いやいやいや、分からないから聞いているのだ。なんだ、その返答は。
以前から思っていたが、父は時々、答えになっていない答えを堂々と口にする。
「それは見れば分かります。そうではなく、なぜ事前にお知らせくださらなかったのです?」
「知らせれば準備をするだろう」
「……はい?」
「お前の領主ぶりを見に来たのだ。事前に知らせては、ありのままが見られん」
レティシアは数秒、父の顔を見つめた。
それから理解する。
なるほど、抜き打ちだ。
特別考査。略して特考。特攻とも言う。
前世の会社での記憶が脳裏をよぎり、胃がきゅっと縮む。べつに悪いことをしていなくても、監査に恐怖を覚えるのはなぜだろう。
〈まさかの抜き打ち監査www〉
〈ガサ入れともいうw〉
〈緊張で吐きそう〉
〈オロロロロロ~!〉
〈汚ねぇなwww〉
〈パパ上監査部〉
〈娘の職場参観だろ〉
〈参観日の圧じゃねえwww〉
「レティシア。今回は公式訪問ではない」
そんな娘の心中など知る由もなく、ジョルジュが事もなげに付け加える。
「技師たちに同行しただけだ」
同行。公爵が。馬車で何日もかけて。
本人は平然としているが、その理屈にはかなり無理があると思う。
「……そうでございますか」
口から出たのは、完璧な令嬢の返事だった。
けれど、内心ではまったく納得していない。
公爵ともあろう者が、事前の連絡もなく他領へ押しかけてくるんじゃない。たとえ相手が娘でもだ。
ふと、その斜め後ろへ目を向けると、ロランがいつもの無表情で立っていた。
あなたも止めなさいよ。
何気に視線で訴えてみるが、何も返ってこなかった。
……もしや共犯か? 共犯なのか?
その時、ロランの視線がわずかに動いた。向かった先にはオスカーがいて、彼もまた父親を見た。
ほんの一瞬だけ、父と息子の視線が交わる。
だが、それだけだった。
ロランはすぐに公爵家家令の顔へ戻り、オスカーもレティシアの家令として静かに控える。久しぶりの親子再会だというのに、揃いも揃って仕事人間である。
まったく、血は争えない。
「ともかく、立ち話もなんです。中へどうぞ」
「ああ」
ああ、じゃないが。
レティシアは父たちを領主館の中へ案内した。
応接室では、レティシアとジョルジュが卓を挟んで向かい合う。
そして、ジョルジュの斜め後ろにはロラン。レティシアの斜め後ろにオスカー。アリスは部屋の隅に控えている。
鉱山技師を含め、その他の随行員には別室で休んでもらっていた。
改めて見ると、妙な構図である。
父と娘。そして、その後ろにも父と息子。もっとも、ロランとオスカーは相変わらず一切の感情を表に出していないが。
ジョルジュの前に茶が置かれる。レティシアが改めて口を開いた。
「道中は問題ございませんでしたか?」
「特にはない」
「それは何よりですわ」
〈会話が硬いw〉
〈父娘なのに会談感がすごい〉
そんな当たり障りのない会話を交わしながら、レティシアは父の様子を窺う。
それにしても、本当にどういうつもりなのだろう。
グランシエール公爵家の当主ともなれば、多忙なのは言うまでもない。社交の季節が一段落しているとはいえ、何日も自由に使えるほどの暇はないはずだ。
ここまで来るだけでも相応の日数がかかる以上、予定をかなり調整してきたに違いない。
そもそも、技師を送り出すだけなら父本人が来る理由などないはずだ。娘の領主ぶりを見るためと本人は言っていたが、本当にそれだけなのだろうか。
ちらりとロランへ視線を向ける。相変わらずの無表情に、思わず「クララか!」とツッコみたくなる。
どうしてうちの関係者は揃いも揃って無表情ばかりなのだろう。この人選をした者を小一時間問い詰めたくなった。
そして――ロランよ。あなたもあなたで、なぜ付いてきた。
公爵家の実働部隊の長であるあなたが、屋敷を空けて大丈夫なのか。
……いや、ロランなら留守中の手配くらい完璧に済ませているか。
しかし、それでも止めろよ、父親を。
〈レティシア様がロラン睨んでるw〉
〈何気にロランへの圧が強いw〉
〈隠せよw 腹芸どこいったw〉
〈ロランはロランで息子見に来た説〉
〈授業参観が二組でワロスwww〉
そんなコメントが視界を横切る。
待て。息子を見に来た……だと?
まさか。
振り返りはしなかったが、レティシアが背後に控えるオスカーへ意識を向ける。
そういえば、オスカーも父親と顔を合わせるのはヴァレーヌへ来て以来だった。だけど、今この場で余計なことを口にする必要もないだろう。
親子には親子の事情がある。こちらだって、目の前の父親をどうにかするので精一杯だ。
「レティシア」
ジョルジュの声が突然低くなった。
「はい」
空気が変わる。明らかに、先ほどまでの世間話とは雰囲気が違う。
「手紙は読んだ。鉱山の再調査と聞いている」
「ええ」
「すでに廃坑となって久しい鉱山だそうだな」
「その通りですわ」
「本当に資源が枯渇しているのか、改めて確認したい。お前からの手紙には、そう書かれていた」
「はい」
ジョルジュが居住まいを正し、娘をまっすぐに見る。
「理由は、それだけか?」
〈はいバレた〉
〈目力つよつよ〉
〈さすパパ上〉
〈娘の手紙の裏を読む父親〉
〈そんなことしたら娘に嫌われる・゜・(*ノД`*)・゜・。〉
まさに単刀直入。その問いはあまりに鋭かった。
しかしレティシアはすぐには答えず、その場に沈黙が流れる。その間にも父の視線は揺らがなかった。
やはり、この人は侮れない。手紙に書かれていたことが、表向きの理由だけなのではないかと最初から疑っていたらしい。
考えてみれば当然なのかもしれない。
廃鉱山など、昨日今日できたものではないのだ。にもかかわらず、領主になったばかりの娘が突然調べたいと言い出した。
しかも自前ではなく、公爵家から専門家を借りてまで。それで、何もないと思う方がおかしいだろう。
「何か、見つけたのか」
娘を真っ直ぐに見つめたままジョルジュが尋ねる。相変わらずの目力に、思わずレティシアはたじろぎそうになった。
さて、どうしたものか。
一瞬だけ考える。
ここで誤魔化すことはできるだろうが、その意味は薄い。
今回の調査では、石灰岩だけでなく、あの黒い石についても調べてもらうつもりだ。ならば、早いか遅いかの違いだけで、いずれ父に知られるのは確実だ。
それにジョルジュは、少なくとも現段階では最も信頼できる相談相手の一人である。王家へ話を上げるにしても、採掘を始めるにしても、今後は公爵家の協力を求める場面が出てくるのは間違いない。
ならば、隠し続ける理由はないだろう。
レティシアは小さく息を整えた。そして父の目を正面から見返して言う。
「お父様」
「なんだ」
「ひとつ、お聞きしたいことがございます」
ジョルジュの目がわずかに細められる。レティシアは、その視線を正面から受け止めた。
「――燃える石というものを、ご存じですか?」
その瞬間。ジョルジュの目に鋭い光が宿った。




