第61話 村へ話を聞きに行きます。
前回までのあらすじ
燃える石キタ━━━ヽ(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)ノ━━━ !!!
「これは……」
レティシアはミケの手の中にある黒い石を見つめた。
「ミケ。その石を少し見せていただけますか?」
「いいぞ」
ミケが無造作に差し出した黒い石を受け取り、レティシアはその表面へアイテムウィンドウを重ねた。
視界の隅に、半透明の表示が浮かび上がる。
【品名:石炭】
【説明:可燃性の岩石】
【用途:燃料】
【品質:並】
思った通り、やはりこれは石炭だった。
しかし待ってほしい。石炭を見つけたからといって、いきなり燃料としては使えない。そもそも、鉱脈の大きさも、安全に掘り出せるかさえも分からないのだ。
とはいえ、その価値が計り知れないのも事実である。
前世において、石炭は産業革命を支えた燃料の一つだった。今世のレティシアが知る限り、フェルメリア王国で熱源として広く使われているのは薪や木炭だ。実際、領主館の暖炉や厨房のかまども、それらに頼っている。
対して石炭は薪よりも熱効率が高い。石灰を作るには石灰岩を高温で焼かなければならないし、砂糖の精製を続けるにも、まとまった量の燃料が必要だ。
鍛冶や金属加工にも使えるだろう。薪だけに頼らずに済むのであれば、領内の木を無闇に切る必要もなくなる。
もちろん、煙や臭い、採掘の危険性といった問題はあるが、それでも、将来的にヴァレーヌの産業を大きく変える可能性を持つ資源であることに間違いはなかった。
「領主様」
呼びかけられて、レティシアは我に返る。オスカーが怪訝そうな顔で、黒い石を見つめていた。
「もしや、その石が何であるかをご存じなのですか?」
「ええ」
「どのようなものなのでしょう」
「これは石炭と呼ばれるものです。薪と同じように、燃やして燃料にできます」
オスカーの眉がわずかに動いた。
「石が燃えるのですか?」
「正確には、燃える石です」
「それは承知しておりますが……」
〈全然説明になってなくて草〉
〈燃える石とは、石が燃えるということです〉
〈小泉構文やめろw〉
小泉構文。確かに。
実際、レティシアの返答は何の説明にもなっていなかった。だけど、石炭がなぜ燃えるのかを、この場で地質学的に説明するのも難しい。
そもそも、前世のレティシアも専門家ではなかったわけだから、植物が地中で長い年月をかけて変化したもの、と説明するくらいしかできなかった。
まぁ面倒だから、しないけど。
「領主様は、なぜそのようなものをご存じなのです?」
当然の疑問である。
レティシアは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
前世で学びました、とは口が裂けても言えない。だから、脳死でいつもの決め台詞を吐いた。
決め顔で。
「王妃教育で学びました」
「……左様でございますか」
オスカーが押し黙る。
決して納得したわけではなかったが、彼はそれ以上考えるのをやめた。
これまでにもレティシアは、農作物、料理、交易、国境政策と、王妃教育の名のもとに次々と未知の知識を披露してきた。
いまさらそこに燃える石が一つ加わったところで、大した違いはない。
〈出たw〉
〈「王妃教育です」(`・ω・´)キリッ〉
〈キリッじゃねーよw〉
〈オスカー思考停止〉
〈考えるな、受け入れろ〉
〈オスカー、また一つ悟る〉
〈王妃教育万能すぎ問題〉
失礼な。便利だからそう言っているのではない。ほかに説明のしようがないのだから仕方ないだろう。
……まぁ、毎度ながら適当過ぎるのは否定しないが。
「オスカー」
「はい」
「この白い石と黒い石については、誰にも話してはなりません」
オスカーの表情が引き締まる。
「白い石についても、でございますか?」
「ええ。どちらも、今後のヴァレーヌにとって重要な資源となる可能性があります。採れた場所や用途も含め、調査が済むまでは口外しないように」
「かしこまりました」
オスカーの返事を受け、周囲の騎士や下働きたちも一斉に頭を下げた。
石炭が貴重であることはもちろんだが、石灰岩についても秘匿しておく必要がある。
石灰岩そのものが知られるだけなら、大きな問題にはならないはずだ。けれど、それが砂糖の精製に必要だという情報まで広まれば、ヴァレーヌで進めている新たな産業の手の内を晒すことになってしまう。
〈はい箝口令〉
〈砂糖も石炭も企業秘密〉
〈漏らしたらクララが来るぞ〉
〈クララ「お話があります」〉
〈それが一番怖い〉
〈う〇こしてるんだけど、紙がないことに今気付いた〉
〈急に何の報告だよw〉
無視だ、無視。
レティシアは黒い石を持ったままミケへ顔を向けた。
「こちらをいくつか持ち帰ってもよろしいですか?」
「いいぞ。中にいっぱいある」
「ありがとうございます」
「その代わり、肉を増やせ」
「……抜け目がありませんわね」
「約束だぞ」
「分かりました。料理長には、よく働いてくださったと伝えておきます」
ミケが満足そうに耳を立てる。
レティシアは石灰岩と石炭を少量ずつ持ち帰ることにした。詳しい調査は、鉱山に詳しい者と安全を確認するための人員を揃えてから後日に行うことにする。
レティシアは改めて横穴の中を見回した。
坑道の調査が始まれば、この辺りには多くの人間が出入りすることになる。ミケが今までどおり静かに暮らし続けるのは難しくなるだろう。
もっとも、それ以前に、この場所そのものが住居として安全ではないのだが。
天井には細かな亀裂が走っており、大雨が続けば崩れるかもしれない。寒さをしのぐために奥で火を焚けば、再び頭痛を起こす可能性もある。
どう考えても、十三歳の少女を一人で残してよい場所ではないだろう。だからといって、レティシアの一存で連れ出すわけにもいかなかった。
以前のミケは獣人族の村で暮らしていた。今でも、村の誰かが食料や日用品を届けている可能性が高い。
何も説明せずにミケを連れ帰れば、武装した人間たちが獣人族の子供を連れ去ったと受け取られかねなかった。
それを防ぐためにも、まずは、村の者から事情を聞く必要がある。
「ミケ」
「なんだ」
「あなたが暮らしていた村へ、案内していただけませんか?」
その言葉に、ミケの耳が一瞬で伏せられた。
「嫌だ」
予想どおりの返事だった。
「村へ戻れと申しているのではありません」
「行かない」
「村の方々から、あなたの事情を聞いておきたいのです」
「あいつらの話なんか聞かなくていい」
「そういうわけにはまいりません」
レティシアは穏やかな口調を保ちながらも、はっきりと言った。
「あなたはまだ十三歳です。ここで一人で暮らしていた理由も、ご両親が亡くなったあとのことも、あなたから聞いただけでは分からないことがあります」
「嘘は言ってない」
「嘘だとは思っておりません。ただ、村の方々にも話を聞く必要があるのです」
ミケが不満そうに尻尾を揺らす。
これまで服の陰で見えにくかったが、白を基調に黒と茶色の斑が混ざった長い尻尾が、苛立たしげに左右へ動いているのが見えた。
〈しっぽデタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!〉
〈ついに見えた!〉
〈しっぽ民歓喜〉
〈不機嫌しっぽ〉
〈左右にぶんぶん〉
〈触りたい引っ張りたい吸いたい〉
〈お巡りさんこいつです〉
しっぽな。分かる。私もめっちゃ触りたい。なんなら、頬ずりしてみたい。
でも、いまはそれどころじゃないだろう。もう少し場の空気を読んでほしい。
「ミケ。時々ここへ食べ物や日用品を置いている方がいるのでしょう?」
「知らない」
「そうでしたわね。誰かはご存じないのでした」
「……」
「では、その知らない方に、突然あなたがいなくなった理由を説明しなければなりません」
ミケが口を閉ざす。
知らないと言い張ってはいるものの、誰が物を差し入れているのかは分かっているのだろう。
そして、村の者たちがミケを心配していることも。
〈知らない(知ってる)〉
〈またw〉
〈本当に知らないに1万ジンバブエドル〉
〈やっすw〉
「村の方々へ相談もせずに、あなたの今後を決めることはできません」
「別に、あたしはここにいればいい。気に入っているし」
「この横穴は安全ではありません。それに、坑道を調査することになれば、この辺りには多くの人が出入りします」
「邪魔なら、別の場所へ行くだけだ」
「そういう問題ではありません」
思わず声のトーンが上がる。
ミケの耳が警戒するように伏せられて、レティシアは一度息を整えた。
追い出したいわけではないのだ。むしろ、その逆だ。
「あなたを邪魔だと思っているのではありません。別の場所へ移って、また一人で暮らせばよいと言っているのでもありません」
「じゃあ、どうするんだ」
「それを考えるために、村の方々と話をしたいのです」
ミケは納得していない様子でレティシアを見る。その横で、オスカーが静かに口を開いた。
「領主様のおっしゃるとおりかと存じます」
ミケが露骨に嫌そうな視線を向けたが、オスカーは気にした様子もなく続ける。
「あなたが村を出た経緯や、これまで誰が生活を支えていたのかを確認せずに、今後のことは決められません」
「勝手に決めるな」
「だからこそ、あなただけでなく、村の方々の話も聞くのです」
「……人間は面倒くさい」
「それについては同意します」
オスカーが即答した。
「オスカー?」
「申し訳ありません。少々、身に覚えがございまして」
「……そうですわね」
〈オスカーw〉
〈急にぶっ込んできた〉
〈オスカー疲れてる?〉
〈疲れてるよ〉
ミケは少しだけ毒気を抜かれたようだった。
それでも、村へ行きたくない気持ちは変わらないらしく、耳を伏せたまま横穴の奥へ視線を向ける。
「重ねて言いますが、村へ戻れとは申しません」
レティシアは改めて言った。
「話を聞き終えたあとに、どこで暮らすかは、あなたの意見も聞いて考えます」
「村に置いていくな」
ミケが即座に返した。
「分かりました。あなたの意思を無視して村へ置いていくことはいたしません」
「絶対だぞ」
「ええ。約束します」
ミケはしばらくレティシアを見つめた。嘘をついていないか確かめているのだろう。やがて大きく息を吐き、心底嫌そうに耳を横へ倒した。
「……分かった」
「案内していただけますか?」
「仕方ない」
あくまで自分が折れてやったという態度である。
「村は、ここからどれくらいです?」
「歩いて半刻くらい」
およそ三十分。
レティシアが外へ出て空を見上げる。太陽はまだ十分に高い。村で話を聞き、日が暮れる前に戻るだけの時間はあるだろう。
数名の騎士と下働きをその場で待機させ、残りの者たちは、ミケの案内で獣人族の村へ向かうことになった。
「では、お願いいたします」
「こっちだ」
ミケは横穴の外へ出ると、木々の間へ続く細い獣道を指さした。そして数歩進んだところで振り返る。
「遅い」
「まだ歩き始めてもいませんわ」
「人間は歩くのが遅いからな」
そう言い残し、ミケは軽い足取りで山道へ入っていった。
〈案内役になった途端に偉そうw〉
〈猫についていく一行〉
〈山道RTA始まる〉
〈村イベント突入〉
〈紙がないからパンツで拭いた〉
〈それどうすんだよw〉
〈お前まだう〇こしてたんかwww〉
無視だ、無視。
どうやら、村へたどり着くまでにも一苦労ありそうだった。




