第60話 思いがけないものを見つけました。
前回までのあらすじ
食事のマナーがまったくなっていない猫娘。
これは躾けがいがありそうだと、クララがアップを始めました。
「あなたは、ここで一人で暮らしているのですか?」
レティシアの問いに、ミケは空の皿を抱えたまま答えた。
「そうだ」
あっさりとした返事だった。
「ご両親は、どちらにいらっしゃるのですか?」
「死んだ」
ミケの耳がわずかに伏せられる。
「……お二人とも?」
「母さんは一年前に死んだ。父さんはもっとずっと前に死んだ」
レティシアが言葉に詰まる。
ミケはいま十三歳だ。その年齢であれば、親の庇護のもとに暮らしていてもおかしくはないというのに、彼女は十二歳で両親を失った。
この世界では、病や事故で早くに親を失う子供は珍しくない。
医療は発達しておらず、少し重い病にかかっただけで命を落とす者もいる。貧しい家であれば、薬を買う金さえ用意できないこともあるだろう。
以前のレティシアであれば、それも世の常だと受け入れていたかもしれない。けれど、前世の記憶と倫理観を取り戻した今では、ミケの境遇を仕方のないことだと割り切るのは難しかった。
〈急に刺してくるな〉
〈一年前って……十二歳で天涯孤独かよ〉
〈そりゃ警戒心も強くなるわ〉
〈泣きそう〉
〈歳のせいか最近は涙腺が緩くて困る〉
〈じじい乙〉
〈ばばあじゃ!〉
視聴者たちよ、少し静かにしてほしい。
ここは茶化す場面ではないのだ。
一瞬の逡巡の後に、レティシアが続けて尋ねる。
「お母さまが亡くなってから、ずっとここに?」
ミケは視線を逸らした。
「ずっとじゃない。最初は村にいた」
「村? あなたの一族が暮らしているところですか?」
「そうだ」
どうやら、獣人族の集落がこの山のどこかにあるらしい。
「なぜ、村を出たのです?」
「嫌になったから」
「何かあったのですか?」
「ああしろ、こうしろと、みんなうるさい。大人は怒ってばかりだ」
空の皿を抱える腕に力が入る。短い返答ばかりで、詳しい事情を話す気はないようだ。
レティシアがこれ以上聞くべきか迷っていると、ミケが睨むように言った。
「勘違いするな。追い出されたんじゃない、あたしの方から出てやったんだ」
捨てられたと思われるのが、よほど嫌なのだろう。そこには彼女なりのプライドが垣間見えた。
実際に何があったのかは分からない。村の者と喧嘩をしたのかもしれないし、居心地が悪くなって飛び出しただけかもしれない。ただ、ミケなりに、自分の意思で出てきたことだけは譲れないらしかった。
〈シャーッてしてるけど傷ついてるやつ〉
〈強がり猫〉
〈思春期かな〉
〈中二病かな〉
〈中二病はかわいそうだろw〉
「そうですか」
レティシアはそれ以上言わなかった。
ミケが意外そうな顔をする。さらに追及されるか、あるいは哀れまれると考えていたのかもしれない。
レティシアが話題を変える。
「食事はどうしているのですか?」
「山から採ってくる」
「木の実やキノコを?」
「それもあるし、鳥も捕まえる」
「一人で?」
「もちろん」
ミケは少しだけ胸を張った。
猫人族の身体能力がどの程度のものかは分からないが、山中で一年近く暮らしてきたなら、それなりに狩りや採集はできるのだろう。
とはいえ、それだけですべてを賄えるとは思えなかった。
「それ以外の物――日用品などはどうしているのですか?」
ミケの目が泳いだ。
「時々、置いてある」
「誰が置いていくのです?」
「知らない」
そう言ったものの、明らかに知っているようだった。
〈目が泳いだw〉
〈知らない(知ってる)〉
〈絶対知ってるやつw〉
両親の死後に面倒を見ていた村人が、時々差し入れているのかもしれない。無理に連れ戻すことはできなくても、このまま見捨てることもできなかったのだろう。
その辺りの事情は、いずれ確認する必要がある。しかし、今ここでミケへ問いただしても、素直に話すとは思えなかった。
「分かりました。今は、これ以上聞きません」
レティシアは立ち上がり、膝についた土を軽く払った。
空気がすっかり重くなってしまった。
これ以上同じ話を続けても、ミケは心を閉ざすだけだろう。ならば、ひとまず本来の目的へ戻ることにする。
「ところで、わたくしたちは、この辺りにある石を探しに来たのです」
「石?」
ミケの耳が少しだけ起きた。
「白っぽい色をした石です。灰色や黄色が混ざっていることもあります。特徴的な色なので、すぐに分かるかと思いますけれど」
レティシアが石灰岩の見た目を簡単に説明すると、ミケはしばらく考えたあとに首を傾げた。
「それならある」
「どこですか?」
「そこらにいっぱいある」
淡々と告げる。ミケにとっては、何の価値もないただの石らしい。
「場所を教えていただけませんか?」
「……」
ミケは黙り込んだ。一度食事を与えただけで、全面的に協力してくれるほど単純ではないようだ。
「教えてくださると、とても助かるのですが」
反応はない。レティシアは少し考えて付け加えた。
「もちろん、お礼はいたします」
ミケの耳がぴくりと動く。
「先ほどの食事を気に入ったのでしょう? 助けていただけるなら、夕食もご馳走いたしますわよ」
手に持ったままの皿をミケが見つめる。次に、顔ごとレティシアの方を向いた。
〈効いてる効いてるw〉
〈一食で懐くほどチョロくはない〉
〈そこまで安い女でなくってよ!〉
〈耳ぴく〉
〈餌付け継続中〉
餌付けと言うな。餌付けと。
そもそも失礼だろう。ご飯を囮に、野良猫と仲良くなろうとしているわけではないのだ。
……状況的には、似ているかもしれないが。
「肉は?」
「ありますわよ。美味しいところが」
「いっぱい?」
「働きに応じた量を」
「……けち」
レティシアが笑みを崩さずに答える。
それは貴族令嬢としての腹芸ではなく、単純に面白がっているように見えた。
「場所を教えてくだされば、料理長に多めに用意するよう頼みましょう」
ミケはレティシアを疑うように見つめたあと、空の皿を地面へ置いた。
「……こっち」
それだけ言うと、ミケは廃鉱山の方へ歩き始めた。
一行は互いに顔を見合わせ、そのあとを追った。
ミケが向かったのは、鉱山の坑道ではなかった。
坑道の入口から少し離れた岩壁に、もう一つ小さな穴が開いている。人が二人並んで入れる程度の幅で、奥行きもそれほど深くない。外からでも最奥まで見通すことができた。
「ここは……」
オスカーが横穴を見回す。同行していた下働きが眉を寄せた。
「おそらく、資材置き場ではないでしょうか。坑道へ運び込む道具や薪を置くために掘ったものかと」
「なるほど」
ミケは迷うことなく中へ入っていく。
横穴の入口には、木の枝と古い布を組み合わせた簡素な覆いが作られていた。雨や風を完全に防げるものではないが、ないよりはましなのだろう。
そこには、ミケが暮らしてきた痕跡があった。奥の壁際には枯れ草で寝床が作られ、そばには欠けた木の器と小さな土器が置かれている。
水をためている壺。木の実や干したキノコ。天井から吊るされた燻した小動物の肉。隅には古びた鍋と火打ち石があり、その近くには小さな焚き火の跡が残っていた。
狭い空間の中に、生活に必要なものが雑然と並べられている。ミケなりに使いやすいよう配置しているらしい。
「じろじろ見るな」
「失礼しました」
レティシアは素直に目を逸らした。
他人から生活を観察されたくない気持ちは分かる。しかし、この住環境を見てしまえば、何も考えずに帰ることもできなくなった。
浅い横穴とはいえ、ここは廃鉱山の一部だ。天井や壁には細かな亀裂も見えるし、大雨や地震があれば、いつ崩れてもおかしくない。
どうしたって、十三歳の少女を一人で暮らさせる場所ではなかった。
「ミケ。それで、白い石はどちらにあるのです?」
レティシアが尋ねると、ミケは横穴の奥を指さした。
「そこ」
焚き火跡の周りに、白や灰色の石がいくつも積まれていた。炉の囲いとして使っていたのだろう。
ミケがその中から一つを拾い上げた。
「これか?」
レティシアは差し出された石を受け取った。
白に近い灰色で、ところどころ薄い黄色が混じっている。見た目だけなら、探していた石灰岩とよく似ていた。
レティシアは念のため、石にアイテムウィンドウを重ねる。すると視界の隅に、半透明の表示が浮かび上がった。
【品名:石灰岩】
【説明:石灰の原料となる岩石】
【品質:並】
間違いない。目的の石灰岩だ。
「やはり、ありましたわ」
思わず声が弾む。
これで、根菜の甘い煮汁の不純物を取り除く試験を進められる。
もちろん、量と品質、採掘の安全性などを調べなければならないが、それでも、石灰岩が存在することを確認できた意味は大きい。
〈石灰岩キタ━━━ヽ(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)ノ━━━ !!!〉
〈砂糖作り前進〉
〈イベントクリア条件達成!〉
〈文明開化の音がする〉
〈喜ぶにはまだ早いおじさん「喜ぶにはまだ早い」〉
〈出たw〉
「ところでミケ。この石はどこで拾ったのですか?」
「外」
ミケが横穴の外を指す。
「大きい穴の横。崩れたところにいっぱいある」
「案内していただけますか?」
「あとで」
夕食の約束をした以上、案内してくれるつもりはあるらしい。
レティシアが石灰岩を手に喜びを噛みしめていると、ふと、焚き火跡のそばに別の石が転がっていることに気づく。
白い石の隣に、黒い石がいくつも積まれていた。
薪が燃えたあとの炭にも見えるが、それにしては形がおかしい。表面に木目はなく、ところどころ鈍い光沢を帯びている。
レティシアは腰をかがめた。
「それは……?」
ミケが黒い石を一つ拾い上げる。
「燃える石」
「燃える……石?」
「そうだ」
ミケは、何を驚いているのか分からないという顔をした。
「火をつけると燃える。薪よりも長く燃えて便利」
「この石が?」
「薪を拾いに行かなくていいから楽だ」
言いながらミケは、黒い石を軽く手の中で転がした。
〈あっー!〉
〈待て待て待て!〉
〈ちょ、待てよ〉
〈キム〇ク乙〉
〈おまいら落ち着け〉
〈落ち着けるかw〉
〈これってアレじゃね?〉
〈燃える石ったらアレしかねーべ〉
〈名前を言ってはいけないアレ〉
〈いや言えよw〉
〈ネタバレ配慮で草〉
そうだ、これはアレだ。アレしかない。
それは視聴者も察したらしく、やたらと大量のコメントが流れていく。
はっきり言おう、うざい。
「それは、どこで拾ったのです?」
「穴の中」
「坑道の中ですか?」
「奥にいっぱいある。使い切れないくらい」
レティシアだけでなく、オスカーとクルトも坑道の入口へ目を向ける。
五十年前に閉鎖された鉱山。その奥に、火をつければ燃える黒い石が大量にあるという。
ミケが何でもないことのように付け加えた。
「でも、燃やすと臭いし目も痛くなる。穴の奥だと頭も痛くなる」
「穴の奥で燃やしているのですか?」
「寒い時だけ」
「ミケ。奥で燃やしてはいけません」
レティシアは反射的に強い口調で言った。
その声にミケが耳を伏せる。
「なんで」
「煙から身体に悪いものが出ているからです。入口に近い場所で燃やす場合でも、煙を外へ出すなど十分に注意しなければなりません」
「でも、暖かい」
ミケは納得していないようだった。それでも、レティシアの表情を見て、反論は飲み込んだらしい。
〈それはあかんやつ〉
〈一酸化炭素的なやーつでは〉
〈危ねぇなおい〉
〈死ぬってw〉
〈知らないって怖い〉
〈ミケ、生きとったんかワレ!〉
〈縁起でもないこと言うなw〉
黒い石。
火をつければ燃える。
薪よりも長く燃え、煙は臭い。
そして、廃鉱山の奥には大量にある。
レティシアは、ミケが持つ黒い石を凝視した。
ここへは石灰岩を探しに来ただけだったはずだ。それだけでも、砂糖の精製を進められるという意味では十分に大きな前進だが、それに加えて、この領地の未来を大きく変えるかもしれないものが転がっていた。
果たして、これを偶然と片付けていいものだろうか。いや、よくない。
レティシアは、黒い石から目を離さず言った。
「これは……」
あまりに思いがけない光景に、レティシアはそう言うのが精一杯だった。




