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第43話 圧迫面接ではありません。(たぶん)

前回までのあらすじ


新人営業マン、いきなり役員面談に漕ぎ着けるの巻

 応接室の扉を開けたのは、オスカーだった。


「ヴァレーヌ女伯爵、レティシア・グランシエール様がお見えです」


 その言葉にスヴェンは反射的に立ち上がり、直後に息をのんだ。しかしそれも一瞬。すぐに我に返って深く礼をした。


 それへ視線を流しながら、レティシアが口を開く。


「お初にお目にかかります。ヴァレーヌを預かっております、レティシア・グランシエールです」


「突然の訪問にもかかわらず、拝謁をお許しいただき感謝申し上げます。行商人のスヴェン・ショッペルと申します」


 レティシアは、柔らかく続けた。


「どうぞ、おかけくださいませ」


「失礼いたします」


 スヴェンは促されるまま、再びソファに腰を下ろす。その動きを見届けながら、レティシアも向かいの席に座った。

 斜め後ろにはオスカーが立ち、部屋の入口近くの壁際には、茶を出し終わったアリスが控えている。


 その瞬間、レティシアの視界にいつもの文字が流れ始めた。


〈お、商人くんだ〉

〈若手営業っぽい〉

〈レティシア様、面談モード〉

〈新人営業、役員面接へ〉

〈これは圧迫面接の予感〉


 相変わらず、好き勝手なことを言っている。

 誰が圧迫面接をするのかと、小一時間問い詰めたい。


 レティシアは表情を変えずに茶器へ手を伸ばす。スヴェンは、そんな彼女を慎重に観察した。


 自分は商人として、これまで多くの人間を見てきたつもりだ。

 笑顔で値切る客。怒鳴って押し通そうとする客。親しげに近づいてこちらの隙を探る相手。愛想よく嘘をつく商人。柔らかな声で腹を探る貴族。


 海千山千。人の顔色を窺うことには、それなりに自信がある。しかし、目の前の令嬢は読みづらかった。


 優しげに微笑み、声も穏やかだ。こちらを威圧するような言葉は一つもない。それなのに、見られている。


 靴。手。服の質。姿勢。言葉遣い。礼の深さ。ほんのわずかな間。

 こちらが彼女を観察しているつもりで、実のところは最初から自分が観察されている。

 そんな気がした。


〈笑顔で値踏みする女伯爵〉

〈なにそれ怖い〉

〈商人くん頑張れ〉

〈顔は天使、視線は面接官〉

〈まあ、まずは座れ。話はそれからだ〉


 自分からここへ来たのだ。もちろん逃げるつもりはない。

 しかし、掌にうっすらと汗が滲んでいることをスヴェンは自覚していた。



「昨夜、町の宿で食事をいただきました」


 先に口を開いたのはスヴェンだった。


「そこで出されたパスタという料理が、大変に見事なものでした。あれほど珍しく、しかも旅人向きの料理はなかなかございません」


「まあ。宿での評判を聞けるのは嬉しいことですわ」


 レティシアは微笑んだ。


「街道沿いの宿場で試験的に出しているものです。お口に合ったのでしたら、何よりです」


「はい。香草油仕立て、豆のソース、キノコ仕立て。三種類をいただきましたが、それぞれ客層が違うと感じました」


「客層、ですか」


「香草油仕立ては麦酒(エール)に合います。酒を飲む旅人や商人に向くでしょう。豆のソースは腹にたまり、地元の煮込みにも近い。キノコ仕立ては香りがよく、朝でも食べやすい」


 スヴェンは言葉を選びながら続ける。


「あれは、ただ珍しいだけの料理ではありません。客を食堂に呼び、酒をもう一杯飲ませ、宿泊につなげる力があります」


〈若手営業プレゼン開始〉

〈お、ちゃんと見てる〉

〈ただ食っただけじゃなかった〉

〈観察力はあるようだ〉

〈育成候補〉


 なるほど、とレティシアは内心でうなずく。

 熱意だけではない。宿で見た反応を、きちんと言葉にできている。少なくとも、売れる匂いをかぎ取る鼻はあるようだ。


「それで、あのパスタなる料理は、領主様が発案されたと伺いました」


 スヴェンが、少し身を乗り出す。


「発案、というのとは少し違いますわ」


 レティシアは、すまし顔で答えた。


「わたくしは、以前に王妃教育で学んだ異国の料理を、ヴァレーヌの食材で再現できないかと考えただけです」


「異国、でございますか。なるほど。ちなみに、どちらのお国でしょうか」


 当然の質問だった。あまりに当然すぎて、レティシアは瞬間、言葉を失う。


「……忘れましたわ。遠い昔のことですもの」


 静かな声でそう答えた。


 もちろんそれは嘘っぱちである。

 そもそも王妃教育で学んだという言葉自体が、便利すぎる言い訳に過ぎない。

 パスタについて説明するために勢いで言ったに過ぎず、国名までは考えていなかった。


 設定の詰めが甘すぎた。これ以上ツッコまれたら非常に面倒くさい。

 レティシアは、心の中で遠い目をする。


〈どうした、遠い目してるぞ〉

〈王妃教育すげー〉

〈もしや、思い出したくない過去的なやつ〉

〈若手営業、地雷を踏むの巻〉


 しかし、スヴェンはまったく別の意味に受け取った。


 王妃教育。元王太子妃候補。そして婚約破棄。

 彼女が遠い目をしたのは、失った未来を思い出したからではないか。触れてはいけない傷に、踏み込んでしまったのではないか。


 スヴェンの背筋に冷たいものが走る。


「失礼いたしました。浅慮でした」


 彼はすぐに頭を下げた。


「いえ。お気になさらず」


 レティシアは穏やかに微笑む。

 その表情が、なおさらスヴェンには読めなかった。怒っているのか。本当に気にしていないのか。それとも、こちらの反応を窺っているだけなのか。まったく分からない。


 一方レティシアは、スヴェンの冷や汗など知ることもなく、上手く話題がそれたことに胸を撫で下ろしていた。



「不躾を承知で伺います。あのヴァレーヌ・パスタについて、すでにどこかの商会と取引を始めておられるのでしょうか」


「いいえ。まだ試験販売の段階ですので」


 レティシアは即答した。


「量産方法も、品質管理も、出荷体制も整っておりません。ゆえに、大口の取引をお約束できる段階ではございませんの」


「では、今後それらが整った際に、私にも機会をいただくことは可能でしょうか」


 言った瞬間、スヴェンは自分の声が急いていたことに気づいた。

 いけない、食いつきすぎている。

 しかし仕方がなかった。あれは売れる。宿場で流行る。旅人が食べる。酒を出す宿ならなおさらだ。


 他の宿でも出せるのなら、街道筋に広がる可能性がある。それを最初に見つけたのは自分だ。

 その思いが、どうしても前へ出てしまう。



「ご関心を持っていただけたことは、ありがたく存じます」


 レティシアは微笑んだまま言った。


「ですが、まず一つ確認しておきますわ。原料は、このヴァレーヌで栽培されている黄色い小麦です」


「黄色い小麦……」


 スヴェンは目を見開いた。

 ヴァレーヌ小麦。この地方で作られる、硬く、パンにすると食べにくい小麦だ。旅人の間では、あの顎にくるパンの材料として知られている。

 あれが、あの料理になるのか。


 スヴェンの頭がすばやく回り始める。ヴァレーヌ小麦は、どこにでもあるものではない。その名の通り、主にこの地方と近隣領で作られているだけだ。

 もし、あの料理に加工できるのなら、小麦そのものの価値が変わる。


 そこまで考えたところで、レティシアの声が届いた。


「ただし、加工用の買い上げと種の管理は領主家で行います」


 柔らかな声だった。


「ですから、農家からの直接買い付けはお控えくださいませ」


 スヴェンは息を止めた。

 先回りされた。今、自分が考えたことなど、彼女は最初から分かっていたのだ。


〈はい釘刺し〉

〈笑顔で警告〉

〈外堀完全封鎖〉

〈にこやかで怖い〉

〈目が笑ってない〉


「もちろんでございます」


 スヴェンは、すぐに頭を下げた。決して軽く扱ってよい話ではない。原料の直接買い付けは、領主家の管理を崩す行為だ。

 まして、これはまだ試験段階の新しい商品である。もしここで欲をかけば、二度と領主館の門をくぐれなくなるだろう。


「正式な流通を始める際には、グランシエール公爵家の商会を通して案内することになるでしょう」


 レティシアは続けた。

 

 それは当然の判断だった。グランシエール公爵家には御用商会がある。信用があり、資金力があり、人手があり、王都や他領への太い販路を持っている。

 独立したばかりの行商人である自分とは、何もかもが違う。取扱量でも、信用でも、資金でも、人手でも勝てない。


 スヴェンは喉の奥が乾くのを感じた。

 やはり無理なのか。


 そう思った時だった。



「ショッペル様」


 レティシアが、静かに名を呼ぶ。


「よろしいですこと。もしもこれが商談だとしたら、あなた様はこの取引で得をなさるでしょう」


 穏やかな声。美しい微笑み。

 けれど次の言葉は、スヴェンの胸元へまっすぐ突き刺さった。


「では、当家は何を得ますの?」


 その一言は、スヴェンの背筋に冷たいものを走らせた。

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