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第27話 肩書きが増えました。

前回までのあらすじ


なんだかんだ言って、やっぱり父親って娘には甘いよね。

 ヴァレーヌ領を選ぶと決めてからも、話はすぐに終わらなかった。


 念のために、という名目で王家から使者が来た。

 本当にヴァレーヌ領でよいのか。他の候補地へ変更する意思はないのか。より条件の良い領地を提示することも可能であるが、いかがか。


 つまり「本当にその地雷物件でよろしいのですか?」と、遠回しに三回確認されたわけである。


〈そりゃそう〉

〈あえて地雷を選ぶ変態令嬢〉

〈困惑しかない〉

〈正気を疑われてる〉

〈三回も確認されてて草〉


 失礼な。変態令嬢とは何事か。前世では、アパートの床にBL関連の薄い本がちょっと山になっていただけだ。

 言いたければ言え。決して正気など失っていない。たぶん。恐らく。きっと。


 少なくとも、レティシアはそう信じていた。


 しかし父ジョルジュからも何度か再考を促されたし、母シモンヌからは優しい微笑みとともに「本当に大丈夫なのですね?」と念を押された。

 兄ミシェルは最後まで納得していないようだったが、レティシアが決めたことならと、応援してくれた。


 ありがたい。大変ありがたい。同時に、いよいよ逃げ場がなくなっていくような気もしたが、たぶん気のせいではないだろう。


〈全方位から止められてるw〉

〈それでも行くのが主人公〉

〈え、主人公ってミシュリーヌでは〉

〈そうだっけ?〉



 その後、紆余曲折の末に、レティシアはヴァレーヌ領を治める独立領主となることが決まった。


 そうなると、ひとつ問題が生じる。

 ただの公爵令嬢という身分では、領地を治める立場が曖昧になってしまうのだ。そこで王家は、急遽レティシアに爵位を授けることにした。


 しかし事情が事情である。王太子の失態に端を発する領地譲渡である以上、王家としても大々的に祝うような話ではない。

 熟慮の末に王城の小さな礼拝室で、国王、王妃、父ジョルジュ、母シモンヌ、兄ミシェル、そして数名の文官だけが立ち会うささやかな叙勲式が執り行われた。


 そこでレティシアは、ヴァレーヌ伯爵位を授けられた。

 レティシア・グランシエール、ヴァレーヌ女伯爵の誕生である。


〈レティシア様、伯爵になったのか〉

〈女伯爵かっけー〉

〈家名はグランシエールのままなん?〉

〈ヴァレーヌは領地名って感じか〉

〈肩書きが増えた〉

〈胃痛も増えた〉

〈おめでとうと言っていいのか微妙〉


 その通りである。

 肩書きとは、増えれば増えるほど胃が重くなるものらしい。


 前世なら、せいぜい名刺の肩書が増える程度で済んだ。しかしこちらでは、領民と国境と廃鉱山と赤字がもれなくついてくる。お得感はまったくない。


 もちろん、伯爵位を授かったからといって、すぐに領地へ向かえるわけではなかった。やることは山ほどある。いや、山しかない。山の向こうにも山があり、その先にも山がある。

 ……山しかないのか?


 まさか一人でヴァレーヌ領へ赴任するわけにもいかない。領主として赴く以上、最低限の供回りと実務を支える人材が必要だ。

 そんな中、本人たちの希望もあって、専属侍女のアリス、クララ、アレットの三名はすぐに同行が決まった。


「お嬢様についてまいります」


 アリスは泣きそうな顔でそう言った。声に迷いはない。


「当然でございます」


 クララは、いつも通りの無表情だった。ただしその返答があまりに早かったため、思わずレティシアは笑いそうになった。


「お嬢様のお茶を淹れる者がいなくなってしまいますもの」


 アレットは、ふんわりと微笑んだ。その言葉に、レティシアは深く頷く。


〈まぁこの三人は当確〉

〈アリスたん、はぁはぁ……〉

〈おいやめろ〉

〈クララ無表情で即答w〉

〈アレットの癒し力よ〉

〈お茶を理由にするアレット好きすぎる〉


 癒し。まさに。

 実際、アレットの淹れるお茶は回復アイテムと言っていい。残りHPが一桁の時でも、あの一杯で何とか持ちこたえてきた気がする。


 この三人はレティシアの専属侍女だった。しかし、これまでのように身の回りの世話だけをしていればよいわけではない。

 これからは、ヴァレーヌ女伯爵家を支える使用人たちの中心になってもらう必要があった。


 アリスには身辺の世話だけでなく、来客時の取次ぎや応対補佐も任せることになる。

 クララは衣装管理、記録、書類整理、使用人管理の補佐。

 アレットは食事や体調管理、来客用の茶菓、生活面の調整だ。


 新しい屋敷を回すには人がいる。人がいれば仕事が生まれる。仕事が生まれれば管理が必要になる。

 領地を持つということは、組織を立ち上げるに等しい。


 前世で言えば株式会社の設立である。しかも失敗すると株が下がるのではなく、領民の生活それ自体が飛ぶ。

 責任が重い。重すぎる。もしや選択を誤ったかと、ついレティシアは弱音を吐きそうになった。




 そんな中、小さな事件が起きた。


 クララがヴァレーヌ領へ同行すると決まった直後、グランシエール家の副料理長リオネル・カルヴァが、自分も同行したいと申し出たのだ。

 理由は、新しい屋敷にも料理人が必要であるため。


 確かに理屈は通る。しかし、どうにも様子がおかしい。

 執事長ロランが事情を確認すると、クララとリオネルが将来を誓い合っていたことが明らかになった。単純に離れたくなかっただけらしい。


 レティシアはクララとリオネルを呼び出した。

 応接用の小さな控え室に、なんとも言えない沈黙が落ちる。


「私事で恐縮ですが、新領地が落ち着きましたら、リオネルとの正式な婚姻の許可をいただきたく存じます」


 クララは、いつも通りの無表情でそう言った。


「それまでに必ずや新領地の厨房を整えてご覧に入れます」


 リオネルも真顔だった。


 なぜこの二人は、婚約報告まで業務連絡のように行うのか。

 やはり彼らの愛のささやきがどうしても想像できない。おそらく求婚の際も「クララ殿、私と婚姻を結んでいただけますか」「承知しました」くらいの温度感だったに違いない。


〈夫婦共働き〉

〈無口無表情カップル〉

〈家庭で会話あるのか〉

〈目線だけで会話してそう〉

〈想像したら笑った〉


 この事実に周囲は大いに驚いたが、レティシアだけは平然としていた。以前、クララのステータスを覗いた時に、リオネルとの関係を知ってしまっていたからだ。


 結局、新天地でも料理人は必要だということで、リオネルの同行は許可された。ただし、二人の正式な婚姻については、ヴァレーヌ領の生活基盤が整ってから改めて話し合うことになった。


 他にも、護衛騎士、文官、事務官、経理担当者、使用人、メイド、下働きなど、最低限必要な人材は実家から借りることになった。不足分は現地で雇う予定だ。


 初期の中核人材は実家から。簡易な日常運行の労働力は現地から。

 旧代官所の人員はそのまま移管する予定だが、残す者と外す者を精査して見極める必要がある。


 それにしても、考えること、やることが多すぎる。

 いったい何の罰ゲームなのだ、これは。


〈領地経営、初期費用がエグい〉

〈慰謝料が秒で溶ける〉

〈人件費ケチると死ぬ。ソースは俺〉

〈人材ガチャだな〉

〈ソースが経験則で草〉


 人件費を削りすぎてはいけないと前世で学んだ。

 人を減らすと、残った人間が死ぬ。そして炎上案件は、だいたい人を減らした後にやってくる。これは法則だ。普遍の真理と言ってもいい。




 その日もレティシアは、赴任準備に追われていた。


 どの馬車に何を積むか。初期費用をどの口座から出すか。王立銀行の預かり口から支払い証書を発行するか。文官の滞在手当はいくらにするか。護衛騎士の交代要員をどう組むか。


 書類の山を前にして、レティシアはふと思った。


 わたくし、悪役令嬢だったはずでは?


 悪役令嬢とは、もっとこう、扇で口元を隠して高笑いする職業ではなかったか。なのに、なぜ会計書類と人員配置表に埋もれているのか。

 そもそも自分のステータスの職業欄には、『悪役令嬢 Lv.18』と書かれていたはずだが。


 解せぬ。



 そんな時だった。見るからに仰々しい手紙が届いたのは。

 差出人は王都神殿。内容は、聖女候補ミシュリーヌ・ポアレが、レティシアへ面会を求めているというものだった。


〈ミシュリーヌちゃんの出番!〉

〈謝罪イベント?〉

〈このタイミングで来るの絶対なんかある〉

〈これはあれか、百合イベント!〉

〈そんなんあるか、ハゲ〉


 レティシアは手紙へ視線を落としたまま、そっと息を吐いた。赴任準備だけでも手一杯だというのに、今度は神殿関係者の来訪である。


 どうやらヴァレーヌ領へ向かう前に、もうひとつ片づけておくべき事があるらしい。

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