表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/57

第26話 父に覚悟を示しました。

前回までのあらすじ


ケモ耳、キター( →ܫ←)━ッ !!

 周囲の者たちが見守る中、レティシアは静かに目を開けた。


「わたくしは、ヴァレーヌ領を第一希望として検討したく存じます」


 その言葉に、再び応接室の空気が固まった。その中で真っ先に反応したのはオットマーだった。


「お待ちください、レティシア様。公爵閣下がおっしゃるように、あの地は補償としてお渡しするには、あまりに条件が悪うございます」


 ベルナールも慎重な口調で続ける。


「王家としても、無理にあの地をお勧めする意図はございません。むしろ、候補に含まれていた経緯を確認すべきと考えております」


 王家ですら止める土地である。普通ならここで引くべきだろう。けれどレティシアは、積極的に検討すると言い出した。

 あまりに無謀な物言いに、ジョルジュが低く問う。


「理由を聞こう」


 その声には父としての感情と、公爵としての威厳が混ざっていた。


 レティシアは背筋を伸ばした。

 間違っても本当の理由は言えない。前世の同僚がその地にボーナスを仕込んだ気がするからです、などと言えるはずがなかった。

 

 だから、表向きの理由を述べる。


「他の候補地はいずれも縁のない土地です。言わば、わたくしはよそ者。収益は安定しているかもしれませんが、わたくしが新領主として入るには、既存の人脈、商会、周辺領との調整が必要になります」


 第一候補は、王都貴族との距離が近すぎる。

 第二候補は、水利権調整が避けられず面倒だ。

 第三候補は、既存商会の影響が強すぎて身動きが取りにくい。


 どれも良い土地だとは思う。けれど、そうであるがゆえに、すでに誰かの利害が深く根を張っている。


「その点、ヴァレーヌ領はグランシエール領に隣接しております。文官、護衛、物資、街道。すべての支援線を確保しやすいかと」


〈まぁ正論〉

〈支援線って言葉がかっこいい〉

〈なんだかんだ実家の近くは有利〉

〈でも地雷物件だぞ〉

〈パパ上、納得するか?〉


「豊かな地を名だけで治めるより、支援線を活用しながら貧しい土地を立て直す方が、わたくしには可能性があると考えます」


 言葉に嘘はない。実際、縁のない土地の統治は難しい。緊急時に兵も物資も動かしづらく、現地の有力者に足元を見られる可能性もある。

 それに比べて、ヴァレーヌ領は実家と地続きで動きやすい。グランシエール家の人間も送れるし、既存の商会網も使える。


 確かに理屈は通っている。説得力もある。けれど、ジョルジュはすぐには頷かなかった。


「支援を計算に入れるのはいい。私も、やぶさかではないからな。――だが、甘えは許さん」


 その一言がレティシアの胸に刺さる。すぐに言葉を返せなかった。


 父の言葉は正しい。

 実際、どこかでレティシアは考えていた。グランシエール領に隣接していれば、最悪の場合でも父が助けてくれると。

 さらに言えば、母も兄もロランもいる。公爵家の人脈も商会とのつながりも使える。つまり、完全に一人で放り出されるわけではないのだ。


 それは戦略であると同時に、無意識の甘えでもあった。


 ジョルジュは続ける。


「私はお前の父親だ。たとえ甘えがあったとしても、見捨てるつもりはない。しかしそれを理由に、領民を巻き添えにするのだけは絶対に許さん」


 レティシアは、深く息を吸った。


「承知しております」


「本当に分かっているのか」


 ここにきて、ジョルジュの声は諭すように穏やかだった。


「あの地には領民がいる。町があり、村がある。代官がかろうじて維持してきた土地であっても、そこに住む者たちにとっては故郷だ。お前が失敗して一番困るのは彼らであることを忘れるな」


「はい」


「加えて国境もある。万が一にでも警備が崩れれば、領だけでなく王国全体に影響する」


「心得ております」


 応接室に重い沈黙が落ちた。やがてジョルジュが短く言う。


「三年だ」


 レティシアは顔を上げた。


「三年のうちに、ヴァレーヌを領として自立させろ。黒字化とまでは言わん。だが、その道筋を示せ」


 父の言葉が一つひとつ積み重なる。


「それができぬなら、グランシエール家が統治に介入する。必要とあらば、王家と協議のうえ、ヴァレーヌを我が領へ編入することも考える」


 ベルナールは黙って聞いていた。オットマーも口を挟まない。

 これは親子の会話であると同時に、公爵家当主と新たに領地を持とうとする者の会話でもあった。


 甘くない。

 

 当然だ。領地とは庭でも別荘でもないのだ。そこには人が住み、営みがあり、それぞれの人生がある。失敗すれば、それらすべてが壊れる。


「レティシア」


 ジョルジュが言う。


「これは、お前を試しているのではない。領民を守るための条件を言っている」


「分かっております」


「ならば答えろ」


 レティシアは、まっすぐに父を見た。


「承知いたしました。三年以内に、ヴァレーヌ領を立て直すよう努力いたします」


「言葉では何とでも言える」


 それもそうだ。

 前世の上司にもよく言われたものだ。『頑張ります』はいらないと。意気込みだけなら誰でも言える。聞きたいのは、目標を達成するための具体的な方策なのだと。


 レティシアは、少しだけ微笑んだ。公爵令嬢として。そして、これから領主になる者として。


「では、数で。収穫量で。街道を行き交う荷馬車の数で。領民の顔で結果をお見せいたしますわ」


 ほんの一瞬、ジョルジュの目が細くなる。それは疑いではなく、見極める目だった。


〈言ったー! ՞ਊ ՞〉

〈さすが主人公〉

〈え? このゲームの主人公ってミシュリーヌじゃね?〉

〈細けぇことはいいんだよ〉

〈三年縛りプレイ〉

〈失敗したらパパ上ケツ拭きルート〉

〈でも絶対なんかあんだろ〉

〈さすレティだしな〉

〈地雷か宝のどっちか〉


 たぶん両方。レティシアは心の中で同意した。


 まさに見えている地雷だ。けれど、まだ中身は見えない。

 マップ画面は詳細データ不足としか告げてくれなかった。それが吉と出るのか凶と出るのかは、実際に行ってみなければ分からない。


 一番不人気の地雷物件。誰も欲しがらない赤字領。そこにボーナスを仕込んだと、前世の同僚は言っていた。


 ならば、そこには必ず何かがある。まだ見えていない何かが。


 ヴァレーヌ領。地雷原の真ん中に置かれた、まだ蓋の開いていない宝箱。

 もはやレティシアには、そう見えて仕方なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ