第26話 父に覚悟を示しました。
前回までのあらすじ
ケモ耳、キター( →ܫ←)━ッ !!
周囲の者たちが見守る中、レティシアは静かに目を開けた。
「わたくしは、ヴァレーヌ領を第一希望として検討したく存じます」
その言葉に、再び応接室の空気が固まった。その中で真っ先に反応したのはオットマーだった。
「お待ちください、レティシア様。公爵閣下がおっしゃるように、あの地は補償としてお渡しするには、あまりに条件が悪うございます」
ベルナールも慎重な口調で続ける。
「王家としても、無理にあの地をお勧めする意図はございません。むしろ、候補に含まれていた経緯を確認すべきと考えております」
王家ですら止める土地である。普通ならここで引くべきだろう。けれどレティシアは、積極的に検討すると言い出した。
あまりに無謀な物言いに、ジョルジュが低く問う。
「理由を聞こう」
その声には父としての感情と、公爵としての威厳が混ざっていた。
レティシアは背筋を伸ばした。
間違っても本当の理由は言えない。前世の同僚がその地にボーナスを仕込んだ気がするからです、などと言えるはずがなかった。
だから、表向きの理由を述べる。
「他の候補地はいずれも縁のない土地です。言わば、わたくしはよそ者。収益は安定しているかもしれませんが、わたくしが新領主として入るには、既存の人脈、商会、周辺領との調整が必要になります」
第一候補は、王都貴族との距離が近すぎる。
第二候補は、水利権調整が避けられず面倒だ。
第三候補は、既存商会の影響が強すぎて身動きが取りにくい。
どれも良い土地だとは思う。けれど、そうであるがゆえに、すでに誰かの利害が深く根を張っている。
「その点、ヴァレーヌ領はグランシエール領に隣接しております。文官、護衛、物資、街道。すべての支援線を確保しやすいかと」
〈まぁ正論〉
〈支援線って言葉がかっこいい〉
〈なんだかんだ実家の近くは有利〉
〈でも地雷物件だぞ〉
〈パパ上、納得するか?〉
「豊かな地を名だけで治めるより、支援線を活用しながら貧しい土地を立て直す方が、わたくしには可能性があると考えます」
言葉に嘘はない。実際、縁のない土地の統治は難しい。緊急時に兵も物資も動かしづらく、現地の有力者に足元を見られる可能性もある。
それに比べて、ヴァレーヌ領は実家と地続きで動きやすい。グランシエール家の人間も送れるし、既存の商会網も使える。
確かに理屈は通っている。説得力もある。けれど、ジョルジュはすぐには頷かなかった。
「支援を計算に入れるのはいい。私も、やぶさかではないからな。――だが、甘えは許さん」
その一言がレティシアの胸に刺さる。すぐに言葉を返せなかった。
父の言葉は正しい。
実際、どこかでレティシアは考えていた。グランシエール領に隣接していれば、最悪の場合でも父が助けてくれると。
さらに言えば、母も兄もロランもいる。公爵家の人脈も商会とのつながりも使える。つまり、完全に一人で放り出されるわけではないのだ。
それは戦略であると同時に、無意識の甘えでもあった。
ジョルジュは続ける。
「私はお前の父親だ。たとえ甘えがあったとしても、見捨てるつもりはない。しかしそれを理由に、領民を巻き添えにするのだけは絶対に許さん」
レティシアは、深く息を吸った。
「承知しております」
「本当に分かっているのか」
ここにきて、ジョルジュの声は諭すように穏やかだった。
「あの地には領民がいる。町があり、村がある。代官がかろうじて維持してきた土地であっても、そこに住む者たちにとっては故郷だ。お前が失敗して一番困るのは彼らであることを忘れるな」
「はい」
「加えて国境もある。万が一にでも警備が崩れれば、領だけでなく王国全体に影響する」
「心得ております」
応接室に重い沈黙が落ちた。やがてジョルジュが短く言う。
「三年だ」
レティシアは顔を上げた。
「三年のうちに、ヴァレーヌを領として自立させろ。黒字化とまでは言わん。だが、その道筋を示せ」
父の言葉が一つひとつ積み重なる。
「それができぬなら、グランシエール家が統治に介入する。必要とあらば、王家と協議のうえ、ヴァレーヌを我が領へ編入することも考える」
ベルナールは黙って聞いていた。オットマーも口を挟まない。
これは親子の会話であると同時に、公爵家当主と新たに領地を持とうとする者の会話でもあった。
甘くない。
当然だ。領地とは庭でも別荘でもないのだ。そこには人が住み、営みがあり、それぞれの人生がある。失敗すれば、それらすべてが壊れる。
「レティシア」
ジョルジュが言う。
「これは、お前を試しているのではない。領民を守るための条件を言っている」
「分かっております」
「ならば答えろ」
レティシアは、まっすぐに父を見た。
「承知いたしました。三年以内に、ヴァレーヌ領を立て直すよう努力いたします」
「言葉では何とでも言える」
それもそうだ。
前世の上司にもよく言われたものだ。『頑張ります』はいらないと。意気込みだけなら誰でも言える。聞きたいのは、目標を達成するための具体的な方策なのだと。
レティシアは、少しだけ微笑んだ。公爵令嬢として。そして、これから領主になる者として。
「では、数で。収穫量で。街道を行き交う荷馬車の数で。領民の顔で結果をお見せいたしますわ」
ほんの一瞬、ジョルジュの目が細くなる。それは疑いではなく、見極める目だった。
〈言ったー! ՞ਊ ՞〉
〈さすが主人公〉
〈え? このゲームの主人公ってミシュリーヌじゃね?〉
〈細けぇことはいいんだよ〉
〈三年縛りプレイ〉
〈失敗したらパパ上ケツ拭きルート〉
〈でも絶対なんかあんだろ〉
〈さすレティだしな〉
〈地雷か宝のどっちか〉
たぶん両方。レティシアは心の中で同意した。
まさに見えている地雷だ。けれど、まだ中身は見えない。
マップ画面は詳細データ不足としか告げてくれなかった。それが吉と出るのか凶と出るのかは、実際に行ってみなければ分からない。
一番不人気の地雷物件。誰も欲しがらない赤字領。そこにボーナスを仕込んだと、前世の同僚は言っていた。
ならば、そこには必ず何かがある。まだ見えていない何かが。
ヴァレーヌ領。地雷原の真ん中に置かれた、まだ蓋の開いていない宝箱。
もはやレティシアには、そう見えて仕方なかった。




