第25話 やっぱり地雷物件でした。
前回までのあらすじ
個人に対する額としては莫大な慰謝料だけど、領地開発に使ったら秒で無くなりそう。
「この領地について、もう少し詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」
レティシアがそう告げた途端、応接室の空気が止まった。
王領管理局の事務官オットマーは、開きかけた口をそのまま閉じる。すぐには答えず、助けを求めるように父ジョルジュへ視線を向けた。
「レティシア」
ジョルジュの低い声が落ちる。
「あれは易々と治められる土地ではない」
「そうなのですね。ならば、ますます伺いたく存じます」
レティシアは、できるだけ穏やかに微笑んだ。しかし内心ではまったく穏やかではない。あの父にここまで言わせるということは、まさに見えている地雷なのだろう。
〈なんか怖い〉
〈これはガチでヤバいやつ〉
〈レティシア様、そこ食いつく?〉
〈地雷物件の匂いしかしない〉
地雷物件。
実に嫌な言葉だ。同時に胸の奥のざわつきが気になる。それは避けろという警告ではなく、何かがあると告げていた。
ジョルジュはしばし沈黙する。やがて、視線だけでオットマーに説明を促した。
「では……ヴァレーヌ領について、ご説明いたします」
オットマーの声には、先ほどまでとは違う緊張が混じっていた。
「ヴァレーヌ領は、グランシエール公爵領の北西端に接する小領地でございます。隣国との国境沿いに位置し、領都はエーベル。ただ、領都と申しましても規模は小さく、かろうじて町と呼べる程度です。その周辺に小村が三つございます」
オットマーの指が地図をなぞる。
確かに小さい。
先ほどの第一から第三候補と比べても明らかに狭く、地図の端に押し込められたような、山と国境に挟まれた土地だった。
「かつては鉄鉱採掘で栄えた時期もございます。しかし、それも五十年ほど前の話で、現在は旧鉱山からの産出は途絶えております」
〈枯れた鉱山〉
〈過去の栄光物件〉
〈維持費だけ残ってそう〉
「現在の主要産業は農業です。ただし土地は痩せており、収量は少ない。領内で消費する分をどうにか賄う程度で、他領へ売り出せるほどの余裕はございません」
赤字の匂いが濃くなってきた。
土地は狭く、農地は痩せ、旧鉱山も枯れている。しかも国境沿い。普通に考えれば、避けるべき土地だろう。
「また、山間部には土着の獣人たちが暮らしております。王家の代官も最低限の取り決めは結んでおりますが、完全に統治下に置けているとは言い難く――」
〈なにっ!? 土着の獣人だと!?〉
〈ケモミミきたー!〉
〈これはあれか、猫耳か!〉
〈犬耳かもしれん〉
〈狐耳こそ至高〉
〈いいからお前ら赤字領の説明を聞け〉
〈無理です〉
……ちょっと待て。そこではない。
いや、重要ではある。大変重要ではあるが、今気にすべきは獣耳ではなく領地の収支だ。
レティシアは内心で頭を抱えた。コメント欄が一気にやる気を出したせいで、応接室との温度差がひどい。
こちらは国境赤字領の説明を聞いているのだ。猫耳か犬耳かで盛り上がってはいられない。
……ただし、少し気になるのは事実である。そこは否定しない。
もちろんコメント欄など見えていないオットマーは、変わらず淡々と説明を続ける。
「ヴァレーヌ領には代官配下の守備兵がおります。しかし、その数は領都エーベルと関所を維持するだけで精一杯です。国境警備の大部分は、王家からの委託金を受けた周辺領が担っている状態でございます」
そこでジョルジュが口を開いた。
「その周辺領の筆頭が、我がグランシエール家だ」
部屋の空気がさらに重くなる。
「ヴァレーヌは狭く、貧しく、人も少ない。にもかかわらず、国境だけは抱えている。旧領主家は支出に耐えきれず財政破綻し、領地を手放した。しかし周辺貴族は誰もその地を欲しがらず、結局は王家直轄領となった」
父の声は淡々としている。だからこそ怖い。
「はっきり言おう。あの地は、王家にとってお荷物以外の何物でもない」
ベルナールは否定せず、オットマーも苦い顔をする。
つまり、それが現実だった。
〈お荷物って言われちゃった〉
〈王家も否定しないやつ〉
〈これはガチの赤字領〉
〈ババ抜きのババ〉
〈っていうか、そんなのを補償候補に入れるな〉
まったくである。この土地を候補に入れた担当者を小一時間問い詰めたい。なんなら、顛末書を書かせてもいい。
レティシアは、静かに息を吸った。
そして目を伏せる。
周囲から見れば、考え込んでいるようにしか見えないだろう。けれど実際には違う。彼女は頭の中でマップ画面を開いていた。
瞼の裏に半透明の地図が浮かび上がる。
フェルメリア王国の全体図。その北西の端、グランシエール領に接する小さな領域が淡く縁取られた。
ヴァレーヌ領。領都エーベル。周辺に小さな村が三つ。廃鉱山。廃神殿。休眠ダンジョン。古い国境街道。
そこまでは見える。しかし、詳細を確認しようとしたところで冷たい表示に阻まれた。
【詳細データが不足しています】
【現地到達後、調査可能範囲が拡張されます】
レティシアは固まった。つまり、現地へ行かなければ詳しいことは分からないということ。
前世で言うなら、マップは開示されているのに詳細情報が黒塗りになっている状態だ。現地へ行くまで、イベントフラグも資源情報も開かない。
まったく、嫌な仕様である。
誰だ、こんな面倒な作りにしたのは。
――あぁ、私だ。
思い当たってしまったので、レティシアはそっと心の棚に上げた。
今は考えない。考えたら負けだ。
〈レティシア様まだ考え中?〉
〈これは秒で撤退でしょ〉
〈地雷原に自分から入るな〉
〈妙にこだわるよな。なんかあるんか?〉
そう、ある。
レティシアの記憶の奥に、前世の修羅場が浮かんだ。
深夜の開発室。蛍光灯の白い光。転がる栄養ドリンクの空き瓶。机に積まれた仕様書。誰かがキーボードを叩く音。
その中で、隣の席の同僚が言っていたのを思い出す。
『領地分割イベントあるじゃん? あれさ、一番不人気の地雷物件にボーナス仕込んどいたから』
レティシアは、当時の自分を思い出す。
『やめなさい。そういうことをするから攻略掲示板が荒れるのよ』
『だって、最初から正解が分かるとつまらないでしょ。ちゃんと見に行った人だけ得するサプライズ』
同僚は、眠気で半分溶けた顔で笑っていた。
たしかその時、前世の私は本日三本目の栄養ドリンクを開けながら「後で絶対に問い合わせが来るからね。知らないよ」と返した気がする。
その後、本当に問い合わせが来たかどうかは知らない。なにしろ、私はあの直後に死んだのだから。
けれど、その言葉だけははっきりと覚えている。
一番不人気の地雷物件にボーナスを仕込んだ。
どう考えても苦労しかない万年赤字物件。加えて、現地に行かなければ開かれない詳細データ。
ここだ、間違いない。
レティシアは確信した。
何があるのかは、まだ分からない。けれど絶対に何かがある。
もはやレティシアには、それがただの地雷には見えなかった。




