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第21話 判決が出ました。

前回までのあらすじ


被害者全否定。おわた……

「これはあくまで神殿側の私見でございます。正式な断定ではないことを、まずお断り申し上げます」


 セラフィーヌの慎重な前置き。それだけ、この場で語る内容は繊細なのだろう。


「元来、聖女には人の心を惹きつける資質がございます。本来それは、民の声を聞き、祈りへ導き、人々を支えるための力です」


 会議室が静まり返る。


「ミシュリーヌは希代の聖女候補と目されるほど、その資質は強い。ですが、まだ修業中の身であり、すべてを完全に制御できているわけではございません」


 ミシュリーヌが、ぎゅっと袖を握った。


「そのため、周囲の者が彼女を過剰に庇護すべき存在として受け取った可能性はございます。あるいは、彼女の笑顔や親切を、実際以上の意味を持つものとして受け取った可能性も」


 ユリウスが息を呑む。けれど、セラフィーヌはそこで止めなかった。


「しかし、それは王太子殿下の責任を転嫁するものではございません」


 はっきりとした言葉だった。


「本人の意思を確認せず、神殿へ正式な話を通さず、証拠もないまま公爵令嬢を糾弾された。その行い自体は、殿下ご自身の判断によるものです」


 空気が冷えた。

 セラフィーヌは、ユリウスを責めるように声を荒げたわけではなく、ただ事実を並べただけだ。それで十分だった。


「わたくしからは以上です」


 セラフィーヌが再び腰を下ろした。


〈ミシュリーヌちゃん、まさかのチャーム能力持ち〉

〈お花畑ビーム漏れ出し事件〉

〈でも免罪じゃない〉

〈情状酌量と無罪は違う〉


 なるほど、そういうことか。事情は分かった。少しだけ同情もしよう。

 でも、やらかしはやらかしだ。たとえ影響を受けやすかったとしても、それがすべてを無罪放免にするわけではない。


 仕様変更を指示した人間が曖昧でも、実装したのは自分だ。責任の所在とはそういうものである。


 レティシアは静かに息を吐く。


 宰相アベルが書類へ目を落とした。


「では、これまでの証言を整理いたします」


 声は淡々としていた。


「まず、レティシア・グランシエール嬢がミシュリーヌ殿に嫌がらせを行ったという直接の証拠は提示されておりません」


 記録係の筆が走る。


「次に、ミシュリーヌ殿ご本人が、レティシア嬢による被害を否定されました。教本破損の件についても、レティシア嬢の関与は認められない」


 誰も口を挟まない。


「さらに、王太子殿下が語られたミシュリーヌ殿との婚姻についても、本人の意思確認、神殿への正式な申し入れ、いずれも存在しない」


 宰相の視線が、ユリウスへ向いた。


「殿下。これは軽率という言葉では済まされませぬぞ」


「だが、私は……」


 ユリウスが口を開きかけた。

 その瞬間、低い声が会議室を打った。



「もうよい」


 国王オーギュストだった。

 それだけで、ユリウスは言葉を失う。


 国王はゆっくりと席から立ち上がった。その顔には怒りではなく、失望と疲労、そして父としての痛みのようなものが混じっていた。


「余は、なぜこのような事態に至ったのか、理解できずにいた」


 静かな声だった。けれど、部屋の隅まで届く重さがある。


「だが、この場での証言により事情はおおよそ見えた。見えたからこそ、これ以上は不要である」


 ユリウスは青ざめた顔で父を見る。国王は、息子から目を逸らさなかった。


「王太子ユリウスの発言は、確かな証拠に基づくものではなかった。聖女候補ミシュリーヌ・ポアレ殿の意思確認もなく、神殿への正式な申し入れもしていない」


 一言ごとに、会議室の空気が重くなる。


「そして、レティシア・グランシエール嬢を衆目の中で糾弾した」


 国王の眉間に深いしわが刻まれた。


「これは王太子として、重大な過ちである」


 ユリウスは何も言えなかった。いや、言えるはずもない。


〈パパ王から重大な過ちって言われた〉

〈これ歴史に残るやつだ〉

〈ある意味大物〉

〈大河ドラマで放送されるやつ〉

〈誰も得してない〉


 誰も得していない。この一文だけは全力で同意する。

 自分も得していないし、王家も得していない。ミシュリーヌはさらに得していないし、ユリウスに至っては現在進行形で何もかも失いつつある。


 国王は、今度はレティシアへ視線を向けた。


「よって、この場において確認する」


 記録係の文官たちが筆を構えた。


「レティシア・グランシエール嬢に向けられた嫌疑は、事実に基づくものではない」


 その言葉が正式に記録される。

 レティシアは思わず呼吸を忘れかけた。


〈勝訴!〉

〈無実確定!〉

〈汚名挽回きた〉

〈汚名は返上だろw〉

〈王太子終了の巻〉

〈よかった〉


 よかった。

 その言葉が視界を流れていく。


 けれどレティシアは、勝ったとは思わなかった。本来なら奪われるべきではなかったものを、ようやく取り戻しただけだからだ。


 国王オーギュストは、そのままレティシアとジョルジュへ向き直った。


「レティシア・グランシエール嬢」


「はい」


 レティシアは静かに答える。


「そなたの名誉を傷つけたこと、王家を代表して詫びる」


 国王は深く目礼した。王という立場でありながら、その礼は決して軽いものではなかった。


「グランシエール公爵家にも多大な迷惑をかけた。また神殿、ならびにミシュリーヌ・ポアレ殿を巻き込んだことについても、王家として謝罪する」


 王妃ジョセフィーヌも、ゆっくりと立ち上がった。その表情は痛ましいほどに沈んでいる。


「王妃として、レティシア嬢に深く詫びます」


 母として、と言いたかったのかもしれない。けれど、ここは公的な場だ。王妃はその言葉を飲み込んだのだろう。


〈王妃さまも謝罪〉

〈子供の尻拭い。親御さんも大変だ〉

〈ユリウス、両親の顔見ろ〉

〈これが一番きつい〉


 これが一番きつい、か。うん、分かる。

 国王陛下の「もうよい」は重かったが、王妃の目礼は別の重さで刺さったと思う。

 子どもの失態を親が詫びる場面というのは、いつの世でも辛いものだ。



 ジョルジュは、静かに頭を下げた。


「陛下のお言葉、確かに承りました」


 そして、少しだけ声の温度を下げた。


「では、娘の名誉回復と、婚約破棄に伴う補償についても、正式な形でご提示いただけるものと理解してよろしいですな」


 逃げ道のない確認だった。

 国王は頷く。


「無論である。レティシア嬢の名誉回復については、王家より正式に布告する。補償についても、グランシエール公爵家と協議のうえ誠意をもって示す」


「承知いたしました」


 父の声は穏やかだった。穏やかすぎて、少し怖い。


〈パパ上、証文取った〉

〈逃げ場なし〉

〈議事録に残ったな〉

〈慰謝料と領地、しっかり請求するんやで〉


 しっかり請求する。それはそうだ。大広間で取った言質も、この場での約束も、ぜんぶ正式な記録として残っている。あとはその記録通りに進めるだけだ。

 前世では会議の議事録が翌日に書き換えられることもあったが、ここは王国の公文書である。そう簡単にはいかない。


 国王は続ける。


「王太子ユリウスについては、ただちに公務を停止し、王宮内にて謹慎を命じる。正式な処分は追って王家より告げる」


 ユリウスが顔を上げる。


「父上……」


「さらに、神殿およびミシュリーヌ・ポアレ殿への私的接触を禁ずる」


 その言葉に、ユリウスは完全に口を閉じた。神殿側の席でセラフィーヌが静かに目を伏せる。


 これでユリウスは、ミシュリーヌから明確に距離を置かれることになる。チャーム能力の影響が本当にあったのなら、その距離は必要なものなのだろう。

 当人にとっては苦しいかもしれないが、これは仕様である。どこの世界も、仕様というのは理不尽なものだ。


〈謹慎かー〉

〈王太子、詰んだ〉

〈これ王太子の将来どうなるの〉

〈知らん、自業自得〉


 自業自得、という言葉は正しい。しかし正しすぎて少し居心地が悪い。

 自分は何も悪くない。それはそうかもしれないが、これだけの人間が傷ついた事態の帰結を、それだけで流すのはあまりに責任感が無さすぎる。


 人が間違いを犯す時、たいていは悪意だけが原因ではない。

 思い込みや視野の狭さや、逃げたい気持ちが積み重なって、気づかぬままにとんでもない方向へ進んでしまう。前世の修羅場でも、そういう現場をいくつか見てきた。


 だから同情はする。ただし、同情と赦しは別物だ。



 宰相アベルが、場を締めるように口を開く。


「本日の協議は、これにて閉会といたします」


 記録係の文官たちが筆を止め、張り詰めていた空気がほんのわずかに緩む。けれど誰も晴れやかな顔はしていなかった。

 

 王太子ユリウスは青ざめたまま言葉を失い、ミシュリーヌは神官長のそばで小さく俯いている。国王と王妃の表情は重く、父ジョルジュも母シモンヌも勝ち誇るような様子はなかった。


 終わった。


 レティシアは静かに息を吐く。


 大広間で向けられた視線も、王太子の言葉も無かったことにはならない。十八年積み上げてきた婚約者としての道も、もう戻らない。


 それでも。


 レティシア・グランシエールは罪人ではない。


 その事実が、王家と神殿と学園の前で正式な記録として残された。


〈勝った〉

〈でもしんどいな〉

〈お疲れ〉

〈でもここからだ〉


 ここからだ。


 流れていくその文字を、レティシアは静かに見送った。

 

 その通りだと思う。

 断罪イベントは終わった。協議も終わった。けれど、レティシア・グランシエールのこれからは、まだ始まったばかりだった。

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