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第20話 被害者は証言します。

前回までのあらすじ


揃いも揃ってがばがば。

「聖女候補ミシュリーヌ・ポアレ殿。あなたに確認したいことがございます」


 宰相アベル・マルクリー侯爵の声が会議室へ落ちた。その一言で場の視線が一斉に神殿側へ向かう。


 白と淡い灰色の神官服をまとったミシュリーヌが、小さな肩をびくりと震わせる。フードの奥から覗く顔は青ざめ、膝の上で重ねた指先がわずかに強張っていた。


 先日の夜会で王太子ユリウスの隣に立っていた少女。

「真実の愛」と呼ばれた少女。

 そして今この場において、レティシアによる嫌がらせの被害者とされている少女。


 しかしその表情は、どう見ても被害を訴える者のものではなかった。


「……はい」


 小さな声だった。


 この場で語られる言葉は、すべて正式な記録として残る。記録係の文官たちはすでに筆を構えていた。


 宰相アベルは慎重に言葉を選ぶように口を開いた。


「ミシュリーヌ殿。レティシア・グランシエール嬢から嫌がらせを受けた事実はありますか」


 会議室が静まり返り、ユリウスが身を乗り出した。


 外面では平静を保っていたものの、レティシアの胸中に小さく緊張が走る。

 ミシュリーヌ本人が、何をどう受け取っていたのかはレティシアにも分からない。自分にそのつもりがなかったとしても、相手を傷つけていた可能性はある。


 立場が強い者の言葉は、時に意図せず相手を追い詰めるものだ。だからこそ、レティシアは黙って答えを待った。


 ミシュリーヌが震える唇を開く。


「ございません」


 はっきりとした否定だった。

 会議室の空気が目に見えないほどわずかに揺れ、ユリウスの顔からさらに血の気が引いた。


〈被害者が否定〉

〈終了〉

〈もう終わり?〉

〈はい解散〉


 まだ解散ではない。これからミシュリーヌの証言を聞かなければならないのだ。……とはいえ、結果はだいぶ見えてきた気がするが。


 ミシュリーヌは続けた。


「レティシア様から、厳しいお言葉をいただいたことはございます。ですが、それは私を傷つけるためのものではありませんでした」


 震える声。けれど、言葉は途切れなかった。


「王太子殿下と不用意に近しく振る舞えば、神殿にも王家にも誤解を招く。私自身の立場にも傷がつく。そう教えてくださったのです」


 そこまで正確に受け取っていたのか。


 レティシアは少しだけ意外に思った。

 あの時、ミシュリーヌは目を伏せて俯いた。だから嫌われたのかもしれないと思ってはいた。でも、どうやら違ったらしい。


 いや、本人がどう受け止めたかを、こちらが勝手に決めつけるべきではなかったのだろう。

 人の心はステータス画面のように見ることができない。思い込みで動くと失敗する。それは前世で何度も味わった苦汁だった。


 まぁ、表示されたらされたで怖いけれど。


〈むしろ守られてた?〉

〈正論吐きは時に誤解される〉

〈何見てた王太子〉

〈見たいものだけ見てた説〉


 見たいものだけ見ていた、か。それはわりと的確だと思う。返す言葉がない。



 宰相は続ける。


「では、生徒会室でレティシア嬢から注意を受けたことについて、あなたはそれを嫌がらせとは受け取っていない、ということでよろしいですね」


「はい。レティシア様は、正しいことをおっしゃっていました。私は神殿で育ったため、王立学園での振る舞いや、王族の方との距離の取り方に不慣れでした。ですから……むしろ、教えていただいたのだと思っています」


 神官長セラフィーヌは表情を変えない。しかし、その目はわずかに柔らかくなっていた。


 宰相は次に、書類へ目を落とした。


「教本が破損した件についても確認します。ミシュリーヌ殿。あなたが使用していた神学基礎の貸与本が破損したことがありましたね」


「はい」


「その件について、レティシア嬢の関与はありましたか」


「ございません。あれは、私が開いた時に背表紙が破れてしまったものです。古い貸与本でしたので、以前から少し傷んでおりました」


〈物証、消滅〉

〈王太子、証拠全滅〉

〈本は大事にしよう〉


 最後のコメントには激しく同意する。

 というか、本の寿命を陰謀にしないでいただきたい。これだから「ソースは雰囲気」勢は困るのだ。

 


 宰相アベルは、さらに問いを進める。


「では、ミシュリーヌ殿。殿下は先日の夜会で、あなたを真実の愛の相手として語られました。あなたは、王太子殿下との婚姻を望んでおられましたか」


 会議室の空気が一層深く沈んだ。

 これはレティシアへの嫌疑だけの問題ではなく、王太子が公衆の面前で宣言した「真実の愛」そのものへの確認だった。


 ミシュリーヌは目を伏せる。

 困惑、ためらい、申し訳なさ。それらが小さな顔に浮かんでは消えていく。そして彼女は、はっきりと答えた。


「望んでおりません。私は聖女候補です。神殿で修業を終え、いずれ聖女として各地の神殿へ仕える身なのです。還俗を願ったことも、殿下との婚姻を望んだこともございません」


「ミシュリーヌ……」


 ユリウスの声が漏れる。けれど、ミシュリーヌはそちらを見なかった。いや、見られなかったのかもしれない。



 宰相は続けて、神官長セラフィーヌへ顔を向けた。


「神官長、確認いたします。ミシュリーヌ殿は、現在十六歳で間違いありませんね」


「はい。ミシュリーヌは十六歳です。この国の成人年齢にも達しておりません」


 セラフィーヌの声は冷静だった。その冷静さが、かえって重い。


「また神殿として、ミシュリーヌ殿の還俗および王太子殿下との婚姻について、何らかの申し入れを受けた事実はありますか」


「ございません」


 即答だった。


 本人確認なし。神殿承認なし。年齢要件未確認。還俗意思なし。


 トリプルどころかクアドラプルコンボである。申請書なら一行目でゴミ箱行き、会議なら開始三分でお開きになっても文句は言えないお粗末ぶりだ。

 

 それにしても、クアドラプルって言いにくい。舌を噛みそう。 


〈未成年!〉

〈JKに真実の愛を叫んだ王太子〉

〈事案では?〉

〈ロリコン好きw〉

〈ちょっと待て。お前はロリコンが好きなのかと小一時間〉

〈王家広報部「もうだめ」〉


 コメント欄がざわつくのも無理はない。

 現代感覚で言えば、法的にまだ結婚できない女子高生に対し、大勢の前で「この少女と結ばれる」と宣言したようなものだ。

 「事案」以外に言葉が見当たらない。合掌。


 宰相はさらに問う。


「ミシュリーヌ殿。あなたは、レティシア嬢を恐れていましたか」


 その問いに、ミシュリーヌはすぐには答えなかった。少しだけ迷ってから、おずおずと口を開いた。


「……最初は、少し怖い方だと思いました」


 会議室がわずかに反応する。レティシアも思わず内心で身構えた。


 怖い。


 まあ、そうだろう。自覚はある。

 完璧な公爵令嬢を目指した結果、たぶん近寄りがたい圧はあった。それは認める。ついでに王妃教育と王太子対応で、目つきも言葉も多少鋭くなった。

 けれど反省はしていない。だってそうしなければ務まらなかったのだから。


〈えっ!? レティシア様怖いの?〉

〈近寄りがたい高嶺の花〉

〈美人は誤解されやすい。ソースは私〉

〈ひっぱたくぞ〉

〈推しに怖いと言われたら泣く〉


 泣かなくていい。たぶん続きがある。


 と思ったら、やはり続きはあった。自身の言葉でざわつき始めた周囲を見て、ミシュリーヌが慌てたように言葉を重ねる。


「ですが、それは嫌な怖さではありません」


 小さな声が、少しだけ強くなる。


「レティシア様は、どんな時でも正しいことを正しいと言える方でした。私にはそれが眩しかったのです」


 言いながらミシュリーヌはレティシアを見た。その瞳には、怯えではなく別の感情があった。


「……憧れておりました」


 いま、なんと?


 もしかして、憧れとおっしゃいましたか。わたくしに?


〈憧れ!?〉

〈百合の気配〉

〈王太子じゃなくてレティシア様見てた説〉

〈王太子、真実の愛()〉

〈これは尊敬だから! 全年齢だから!〉

〈全年齢と言い張る運営〉


 ひどい言い草である。私は誠実なゲーム制作者だ。少なくとも、乙女ゲームに百合ルートを仕込むほど性格は捻じ曲がっていない。

 これは敬意。憧れ。尊敬。それ以外のものでは決してないはずだ……たぶん。おそらく。きっと。


 腹芸を極めた公爵令嬢であるレティシアは、この程度で動揺を見せることはない。外面だけは穏やかに保った。

 もっとも、内面では少々、いや、かなり動揺していた。なぜなら、人から憧れられたことなど、そう多くはなかったから。

 それが同性の少女からなら、なおさら。



「そんなはずはない」


 ユリウスが低く呟く。その声は掠れていた。


「君は、私に優しくしてくれた。いつも私を案じてくれていただろう。私が疲れている時には、微笑んでくれた。あれは……あれは、私を――」


「殿下」


 ただならぬ様子のユリウスを、宰相が制止しようとする。ミシュリーヌの顔がさらに青ざめた。

 彼女は困惑し、怯えている。


 ああ、これは。


 レティシアは、ようやく理解できた気がした。


 殿下の中では、本当にそう見えていたのだろう。

 ミシュリーヌが丁寧に接する。優しく微笑む。聖女候補として人を思いやる。それを、ユリウスは自分だけに向けられた特別な感情だと受け取った。


 もちろん、それだけではない。婚約者であるレティシアの正論を、彼は息苦しく感じていたのもある。自分の足りない部分を突きつけられるようで、目を逸らしたかったのだ。

 そこへ、優しく笑うミシュリーヌが現れた。逃げ場としては、あまりに都合がよかった。


〈あー、そーゆーことね〉

〈完全に理解した〉

〈↑わかってない〉

〈能力ないのにプライドだけ高い系〉

〈レティシア様に甘えればよかったのに〉


 いや、甘えられても困るが。

 こんなお子様を包み込めるほど私の懐は深くない。そもそも同年齢の女に依存する男なんて、こちらから願い下げだ。


 そこへ神官長セラフィーヌが静かに手を上げた。


「発言をお許しいただけますでしょうか」


 その声は決して大きくなかったが、揺れかけていた場の空気を一瞬で鎮めるだけの重みがあった。

 国王オーギュストが頷く。


「許す」


 セラフィーヌがゆっくりと立ち上がる。


 ミシュリーヌ本人の証言によって、王太子の主張は崩れた。けれど、なぜ王太子がそこまで思い込んだのかは、まだ語られていない。

 それに初めて神殿側から説明が加えられようとしていた。


〈神官長の出番〉

〈謎が明かされる〉

〈聖職者ってことは独身?〉

〈だったら国家的損失。めっちゃきれい〉

〈静かに核弾頭を放り込む人〉


 核弾頭、という表現は笑えない。

 物腰は穏やかだが、神官長がこの場を動かす力を持っていることは最初から分かっていた。


 レティシアはそっと息を吸った。

 ここからが、本当の意味での山場かもしれない。

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