第2話 この断罪、仕様です。
前回までのあらすじ
レティシアの身長は169センチ。すらりと背が高く、スタイルも抜群。
レティシアは理解した。
前世の自分は、日本の乙女ゲームメーカーに勤めていた。シナリオライターであり、エディターであり、プランナーでもあった。
プログラマーのように世界を動かすコードを書いていたわけではないけれど、この世界に名前をつけ、歴史を与え、人間関係を組み、イベントを配置し、キャラクターの運命を書いた。
フェルメリア王国も、王太子ユリウスも、聖女候補ミシュリーヌも、グランシエール公爵家も。そして、悪役令嬢レティシア・グランシエールも。
全部、私が作った。
〈あれ? レティシア様、様子変わった?〉
〈今なんか覚醒した?〉
〈悪役令嬢、再起動〉
〈うんこしたい〉
〈王太子逃げて〉
ユリウスの隣で、ミシュリーヌが小さく息を呑んだ。大きな瞳が、まっすぐレティシアへ向けられている。
先ほどまでの困惑とも、不安とも違う。まるで、そこにいるはずのないものを見てしまったような顔だった。
レティシアには、その理由が分からない。ただ、ミシュリーヌの瞳だけが妙に澄んで見えた。
こちらを責めているわけではない。怯えているわけでもない。
ただ、驚いている。
それも、レティシアが言葉を返したからではなく、もっと別の何かに。
流れる文字を横目に、レティシアは静かに息を吸った。
王太子はまだ何かを言っている。ミシュリーヌは息を呑んだままこちらを見ている。貴族たちは面白そうにこちらを見ている。
そして自分は……よりによって自分が作ったゲームの悪役令嬢になっていた。
しかも今まさに、その序盤の山場。
悪役令嬢が婚約を破棄され、聖女候補への嫌がらせを糾弾され、失脚への道を歩み始めるあのイベントだ。
よく覚えている。なぜなら、このシナリオを書いたのは私だからだ。深夜のテンションで。
……なぜこんなものを書いた、あの時の私。
「レティシア。罪を認め、ミシュリーヌに謝罪しろ」
ユリウスが言った。
広間中の視線が、レティシアに集まる。
謝罪。ここで頭を下げれば悪女の印象が固定される。泣けば気弱な婚約者として退場。怒鳴れば傲慢な悪役令嬢として完成。
どれも駄目だ。このイベントは、そういう作りになっている。逃げ道は少ない。
まぁ、少なくしたのは私だが。
〈ここ選択ミスると終わるぞ〉
〈証拠出せ〉
〈慰謝料取ろうぜ〉
〈王太子、今ならまだ土下座で済む〉
〈いやもう無理〉
レティシアは、視界を横切るコメントの大半を読み飛ばした。全部に付き合っていたら頭がおかしくなる。けれど、いくつかの言葉は拾えた。
証拠。慰謝料。婚約。契約。
そうだ。これは恋愛イベントではなく政治案件だ。ならば処理の仕方は別にある。
レティシアは背筋を伸ばした。公爵令嬢として完璧に。内心で前世の自分を殴打しながら。
「殿下」
声は震えなかった。
「わたくしは、ミシュリーヌ様に嫌がらせをした覚えはございません。ですが、殿下がそこまでおっしゃるのであれば、当然、証拠をお持ちなのでしょう」
ユリウスがわずかに眉を動かす。
「証拠……?」
「はい。王太子殿下ともあろうお方が、公爵家の令嬢を公の場で罪人として糾弾なさるのです。まさか噂話や伝聞だけで、このような場を設けたわけではございませんでしょう」
大広間の空気が変わった。先ほどまでレティシアを眺めていた貴族たちの目に、別の色が混じり始める。
計算だ。王太子は証拠を持っているのか。公爵家はどう動くのか。王家はこれを承知しているのか。
ようやく彼らも気づき始めた。これは単なる痴話喧嘩ではなく、王家と公爵家の問題だ、と。
〈空気変わった〉
〈レティシア様つよい〉
〈王太子、証拠ある?〉
〈ない顔してる〉
〈ないのにこの強気w〉
ユリウスの顔に、わずかな苛立ちが浮かんだ。
「証拠など、ミシュリーヌが受けた心の傷を見れば明らかだ」
ああ、ない。
〈はい、ない〉
〈終了〉
〈心の傷w 証拠能力あるんかw〉
〈裁判官ニキ湧いてて草〉
レティシアは目を伏せ、表情を消した。
笑ってはいけない。ここで笑えば負けだ。主に公爵令嬢としての沽券的な意味で。
「承知いたしました」
「認めるのだな」
「いいえ」
レティシアは顔を上げた。
「殿下が証拠をお持ちでないことを、承知したと申し上げたのです」
広間のどこかで、誰かが小さく息を呑んだ。
ユリウスの顔が赤くなり、ミシュリーヌはますます困った顔になる。この子には本当に申し訳ないとレティシアは思った。
〈レティシア様、反撃開始〉
〈悪役令嬢じゃなくて法務部〉
〈王太子、相手を間違えた〉
〈いいぞもっとやれ〉
コメントが視界を流れていく。うるさい。とても、うるさい。
それに私は法務部ではなく、コンシューマーゲーム開発部だ。
けれど少しだけ、心強かった。
彼らは私を本物の人間だとは思っていないのだろう。ただのゲームキャラクターとして、好き勝手に騒いでいるだけなのかもしれない。
それでも、この混乱の中でたった一人ではないと思えて少し息ができた。
レティシアはユリウスを見据える。
自分が書いたイベント。自分が配置した断罪。自分が作ってしまった悪役令嬢の破滅ルート。
ならば、知っている。抜け道も。弱点も。この世界の面倒くさいところも全部。
ただし問題がひとつある。
前世の自分はプログラマーではなかった。だから、世界を書き換えるボタンなど持っていない。使えるのは知識だけで、動かせるのは自分の手足のみ。
レティシアは優雅に微笑んだ。王妃教育で叩き込まれた完璧な笑みである。同時に内心では、前世の自分の胸倉をつかんでいたが。
そして思う。
――このイベント、絶対にクリアフラグを立ててみせますわ。




