第17話 断罪イベント、第二幕の開演です。
前回までのあらすじ
仕様です。
王城から正式な呼び出しが届いたのは、それから三日後のことだった。
王立学園卒業記念の夜会における、王太子ユリウス・フェルメリアによる婚約破棄宣言。
レティシア・グランシエールの嫌疑についての事実確認。
書状にはそう記されていた。紆余曲折の末に、王家はようやく正式な場を用意したのである。
そして今、レティシアは再び王城の白い廊下を歩いていた。
先頭を行くのは父ジョルジュ。
その隣には母シモンヌ。
中央には当事者であるレティシア。
少し後ろに兄ミシェル。
さらに執事長ロラン、専属侍女アリス、護衛騎士、従者たちが続く。
一団が廊下を進むだけで空気が変わった。
誰も声を荒げず、感情もあらわにしていない。歩調も所作も洗練されている。けれど、廊下にいた衛兵や騎士、使用人たちは自然と道を開けた。
グランシエール公爵家。
貴族の序列だけなら王家の下に位置する貴族家である。しかし、その歴史と力を知る者にとって、この家は他の臣下と同列ではない。
建国以来、王国の中枢を支え続けてきた名門。時代が違えば、王家に取って代わっていてもおかしくなかった名家。
誰も口にしない。けれど、この家を本気で敵に回せばただでは済まないことを皆知っていた。
〈グランシエール家総出〉
〈静かなカチコミ〉
〈パパ上の顔こわい〉
〈兄ちゃん剣抜くなよ〉
〈これもう討ち入りでは〉
馬鹿を言ってはいけない。これは討ち入りではなく、あくまで平和的協議――話し合いである。
……それにしても圧が強い。強すぎる。もはや貴族の登城というより、ラスボス戦前の幹部集合と言っていい。
レティシアは背筋を伸ばしたまま、何事もない顔で歩き続けている。
緊張していないわけではない。ただ、緊張を表に出さない訓練なら十八年分の蓄積がある。
王妃になるための教育。社交の場で顔色を変えない訓練。どれほど不快な相手を前にしても、微笑みを崩さない作法。
まさに腹芸の極みである。
本来それは王太子の隣に立つためのものだった。けれど今は違う。自分自身を守るために使っている。そのことが少しだけ不思議だった。
案内役の侍従が、重厚な扉の前で足を止める。
「こちらでございます」
大広間ではなく、私的な応接室でもなかった。そこは、王城内でも国政に関わる重要な協議に使われる部屋だった。
つまり王家は、この件を若者の痴話喧嘩でなく、国の問題として扱うつもりなのだ。
護衛騎士と従者の多くは、扉の外で控える。室内へ入るのは、ジョルジュ、シモンヌ、レティシア、ミシェル、そして執事長ロランと専属侍女アリスだ。
アリスは一瞬だけ緊張したように唇を結んだが、それでもレティシアの後ろで背筋を伸ばしていた。
扉が開かれる。
最初に入ったジョルジュに続き、レティシアたちも会議室の中へ足を踏み入れた。
ロの字型に配置された長机。その正面には錚々たる顔ぶれが並んでいた。
国王オーギュスト・フェルメリア。王妃ジョセフィーヌ。王太子ユリウス。宰相アベル・マルクリー侯爵。侍従長ベルナール・オルドラン。そして、王立学園長ガストン・フェーヴル公爵。
〈王太子いた〉
〈よく出て来られたな〉
〈パパ王に絞られた顔してる〉
〈被告人ユリウス〉
〈公開処刑場はこちらです〉
これは公開処刑ではない。あくまで正式な協議であると――以下略。
……少し自信がなくなってきた。
王太子、相変わらず顔だけはいい。そこは否定しない。
ユリウスは金髪碧眼の王太子である。黙っていれば、まさに物語の王子様だ。問題は黙っていなかったことに尽きる。
明らかに顔色が悪いのは、この三日間で父王にたっぷり絞られたせいだろう。ご愁傷様である。
国王オーギュストは険しい表情を隠そうともしていない。王妃ジョセフィーヌは静かに座っているが、その目は厳しい。
二人とも、怒りというより「なぜこうなった」という顔だ。親御さんも大変だと思う。他人事ながら。
レティシアは外面だけ穏やかに保ったまま、視線を神殿側へ向けた。
右斜め向かいの席には、神殿の者たちが座っている。
中心にいるのは神官長セラフィーヌ、その傍らには数名の女性神官、そして聖女候補ミシュリーヌ・ポアレの姿があった。
ミシュリーヌはあの夜のようなドレス姿ではない。白と淡い灰色を基調にした修道着を身にまとい、小柄な体を衣の中にすっぽりと収めている。髪もフードの内側に隠し、夜会の時とはまるで別人のようだった。
その隣には若い聖女が座っている。
聖女マリエル。王都神殿に配属されている正式な聖女であり、ミシュリーヌの教育係でもある女性だ。
レティシアが室内へ入った瞬間、ミシュリーヌがはっと息を呑んだ。マリエルは、信じられないものを見たように目を見開く。
神官長セラフィーヌだけは表情を崩さなかったが、机の上に置かれた指先がほんのわずかに動いた。
〈ミシュリーヌちゃんいた〉
〈修道着姿もかわいい〉
〈嫁にこい〉
〈お前にはやらん〉
〈神殿側ざわついてない?〉
〈レティシア様が美しすぎるからでは〉
最後は禿同。――冗談です。
ともあれ、神殿側の視線が妙に熱い。特にミシュリーヌから不思議な顔で見られている気がする。顔に何かついているのだろうか。
残る席には、国の重鎮たちと記録係の文官が控えていた。
今日ここで交わされる言葉は、正式な記録として残る。誰が何を言い、何を認め、何を否定したのか。すべてが王国の公文書として刻まれるのだ。
その重さを理解していない者は、この場にはいない。……いないと信じたい。
レティシアは一瞬だけユリウスを見る。
まさかとは思うが、これ以上こちらの想定を下回らないでほしい。
〈王国首脳陣勢ぞろい〉
〈最高レア演出〉
〈ガチの場だこれ〉
〈王太子、逃げ場ないな〉
だから逃がす気など毛頭ないと言っている。……また髪の話してる。
グランシエール家の面々は案内された席へ静かに着いた。
ジョルジュはいつも通りの落ち着きで、シモンヌは微笑みを消し、ミシェルは王太子を見ないようにしている。視線が固い。
ロランは表情ひとつ変えずに控え、アリスは緊張を隠しながらもレティシアの背後に立った。
そしてレティシアは、腹芸を極めた穏やかな笑みを浮かべる。
王国首脳陣、神殿代表、学園長、記録係。
前世でいえば、役員総出の全体会議に、取引先と外部監査と顧問弁護士まで呼ばれたようなものだ。
議題は「例の件について」。経験的に、こういう会議にはだいたいろくなことがない。
国王オーギュストが厳かに口を開いた。
「グランシエール公爵。公爵夫人。ミシェル殿にレティシア嬢。よく来てくれた」
謝罪ではない。当然だ。まだレティシアにかけられた嫌疑が事実無根であると確認されていないのだ。ただし、王家がこの件を軽く見ていないことだけは分かった。
ジョルジュは静かに頭を下げる。
「陛下のお召しとあらば」
へりくだりすぎず、しかし礼は失わない。まさにグランシエール公爵家当主としての返答だった。
室内の空気がさらに引き締まる。宰相アベル・マルクリー侯爵が、机の上の書類へ視線を落とし、場にいる全員へ聞こえるような声で告げた。
「皆さまが揃ったところで、さっそく始めたく存じます」
その一言で、会議室の空気が変わった。
〈始まった〉
〈第二幕の開演〉
〈王太子、もう終わりだよ〉
〈宰相さん髪薄い〉
〈また髪の話してる〉
〈レティシア様がんばれ〉
がんばりますとも。言われなくても。
不当解雇(婚約破棄)の違約金は、耳を揃えて支払っていただきますわ。あと新天地(領地)も。
レティシアは静かに息を吸った。
第一幕ではレティシアが断罪される側だった。ならば第二幕では、誰が裁かれることになるのだろう。
その答えは、これから明らかになる。




