第18話 協議という名の公開処刑が始まりました。
前回までのあらすじ
これはもう討ち入り。
「皆さまが揃ったところで、さっそく始めたく存じます」
宰相アベル・マルクリー侯爵の一言で、会議室の空気が引き締まる。
王家、公爵家、神殿、学園関係者。王国の中枢に関わる者たちが、一堂に会したことによる張り詰めた空気。
王立学園卒業記念の夜会で何が起きたのか。
王太子ユリウス・フェルメリアは、何を根拠にレティシア・グランシエールとの婚約破棄を宣言したのか。そして、レティシアに向けられた嫌疑は事実なのか。
そのすべてが、正式な記録として残される。
宰相の言葉を合図に、記録係の文官たちが静かに筆を構えた。
「本日の協議は、先日の夜会で起きた一件について、事実確認を行うためのものです」
アベルの声は落ち着いていた。さすがは一国の宰相を務めるだけはある。大きくはないが、この場にいる全員へ確実に届く。
「王太子ユリウス殿下が、レティシア・グランシエール嬢との婚約破棄を宣言されたこと。そして、その理由として、レティシア嬢が聖女候補ミシュリーヌ・ポアレ殿に対して嫌がらせを行ったと糾弾されたこと」
文官の筆先が紙の上を走る。
「本日は、その主張が事実に基づくものであるかを確認いたします。この場での発言は、すべて正式な記録として残されますゆえ、各位、そのおつもりでご発言いただきたい」
正式な記録。
その言葉に、レティシアは静かに息を吐いた。
前世で言うところの裁判官席も弁護士席もない。けれど役割はよく似ている。
宰相が問い、文官が記録し、国王陛下が最終的な裁定者となる。父ジョルジュは、グランシエール公爵家の代表として娘を守る立場――言わば弁護士だ。
そして王太子殿下は、どうやら自身で自身を弁護するつもりらしい。見たところ、周囲にそれらしき者はいなかった。
なるほど。これはやはり裁判に近い。
いや、王家と公爵家と神殿が同席している時点で、そんな言葉では到底足りない。言い換えるなら、婚約契約破棄に伴う損害賠償協議兼、王太子殿下のやらかし査問会、といったところか。
……ちょっと長い。
略称は「地獄」にしよう。
〈開廷〉
〈被告人は前へ〉
〈被告人レティシア様?〉
〈バカ王子の方じゃね?〉
だから裁判ではありません定期。これはあくまで協議です。
ただし、構図だけ見ればだいたい合っている。
宰相アベルは、まずユリウスへ視線を向けた。
「王太子殿下。先日の夜会において、殿下はレティシア・グランシエール嬢との婚約破棄を宣言されましたね」
「ああ」
ユリウスは短く答えた。
「その理由として、レティシア嬢が聖女候補ミシュリーヌ・ポアレ殿に嫌がらせを行ったと述べられました。相違ございませんか」
「相違ない」
その言葉を記録係が書き留める。
今のところ、この場の構図は明確だ。訴えたのは王太子ユリウス。訴えられたのはレティシア。被害を受けたとされるのが、聖女候補ミシュリーヌ。
もっとも、そのミシュリーヌ本人は神殿側の席で青ざめた顔をしている。加害者を責めているのではなく、むしろ自分が何かを問われることを恐れているように見えた。
〈原告バカ王太子〉
〈証拠出せ〉
〈ほれ、ぼろんっ╰⋃╯〉
〈やめろ〉
〈全年齢対象だぞ〉
宰相は次に、レティシアへ視線を向けた。
「レティシア・グランシエール嬢。殿下の主張を認めますか」
「いいえ。わたくしは、ミシュリーヌ様に嫌がらせをした覚えはございません」
声は落ち着いていた。
「また、そのような行いを誰かに命じたことも、黙認したこともございません」
怒鳴れば負け。
泣けば負け。
こういう場で必要なのは、感情ではなく理性だ。そして記録に残る言葉でもある。
父ジョルジュは何も言わず、ただ静かに座っている。その沈黙は、レティシアに発言を委ねると語っていた。
宰相アベルは頷き、再びユリウスへ向き直る。
「では、殿下。レティシア嬢がミシュリーヌ様に嫌がらせを行ったという根拠をお示しください」
その瞬間、会議室の空気が一段重くなる。
ユリウスの指が、机の上でわずかに動いた。
「ミシュリーヌは傷ついていた」
彼は言った。
「彼女の様子を見れば明らかだ。レティシアの名が出る度に、悲しそうに目を伏せていた」
〈感情論きた〉
〈心の傷は物的証拠になりません〉
〈それってあなたの感想ですよね?〉
〈ひろゆき湧いてて草〉
やめろ。特定個人の名を出すな。訴えられるぞ。
それにしても、証拠崩壊までが早すぎる。
まさかのノープランなのか、この男。この三日間、いったい何をしていた。
レティシアは外面を保ったまま、内心で頭を抱えた。
宰相アベルは表情を変えずに言う。
「殿下。ミシュリーヌ殿が傷ついていたことと、レティシア嬢が傷つけたことは同義ではございません」
淡々とした声だった。しかし、その一言は重い。
「ミシュリーヌ殿ご本人から、レティシア嬢による被害を直接訴えられたのですか」
ユリウスは一瞬、言葉に詰まった。
「……直接ではない。だが、見れば分かる」
その言葉が落ちた瞬間、国王オーギュストがゆっくりと目を閉じた。
王妃ジョセフィーヌは、扇で口元を隠したまま、ほんのわずかに視線を伏せる。眉間を押さえなかったのは、王妃としての矜持だろう。けれど、その沈黙には明らかな疲労がにじんでいた。
見れば分かる。
便利な言葉だ。前世で言えば「ユーザーはそう思うはず」くらい便利かつ危うい。
仕様書に明記せず、製作者の感覚で物事を進めるとだいたい炎上する。今がまさにそれである。
宰相はさらに書類へ視線を落とした。
「確認いたします。殿下は王立学園在学中、生徒会長を務めておられた。ご学友方は生徒会役員として殿下を補佐していた。そしてミシュリーヌ殿は、神殿推薦の特別聴講生として一部講義へ参加し、生徒会では一年生の副書記を務めていた。間違いございませんね」
「ああ」
ユリウスは頷く。
王立学園長ガストン・フェーヴル公爵にも視線が向けられた。
「学園長。ミシュリーヌ殿が生徒会の副書記として出入りされていたことは、学園側も把握しておりましたね」
「はい。ミシュリーヌ殿は神殿推薦により、学園の交流課程に参加しておられました。生徒会では副書記として、議事録や書類整理の補助を担当していただいております」
生徒会長ユリウス。
生徒会役員のご学友たち。
一年生の副書記ミシュリーヌ。
日常的に接点があったのは不自然ではない。問題は、その接点を王太子殿下がどう解釈したかである。
〈生徒会室で何があった〉
〈職務上の地位を用いたセクハラ〉
〈コンプラ室へ通報だ〉
〈役員全員お花畑化してた説〉
生徒会とは、学園をよりよくするための組織のはずだ。それが、いつから恋愛錯覚倶楽部になったのか。もはやため息しか出ない。
宰相はユリウスへ促すように言った。
「では殿下。学園内での具体的な事例があれば、お示しください」
ユリウスは少しだけ勢いを取り戻したように顔を上げた。
「レティシアは、生徒会室でミシュリーヌに厳しく接していた。私との距離をわきまえろと、彼女に告げたこともある」
会議室の視線が、レティシアへ集まる。
レティシアは静かに頷いた。
「はい。申し上げました」
わずかなざわめき。
ユリウスが勝ち誇ったようにこちらを見る。しかし、それで終わりではなかった。
「ミシュリーヌ様は神殿に属する聖女候補です。そして殿下は王太子であり、当時はわたくしの婚約者でもありました」
レティシアは、あくまで穏やかな声で続ける。
「生徒会長と副書記である以上、お二人が日常的に接していたこと自体に問題はありません。ですが、その距離が誤解を招くものとなれば、ミシュリーヌ様ご本人の立場にも傷がつきます」
神官長セラフィーヌの指先がわずかに動いた。
「聖女候補である方が、王太子殿下と不用意に親しくされていると見られれば、神殿にも王家にも余計な憶測を招きかねません。わたくしは、その点について礼を尽くして申し上げたまでです」
空気が変わった。
レティシアがミシュリーヌを責めたのではなく、むしろ彼女の立場を守るために注意した。
そう受け取った者が、この場に何人かいたのは間違いない。
国王オーギュストは、重く息を吐いた。
王妃ジョセフィーヌは静かに目を伏せる。
息子が嫌がらせの証拠として差し出したものが、実際には王家と神殿の体面を守るための忠告だった。
その事実は、王家側の席にいる者たちへ思った以上に重くのしかかっていた。
〈正論。ぐうの音も出ない〉
〈ぐう。ぼろんっ╰⋃╯〉
〈だから出すな〉
〈むしろミシュリーヌ守ってるし〉
〈婚約者として当然では〉
ユリウスは、わずかに眉を寄せた。
「だが、ミシュリーヌはその後、落ち込んでいた」
「殿下」
宰相の声が静かに割って入る。
「落ち込んでいた理由を、ご本人に確認されましたか」
「……それは」
ユリウスは口を閉じた。その沈黙だけで、会議室の空気がわずかに変わる。
〈確認してないんかーい〉
〈お気持ちで人を断罪すな〉
〈王太子詰み始まった〉
まだ序盤である。
けれど、王太子の足元には早くもひびが入り始めていた。




