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とんとん拍子に

 


「つまり…、彼女は、皇帝陛下の……?」


 静まり返った室内で、誰かが呟いた。

 サバルビン国の面々は衝撃のあまり、文字通り目をひん剥いている。

 その視線は棒立ちになる私とテーブルに突っ伏して号泣する皇帝の間を、激しく往復していた。

 チューぺハイパスト大帝国とは母の情報を共有していたと少佐は言っていたけど、この驚き具合で察する。

 皇帝との間にできた子だったことは知らされていなかったようだ。

 真っ先に共有すべき情報じゃないのか。

 みんな『なんで言わなかったの!?』みたいな顔をしている。


 私に至っては口を開けて固まることしかできない。

 脳内では母の『筋肉の頂点』という言葉がくるくると回る。

 確かに筋肉の頂点だ。筋のもっこり具合が並じゃない。

 だからその表現は間違っていないのだけど……、でもまさか、国の頂点でもあるなんて…。

 ちょっとお母さん、どういうことだ!?


 すると突然、皇帝がぐばっと顔を上げた。


「……な、なまえはリゼ、だったか……っ?」


 顔面は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだが、その眼光だけはやけに鋭い。


「は、はい。リゼです」


 私が引きつった声で答えると、皇帝は天を仰いで絶叫した。


「リゼかぁぁぁーーッ! 良い名だ、あまりにも良い名だリョウコォォォーーッ!!」


 再び猛烈な勢いでテーブルに突っ伏し、地響きのような声で泣き崩れる皇帝。

 要塞が崩れかねない泣きっぷりに、サバルビン国のエリートたちは完全に圧倒され、もはや外交という言葉すら忘れて立ち尽くすしかなかった。


 帝国側の参列者たちがいつものことですからとばかりに温かい目で見守る中、ついに見かねたロニーが「……陛下」と口を開いた。


「恐縮ながら、少し落ち着いていただいて…。 ひとまず、真相をお聞かせ願いたい」


 その穏やかな促しによって、ようやく徐に姿勢を正す皇帝。


「すまない。つい取り乱してしまった」


 げふん、と今さら厳格そうな咳をすると、白く輝くプラチナの髪をかき上げながら皇帝は着席する。

 それに倣い、私たちも腰を下ろした。


 澄んだ海を思わせる瞳に、彫りの深い濃い顔立ち。真正面から真っすぐに見つめられ、私は居心地が悪くて早速そわそわと視線を泳がせた。

 やり場に困った目線をふと落とすと、おっぴろげられた分厚い胸板。感情の高ぶりに呼応しているのか、大胸筋がピクピクと揺れている。

 どこを見ても目が困ってしまうではないか。

 私が想像していた父は、もっとこう、薄い髪のやせ細った苦労人という感じだったのに。

 まさかこんなにも雄としての色気をぎゅうぎゅうに詰め込んだような人だとは。


 いやでも、本当にこの人が私の父親…?

 目と耳の形は確かに似ているような気がするけれど。

 まだ飲み込めていない事実を抱えたまま勇気を出して見つめ返す。


「すべてを話そう」


 やがてアルベルト皇帝はゆっくりと語り始めた。



 二十年前、ヤマモト・リョウコがチューペハイパスト大帝国に聖女として召喚されたとき、アルベルトはまだ数人いる皇帝候補の一人に過ぎなかった。

 母親が元侍女ということもあり、宮廷内での扱いは冷遇そのもの。

 そんな彼が唯一信頼できたのは、裏切ることのない自らの筋肉だけだった。


「次期皇帝候補の一人のくせに、筋肉を育てることしか能がない無能」


 周囲の蔑みも聞こえないふり。

 元々皇位に興味などない。

 筋肉さえ育てられる環境があれば、それで十分だと思っていた。


 そんな折、リョウコがこの国に降り立った。

 黒髪黒目の清楚な見た目をした少女は、言葉も分からない状況に動揺する様子だった。

 通常、数か月は祈りをささげる前に言語の習得や文化の勉強に当てられる。

 しかしリョウコは問題児だった。

 教育係や侍女に片っ端から罵声を浴びせ、「お前らの言う通りにするかボケ!」の構えを崩さない。聞けば彼女は、母国ニホンでは不良娘として名を馳せていたという。


 アルベルトは遠目から彼女の様子に見惚れていた。

 自分を曲げず、周囲に歯向かってでも個を貫く。それは、筋肉を育てることで現実から逃げていた自分の胸に、深く、熱く刺さった。

 やがて憧れを抑えきれず、人目を盗んで会いに行くことにした。


 リョウコは一目でアルベルトに恋に落ちた。

 不良現役時代、彼女の特攻服を飾る刺繍は【筋肉愛死天流(アイシテル)】だったというくらいの、筋肉愛好家だったのだ。

 二人はすぐに親密な関係になった。

 聖女は処女を守らなければならないとお互いわかっていたが、一度触れ合ってしまえば歯止めが利かなかった。

 禁断の恋に二人は溺れた。

 それから数か月後。

 ようやく祈りができるだけの言語を習得したリョウコが、アルベルトに告白した。


「赤ちゃんができたかもしれへん…。もうずっと、生理が来ぉーへんのや…」


 アルベルトは青ざめた。

 今更、やっべぇ…と思った。

 しかし、リョウコを愛したことに後悔はなかった。


 聖女の妊娠を知った帝国上層部が、強制的な中絶を画策していることを察知したアルベルトは、迷わずリョウコに逃亡を持ちかけた。

 聖女の力が戻らなければリョウコが殺されてしまう。

 王家の宝や装飾品をかき集めて彼女に持たせ、アルベルトは決死の覚悟で脱走を助けた。


「必ず、迎えに行くから」


 それは二度と会えないかもしれない絶望の中での、アルベルトなりの永遠の愛の誓いだった。


 その後、聖女の逃亡で大混乱に陥った帝国では、皮肉なことに跡取り争いの殺し合いが激化。

 兄弟たちが次々と脱落していく中、棚ぼた的にアルベルトが皇帝の座に就くことになった。

 皇帝となった彼は、即座に決意した。


「黒魔術も鎖国も廃止!全権力をもってリョウコを探し出す!」


 しかし、聖女の行方は一向に掴めない。

 サバルビン国に逃げたのではとスパイを送り込んだが、ことごとく捕まっては「技術を盗みに来たのか」と疑われる始末。

 帝国としてはただ嫁と子を探したかっただけなのだが、その必死さが仇となり、いつの間にか両国は一触即発の冷戦状態に陥ってしまったのだ。


「……というわけで、しょうがないので正式に調査の依頼を出したというわけだ」


 赤裸々な暴露話が終わると、部屋は水を打ったように静まり返った。

 誰もが相応しい言葉を模索している。

 私も文字通り言葉を失っていると、ふとアルベルト皇帝と目が合う。


「私とリョウコの激情に満ちた愛の営みによって、リゼが授かられたのだ…!」


 堂々たる威勢で際どいことを言ってきたので、私は遠い目をした。

 サバルビン国の面々も、今のは聞こえなかったとばかりに虚無を見つめている。

 国境に要塞が築かれるほどの外交危機を招いた原因が、まさか聖女のデキ婚と筋肉皇帝の愛の空回りだったとは、だれが予想できただろう。



「つまり」


 そこへ凛とした声が。

 全員の視線が声の主、ユリアス少佐へと集まる。


「リゼ譲は、チューペハイパスト大帝国の皇女であらせられる。そういうことですね?」


 少佐の言葉をなぞるように、皆の視線が一斉に私に向けられた。

 目を丸める私を見ながら、ロニーが「まぁ、確かに理屈ではそうなりますかねぇ」と呑気に付け加える。


「そうだとも!」


 皇帝が力強く頷いた。


「そなたの名は、リゼ・チューペハイパスト。我が国の誇り高き皇女だ!」


 感極まったのか、零れかけた涙を太い指で拭いながら、皇帝が宣言する。

 帝国側の方々は異論なしとばかりにうんうんと頷き、サバルビン国側は「ほぉ~」という感じで私を見てくる。

 情報がいっぱいいっぱい過ぎて、私はまぬけな顔で口をパクパクと開いたり閉じたり。

 急に苗字を失くして凹んでいたのに、隣国の国家の名前がつくって…。

 いや、それってすごく、まずくないですか。

 庶民として野草を摘んだり、宿屋で朝から晩まで働き、稼いだ銭を数えて笑っていたこの私が、皇女?

 教養も知性も品性も、すべてにおいて足らなすぎるのですが…?

 焦る私を置き去りにして、皇帝はさらに爆弾を投下した。


「とういうわけで、リゼは我が帝国に連れて帰ることにする」

「ええっ!?」


 唐突すぎるお持ち帰り宣言に、私の絶叫が壁に反響した。


「今までできなかった分、リゼにはたっぷりと贅沢の限りをつくさせてやろう。望むものは何でも与えるぞ!」


 アルベルト皇帝は、娘を溺愛する父のような顔になっていた。

 厳つい顔なのに、なんてまろやか。

 私は首がもげそうな勢いで左右に振った。

 贅沢な限りの生活は、正直とっても魅力的だ…!

 でも、いきなり隣国へ行って皇女暮らしとか荷が重すぎる!というかもう、話についていけない!


「そんな、それは、ちょっと、違うっていうか、恐れ多いし、とんでもないですよ」


 震える声で精一杯拒絶してみたが、どういうわけか帝国側は「妙案ですよ陛下!」とか「そうしましょう!」とかノリノリで、サバルビン国の面々まで「よかったじゃないかリゼ君!」とか、やったれやったれなムードだ。

 ちょっと待ってみんな、正気なの!?

 正気だったとしても、私にはやっぱり受け入れがたい申し出だ。

 皇帝は実の父親とはいえ会ったのは今日が初めてだし、慣れ親しんだ故郷をこんないきなり離れたくない。

 ナターシャとサミュエルとだってもっと一緒に働いて、遊びたい。

 それに、それに…。


 パニックになりかけたその時、不意に隣に座るユリアス少佐が私の手の甲に触れてきた。

 振り返ると真剣な目。

 そして静かにその口が動いた。

 声には出していないが、私にはその唇の動きが読めた。


『いまだ』


 彼は確かにそう口にしている。

 でも今ってなんだ。

 おろおろしながらその深い緑の瞳を見つめ返せば、ハッと少佐の意図を察した。


『身の危険を感じたら、その時は私を婚約者だと名乗りなさい』


 確か彼はそんなことを言っていたじゃないか。

 この状況は危険そのものだ。

 私は勢いよく立ち上がると、「ごめんなさい!」と叫んだ。

 一斉に突き刺さる視線。

 少佐を慕うブルースの気持ちを思えば申し訳なく思うが、もうこれしか手はない…!

 私は少佐にぐっと近づき、その逞しい腕に自分の腕をぎゅっと絡ませた。


「彼と婚約してるんです。だから、帝国へ行くなんてできません!」


 言った!

 とりあえず今はこうして場を収めて、王都に戻ってから「実は嘘でした」とみんなに説明して解散になればいい。

 完璧な計画だ。

 私はそう思っていた。


「えぇっ!?ちょっと!?」


 ブルースは目を大きくして驚き。


「こんな事態の時にコソコソ何してたんだ…!」


 ネイレンは顔を真っ赤にして眉を吊り上げる。

 だがここで、「それはいい!」と手をパチンと軽やかに叩いたのは、宰相のロニーだった。


「何とも素晴らしい天の配剤ではありませんか!帝国の尊き血を引く皇女殿下と、我が国が誇る公爵家の者が結ばれる。これほどまでに両国の未来を明るく照らす絆が他にあるでしょうか」


 ロニーは皇帝の反応をうかがうように言葉を継いだ。


「これは単なる婚姻ではございません。両国の平和と繁栄を永遠のものとする、歴史的な盟約となり得ます。そう思いませんか、陛下」


 ロニーの鮮やかな畳み込みに、当初は「いや、それでも絶対連れて帰る!」と強硬だった皇帝も、側近たちに「これは良い取引ですよ」と説得されると、「…うむ、確かに一理あるな」と国のトップらしい政治的思考で納得し始めた。

 私は発言者に視線をコロコロと変えながら、口の端が引きつっていた。

 なんか…、話しがとんでもない方向に流れてない?


『違うの違うの!ホントはね!』と事実を暴露したいところだが、嘘だとバレてもそのまま帝国に連れて行かれるだけ。

 結局、沈黙して事の成り行きを見守るしか、私にはできない。


「…よかろう。では、一年に四回は帝国に里帰りするという条件で、彼との結婚を認めよう」


 皇帝は渋々ながら承認した。

 もう、ツッコミどころが多すぎるし、ツッコむ余裕も私には残されていなかった。

 ただ呆然としていると、隣の少佐が私の腰を抱き寄せてきた。


「満場一致ですね。みんなが祝福してくれていますよ」


 そう囁きながら、軽やかにウィンクを飛ばしてくる。

 ……終わった。

 なんてことを口にしてしまったんだ、私は。

 少佐を嘘の婚約者に仕立て上げるだけのつもりが、気づけば国を挙げた本物の政略結婚のレールに乗せられていた。



 それから一行は、和平条約の本格的な締結に向け、次なる会議の段取りを話し合い始めた。

 敵対していた二国が手を取り合うのは、本来なら歴史を揺るがす重大事のはずだ。

 それなのに、すべてがまるっとサクッと収まってしまったせいか、室内には拍子抜けするほど穏やかで賑やかな空気が流れている。


「うちの王が、ぜひ帝国へ遊びに行きたいと仰っていましてね」

「それはいい! 大歓迎ですよ。我が国伝統の美酒をご用意しましょう」


 外務大臣のネイレンが、いつもの気難しい仮面を脱ぎ捨てて余所行きの笑顔を見せれば、帝国側の外務大臣も声を弾ませて応じる。

 それを見て「いいねいいね」と盛り上がる外野……。

 外交って、もっと胃に穴が開くようなキリキリした空気感じゃないの?


 あまりのゆるさに脱力しかけるが、私の現状はちっともゆるくない。

 隣を見れば少佐が我が意を得たりと言わんばかりの涼しい顔で、私の腰を抱き寄せたまま離してくれない。

 挙句の果てには、なぜか嬉々として「ハネムーンで世界一周なんてどうでしょう」と耳元で囁いてくる始末だ。

 ……なんでそんなに楽しそうなんだ。


 一方で、正面のアルベルト皇帝はといえば、厳つい顔をデレデレに崩して「リゼ、帝国のドレスは最高だぞ、何百着でも作ってやろうな!」と周囲の目も気にせず娘溺愛モードだ。

 誰もかれもが我が道を爆走し、誰も私の意見など聞いていない。


 庶民だと思っていた自分が突然一国の皇女になり、おまけに国を背負った婚約までセットでついてくるなんて。

 わずか数時間のうちに起きた出来事にしては、人生のキャパシティを越えすぎていないか。


 もはや考えることを脳が拒否し始めている。

 私はただ、怒涛の勢いで進む話に、白目を剥きながら身を任せるしかなかった。







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