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大帝国、皇帝

 



 ガタゴトと心地よい振動に揺れる馬車。

 私は王宮の専属シェフが腕によりをかけた特製サンドイッチを頬張り、美味しい…と感動しつつも、窓の向こうを見てはため息を吐いていた。


 少佐はといえば、相変わらず隙あらば空気をメロくしようと妙に甘い視線を飛ばしてくる。

 はっきり聞いたことはないが彼の仕事はおそらく私の護衛、もしくは監視のはず。もっと真面目に仕事をするべきではないのか。

 けれど彼なりの配慮なのか、馬車の中には、退屈しのぎ用のボードゲームやカードがわざわざ持ち込まれていた。


「遊びますか」


 提案されて頷いた私が選んだのは、最低三人は必要なゲームだった。

 結局、御者台で風に吹かれていたブルースを車内へ送還し、三人で机を囲むことに。

 最初は不満げに私をチラチラと睨んでいたブルースだったが、大好きな少佐の隣という特等席が嬉しいのか、次第にその角も取れてきた。

 それどころか、私がコテンパンに打ち負かされるのを見るや、彼は人生最大の幸福でも掴んだかのような屈託のない笑顔を弾けさせていた。

 性悪だなぁ…と思いつつも、白熱したゲームのおかげで、到着を知らせる声が響くまで嫌な想像をせずに済んだのは事実だ。

 こればかりは少佐と、そして想定外に盛り上げてくれたブルースの、細やかな心遣いに感謝するしかなかった。



 西の空に茜の色が差し込み始めた時。

 ようやく、私の運命を左右する地に到着した。

 そこはサバルビン国の東端。チューペハイパスト大帝国との国境が迫る街の郊外にある、要塞だった。

 外敵を阻むため分厚い石壁や無骨な装甲を纏っているが、かつては領主の華やかな別荘だったという。

 うっそうと生い茂る木々に囲まれていて、人目を忍ぶ密談にはこれ以上ないほど(あつら)え向きだ。


「あの馬車は…」


 要塞の入り口に広がる前庭には、サバルビン国の見慣れた馬車に混じって異様な存在感を放つ一団があった。

 漆黒の塗装に、頑丈そうな鉄の補強がされた重厚な馬車が、五台。


「チューペハイパスト大帝国のものですね」


 少佐が淡々と、けれど確信を持って答える。

 その言葉に私の心臓は嫌な音を立てて跳ねた。

 見上げれば五階建ての要塞。あの中へ入れば、もう後戻りはできない。

 漠然とした途方もない不安が胸を占めてくる。

 天気まで雰囲気づくりのためか曇天模様ではないか。


「大丈夫です。何があっても、私がお守りしますから」


 隣に立つ少佐の声が鼓膜を震わせた。

 その時ばかりはその声が頼もしく感じられて、私は何かあったら絶対に少佐の背に身を隠そうと心に決めた。


 停車していた馬車から、宰相のロニーと外務大臣のネイレンが姿を現した。


「リゼ君、長旅ご苦労だったね」

「宰相……」

「馬車の中で少し眠れたよ~」


 背中を伸ばすロニーの顔は、よく見ると全体的に浮腫んでいる。熟睡だったに違いない。

 一方で、隣のネイレンは相変わらずの不機嫌顔。

 私と目が合うなり眉間のシワを深くした。


「顔が青いぞ、しっかりしろ」


 青くもなるでしょうよ、普通!

 言い返してやりたい衝動を飲み込み、私はすがるような思いで二人に問いかけた。


「あの…。私、まさかあの中に入って、そのまま殺されたりしませんよね?」


 確実な保証が欲しかった。

 だが、ロニーは目じりを下げて微笑むだけで、ネイレンに至っては「それはわからん」と一刀両断。

  私の胃はひっくり返り、今すぐこの場にぶちまけたい気分になった。


「案ずるな。例え犯罪者の娘で苗字がなくとも、君が我が国の民であることは間違いない。帝国が危害を加えるつもりなら、こちらとしても相応の対応をとる。そのために選りすぐりの精鋭騎士を連れてきたのだ」


 見ろ、と言わんばかりにネイレンが顎で示した先には、整列した騎士団の部隊があった。

 素人でもわかる。彼らは強い。

 ただ立っているだけなのに、にじみ出る強者のオーラが空気を揺らしているのだ。

 そんな気がするのだ。

 そう思いたいのだ。


「指示に滞りはないか?」

「はい。万事順調です」


 ネイレンに訊かれ、少佐がいつになく凛とした声で応じる。

  ……なるほど。あの強者揃いの部隊を統括しているのは、この人なのか。

 馬車の中で呑気にボードゲームに興じていたせいで完全に失念していたが、彼は王宮騎士団の少佐。実はすごい人だったのだ。


「では、行こうかね」


 ロニーの穏やかな合図と共に、一行は要塞の門へと足を踏み出した。


 階段を上り、長く続く廊下を進んだ突き当たりに、その部屋はあった。

 重厚な扉の両脇には、漆黒の制服に身を包んだチューペハイパスト大帝国の騎士が四人。対するように、サバルビン国の騎士も四人。

 双方が彫像のように微動だにせず整列しているが、誰か一人でも妙な動きをすれば抜刀の嵐が巻き起こりそうな、ピリピリとした一触即発の空気が流れている。

 数秒この場に居るだけで神経が擦り切れ、お腹を下してしまいそうだ。


 サバルビン国の騎士の一人が発言した。


「室内にて、チューペハイパスト大帝国の皇帝、および全権使節団がお待ちです」

「うむ、承った」


 ロニーとネイレンが短く頷き、そびえ立つ重い扉の取っ手へと手を伸ばした。

 わずかな金属音が静寂の中で響くと、私はせり上がってきた生唾をゴクンと飲み込んだ。


 開かれた扉の先。

 石壁に囲まれ、複数のランプといくつかの棚が並ぶだけの簡素な部屋だ。

 両側の壁の前には騎士が整列し、部屋の中央には巨大な円卓が鎮座していた。

 向かって左側にはすでに十名ほどの集団が着席している。

 彼らが纏うチューペハイパスト大帝国の伝統衣装は独特だった。

 ゆったりした布を幾重にも体に巻きつけ、胸の前で重ね合わせ、宝石の飾りがついたベルトでとめている。

 その姿はどこか優雅でエキゾチックな印象だ。


 ロニーとネイレンに続いて私が足を踏み入れると、中央に座っていた男が「おお……っ!」と感嘆の声を漏らし、勢いよく立ち上がった。

 それに呼応するように、左右の列席者も一斉に起立する。

 あまりの迫力に、私はギョッとして肩を震わせた。


「リョウコ……!」


 男の声に私は反応した。

 リョウコというのは、酔った母がつくった造語か何かだと思っていたが、実は母の本名だったものだ。


 立ち上がった男は、五十代くらいだろうか。

 宝石のように輝く青い瞳。

 肌は程よく日に焼けた小麦色。

 プラチナブロンドの長髪を後ろに流し、整えられた黒髭を蓄えている。

 容姿が派手だ。

 何より目を引くのは、その圧倒的な存在感を放つ、筋肉だ。

 周りの参列者は肌を隠すように服を着ているのに、彼だけは胸元をはだけさせて分厚い胸板を披露し、丸太のように太い腕を丸出しにしている。

 金銀の刺繍が施された豪華な布も、その筋肉を飾るための添え物にしか見えない。


 なんて立派な筋肉…。

 そんな感想を抱いて、ふと脳裏に浮かんだのは母の言葉。


『あんたの父親はねぇ、筋肉の頂点みたいなええ体やったわぁ』


 どうしてか、ドクンと心拍が変に跳ねあがった。


 私たちは彼らの真正面の席の前へと着いた。

 互いに立ったまま、音もなく儀礼的な一礼を交わす。

 沈黙を破り、帝国側の一人が外務大臣であると名乗ってから、参列者の紹介を始めた。

 そこで明かされた事実に、私は息を呑んだ。

 私を見て母の名を呼んだ男こそが、チューペハイパスト大帝国の皇帝、アルベルト・アモ・デル・チューペハイパスト、その人だったのだ。


 サバルビン国側も、外務大臣のネイレンが代表して淡々と参列者の紹介を進めていく。

 そして最後に、私のことを『聖女リョウコの娘』として紹介した、まさにその瞬間。

 静寂に包まれていたはずの部屋に、突如として激しい嗚咽が響き渡った。


「……ううっ、うおおおおおんッ!」


 泣きだしたのは、あろうことか皇帝アルベルトだった。

 見た目はどう見ても一国の軍隊を素手でなぎ倒しそうな、厳つく雄々しい風貌。それが子供のように顔をくしゃくしゃにして咽び泣いているのだ。


「リョウコにそっくりだ……。だが、その目! その耳の形! どこをどう見ても私そっくりではないか……!」


 男らしく低く太い声。

 なのに、どこか女々しい。

 皇帝のあまりに激しい感情の決壊に、サバルビン国側の人々は文字通り石のように固まり、触れてはいけないものを見てしまった、とばかりに視線を泳がせる。

 一方で、帝国側の人々は驚くほど冷静だった。

 こんな展開に慣れきっているのか、それとも共感性が高すぎるのか、中には「陛下、よかったですね……」と一緒になって涙ぐむ者までいる始末。

 ものすごい温度差だ。

 けれど私は、周囲の反応を伺う余裕すら失っていた。

 潤んだ瞳でじっと見つめられると、心臓が警鐘を鳴らすようにけたたましく打ち鳴らされる。


「やっぱり、リョウコは……私との子を、陰ながら育てていてくれたのか……!」


 皇帝は絞り出すような声でそう呟くと、とうとうテーブルに突っ伏して号泣し始めた。

 私は息をすることすら忘れていた。

 今、皇帝は、はっきりと言ったのだ。

『私との子』——と。


 衝撃のあまり、頭の中が真っ白に染まっていく。

 隣の少佐やロニー達が何を思っているのか、これから会合がどうなるのか。そんなことはすべて、遥か彼方へ吹き飛んでしまった。







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