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突然終わる、軟禁生活

 



 いまだに自分が何から保護され、母が何者なのか謎のまま。

 国の言う通りにしてさえいれば罰則も罰金も免れ、一日中何も起こらないせいか、漠然とした不安がどんどんと薄れ始めている。

 まさか、一生ここで生活するのだろうか。


 そんなことを考え始めた軟禁生活、八日目。

 早めの朝食を食べている最中に、状況はガラリと一変した。


 ミントの入った冷たい水を飲んでいると、突然ドアをぶち破るようなノック音が響いた。

 何事だと瞠目しながらメイドがドアを開けに行くのを見ていると、開いたドアからは外務大臣のネイレン・キリモスキーが飛び込む勢いで入ってきた。

 相変わらずの物騒顔だ。


「何をボサッとしている!緊張感が足らんぞ!すぐに出発だ、仕度しろ!」

「......へ?」


 どうして怒られたのか全くわからなかったが、ネイレンの後ろからはゾロゾロと四名のメイドが入室してきたので意識はそこに移った。


「では頼んだぞ。急いでくれ」

「畏まりました」


 一人の女性が膝を折る仕草をすると、ネイレンは部屋を出ていった。

 その後私は状況処理がつかないまま、メイド達に衣類を剥ぎ取られ、お風呂でゴシゴシと体を洗われた。

 何がどうなっている、どこかへ行くのか。

 訊いても案の定、誰も教えてくれない。

 それに罰則罰金の代わりに暫くは国の要求のままに動くと取引したのだ。ここで揉めてはいいことはないと自分に言い聞かせ、身を委ねることにした。


「できましたわ」


 リーダー格と思われるメイドが満足げに言った頃には、私はどこぞのご令嬢と見間違うような姿に変身していた。

 小さな花柄の濁色薄緑のドレス。

 編み込まれて纏め上げられた髪型には真珠の髪飾り。

 耳にも真珠のイヤリングが煌めき、化粧を施した顔の横で小さく揺れている。

 最後に羽毛の付いた扇子を「マストアイテムで御座います」と言われ手渡された。

 それで顔を扇ぎながら胸にできた谷間を鏡越しで凝視していると、いつの間にかドアが開いていてネイレンが入ってきた。


「行くぞ。ついてこい!」

「ど、どこに行くんですか!?」

「説明する時間が惜しい!馬車の中に入るまで待て!」


 なぜこの人はいちいち怒鳴るのだろう。

 釈然としないまま、私はネイレンの後ろをついていった。


 部屋を出ると三人の騎士に周りを囲まれた。

 私の逃亡を阻止したいのか、何者かから護衛しているのか。真相を訊く雰囲気ではないのでそのまま受け入れたが、一気に緊張させられた。

 騎士のうちの一人はブルースだった。

 私と目が合うなり、すん、と気取った風に顔をそらすので、やっぱり恋のライバルにでも思われているのかもしれない。


 やがて一行は、王宮の裏庭へと出た。

 そこには複数台の騎士団用の馬車と、三台の王宮用馬車が鎮座していた。

 特に、晴天の下で燦然と輝く王宮用馬車はまるで芸術品。それを引く白馬たちも、自分たちの美しさを知ってるかのように、すん、と気取っている。

 ちょっとブルースっぽいかも。

 ふと見ると、先頭の馬車の小窓が開いている。そこからロニーが顔を出し、穏やかな笑みと共に手を振ってきた。

 ロニーの親しみやすさのおかげで少し緊張が解け、私も彼に向けて小さく手を振り返した。


「君はあの馬車に乗るんだ」


 背後から声をかけてきたネイレンが指差したのは、真ん中の馬車だった。


「私は後ろの馬車に乗る。現地までは寄り道なし。後でな」

「えっ!あの、説明は!?」

「馬車の中で訊けと言っただろう!」


 いやだからなんで怒鳴るの!?

 むしろこの状況では私の方が怒鳴ってもいい気がする。

 もちろんそんな度胸はないから今回は見逃すことにして、私は離れていくネイレンの背中を仏頂面で見送った。


 ブルースに「あちらへ」と促され、豪奢な馬車へと足を進める。

 開かれたドアの先にいたのは、王宮騎士団少佐、ユリアス・グリースフォールド少佐だった。

 車内の座席で長い脚を優雅に交差させ、微塵の隙もない佇まいで座っている。


「おはようございます」


 挨拶されたのに、不意打ちだったせいか唖然として固まっていれば、背後から『早く乗ってくれ』の無言の圧を感じ取った。

 慌てて乗り込んだものの、無駄にボリュームのあるドレスの裾がドアに挟まぬよう、せっせと布地の山を回収する私の姿はさぞかし滑稽だろう。


 私がようやく席に収まったのを確認したブルースが、当然の顔で乗り込もうとした。

 その瞬間。


「ん、んんっ」


 少佐がわざとらしく、喉の奥を鳴らすような咳をした。

 顔を向けると、そこにはブルースを射殺さんばかりの冷ややかな眼差し。

 一歩を踏み出しかけていたブルースの体は、蛇に睨まれた蛙のごとく、不自然な格好のままピタリと固まった。


「しょ、少佐?」

「ブルース。今日は天気がいい。御者台の席が空いているようだが、そこで風に吹かれながらのんびり過ごしてはどうだ?」

「いえ、しかし、護衛の任務が……」

「ブルース?」


 少佐の瞳から光が消え、代わりに小さな笑みが浮かぶ。

 察しろ、と言わんばかりの圧に、ブルースは唾をゴクリと嚥下。

 私も変な空気感を感知し、頬の筋肉が強張る。


「……はい。では、私は外の空気を存分に吸って参ります」


 結局、上司の機嫌を損ねるわけにはいかず、ブルースは不服そうに一度私をキッと睨むと、力なく去って行った。

 少佐は満足げにドアを閉める。

 ブルースからのトゲのある視線に晒されなくて済むのは、正直に言えば助かる。

 けれど、彼が「ぼくのもんだ!」と啖呵を切るほど上司を信奉している(あるいは愛している)と知っている身としては、独占してしまってすみません…という気持ちにもなってくる。


 それにしたって、この状況は緊張させられる。

 だって、もう、すごい見てくる。

 遠慮のない眼差しで、私のことをジロジロ見ているではないか。

 谷間見せます系のドレスを着ていることを思い出して急に恥ずかしくなり、羽毛付きの扇子をサササと開き、胸元を隠す。


「な、慣れない恰好をすると、あれですね。き、緊張しますね…」

「あまりに美しくて、目を奪われているところですよ」


 ボッ、と音が聞こえそうなほど、顔が沸騰した。

 どうしてこの人はいちいち空気をメロくするのだ。

 やはり、扇子はただの装飾品などではなかった。この国において、淑女が扇子をマストアイテムとしている理由を今、身をもって知った。

 こうして顔を半分隠して扇いでいなければ、汗が滂沱して化粧が崩れているところだ。


 心の中でメイドに感謝しているうちに、馬車が動き出した。

 王都の街中を移す窓の景色を見ていると「リゼ」と声を掛けられる。

 不意に名を呼ばれると、声も良すぎるせいか、また心臓が跳ねた。


「は、はい」

「ネイレン大臣からは行先の説明は?」

「いえ、それがまだ…。大臣からは、こちらで詳しい説明を受けるようにと指示されておりまして」


 少佐は「そうですか」と短く応じ、組んでいた長い脚をゆっくりと解いた。


「この馬車はどこに向かっているんですか?」

「チューぺハイパスト大帝国との会合の場へ向かっています」


 あまりに予想の斜め上を行く言葉に、思考が完全に停止した。

 口を半開きにしたまま、パチパチと瞬きを繰り返す。

 今、この人は何と言った?

 大帝国?

 会合?


「今からすべてをお話しします」


 こちらを安心させようとしたのか、少佐が向けた微笑に、私はただ短く返事をするのが精一杯だった。


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