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花まつりの舞曲

 


 ユリアス・グリースフォールド少佐は、私のことを国家の重要人物だから保護が必要だと言ったが、私から言わせるとこれは事実上の軟禁だ。

 この四日間、一歩も部屋の外に出ることが許されなかった。


 でも不安はあれど不便はない。

 一流の職人が手がけたに違いないだろう洗練された家具が並び、本物のグランドピアノが飾りのように鎮座され、花柄の壁紙やベッドカバーで華やかな印象のある部屋は、田舎娘をお姫様気分にさせてくれた。


 部屋は広く、トイレとお風呂も完備され、食事は一日三回メイドが運んできてくれる。

 触ったこともない上質な布地のドレスまで着せてくれた。

 自分で着るのではなく、着付けてくれたのだ。

 申し訳なさすぎて何度謝罪したか。


 犯罪人の娘である私は、一体なぜこのような待遇を受けているのだろう。

 メイドや部屋の外に控えている騎士へ幾度となく尋ねたが、皆教えてくれなかった。

 むしろ、彼らも知らないんじゃないかと思われた。

 彼らもまた、この女は何者であり我々は一体何から護っているのだろう...という困惑の目をしていた気がする。


 ナターシャとサミュエルには辛うじて『私は大丈夫だから予定通り仕事をして』という伝言を王宮騎士を通してすることは許されたけど、それ以外の外部との連絡も一切禁止。

 こういうとき、母が言っていたスマホという機会があれば…と幾度となく考えたことか。


 そんな不明確な生活の中でも最も謎なことが、ユリアス・グリースフォールド少佐だった。

 王宮騎士団の少佐というくらいなのだから多忙なはずなのに、彼はしょっちゅう私の元を訪れて来た。

 朝に一度、昼に一度、夕方に一度、そして就寝前に一度。

 四回も来て、しかもわりと長居する。


 少佐はまず最初に母の事を訊いてくる。

 泥酔した時に話す戯言をもっと詳しく知りたいというのだ。

 理由を聞いても「興味があるので」とだけ言って答えを濁すので、もしかすると趣味で架空世界を題材にした小説でも書いているのではと思い、少しでも役立てばと思い出せる限りを話して聞かせた。


 それが終わるともう用はないはずなのに、少佐は「趣味はなんですか」という個人的な質問から会話を広げてきたり、「暇ならゲームしませんか」とボードゲームやカードゲームを提案したりする。

 実際私も一日中部屋にいて大変暇なので、時間を楽しく潰せるのは助かるっちゃ助かるので、応じているのだが。

 顔がやたらと綺麗で、放つ香りも良く、おまけに目が合えばふわりと柔らかく微笑んでくるので、少佐と二人きりでいる時間はいろいろな意味で心臓への負担が大きかった。

 私のことを監視しているのだろうかと思っていたが、それにしたって緩いというか。


 昨日なんて、急にダンスをしないかと誘われた。


「ダンス…?」

「ええ。花まつりのダンスは知っているでしょう?」

「完璧ではないですけど、少しは覚えてます」


 ナターシャとサミュエルと初めて王都を訪れた時、街は花まつりに沸き、目抜き通りでは誰もが音楽に合わせて楽しげに舞っていた。

 私たちはその見慣れぬステップを必死に盗み見ては、地元の人々の背中を追うようにして夢中で踊ったものだ。


 でもなんで急に?

 前にも馬車の中で花まつりの話が出てきたことを思い出し、尋ねようと思ったが、少佐は「少し待っていてください」と部屋を出て行った。


 すぐに戻ってきた少佐がどこからか調達してきたのは、気の弱そうな中年男性だった。

 困惑を隠しきれない私が『…誰?』という顔で彼を見れば、彼もまた『…誰?』という顔で私を見返す。

 一人だけ満足げな顔をする少佐が、彼の肩をストンと叩いた。


「王宮に務めているピアノ演奏者のマーチムさんです」

「はあ…」


「彼女は王宮の客人です」と少佐から私を紹介されたマーチムさんも「はあ…」と覇気のない返事をする。


「では、花まつりの舞曲を一曲、願えますか」

「は、はい」


 やや緊張した面持ちでマーチムさんは部屋に鎮座するピアノの椅子に座った。


 指が鍵盤の上を走り始め、奏でられる旋律。

 それが耳に届くと、懐かしさが溢れ出した。

 これはあの時の、花まつりの舞曲だ。


 弾むリズムに誘われるまま、私の体は自然と揺れていた。

 記憶をたどるように、あの日見よう見まねで覚えたステップをなぞってみる。

 ふと視線を感じて顔を上げると、少佐が愉快そうにこちらを眺めていた。

 途端に恥ずかしくなって、動きを止めて縮こまってしまう。

 すると、少佐が静かな足取りで私の正面に立った。


「この舞曲には、もう一つの形があることをご存知ですか?」

「もう一つの……?」

「ええ。(つい)をなして踊る、ペアダンスです」


 祭りの喧騒の中、男女が手を取り合って踊る姿は見かけていた。

 けれど、それはただ興に任せて適当に踊っているだけだと思っていた。

 少佐が右手を差し出してくる。

 思わず見上げると、そこには優雅で、柔らかな微笑みがあった。


「私と踊っていただけますか」

「えっ。…でも私、踊り方を知りません」

「ご安心を。エスコートなら私の得意分野です」


 戸惑う間もなく、少佐は私の手を静かに取り、空いた手で私の腰を引き寄せた。

 あまりに自然な動作で縮まった距離。

 驚きで息が止まりそうになのに「まずは右足を後ろへ。次は前へ…」と耳元で囁かれると、反射的に従ってしまった。


「そう、そのまま身を委ねて。右、左、後ろ、前に…」


 低く落ち着いた声に操られるように、私の足は素直に地面をける。


「お上手です。見惚れてしまいそうだ」


 至近距離にある端正な顔を意識するたびに、心臓が跳ね、指先まで熱くなっていく。

 少佐の指示に合わせて両手両足を動かせば、時々足を踏んだり肘で脇を小突いてしまうようなハプニングはありつつも、すぐにコツを掴んでいく。

 突然連れてこられたピアノの演奏者マーチムさんも気づけばノリノリに演奏し、その周囲を回る私と少佐。

 妙な一体感まで生まれている。

 現在謎の軟禁中にも関わらず、ピアノの音色と彼のリードに合わせて踊る時間は、純粋に楽しい。


「貴女は踊りのセンスがありますね。もうこんなに踊れている」

「少佐の教え方がうまいんですよ」


 そう答えて少佐が照れたように笑ったとき。


「またここにいたんですか!」


 爆弾でも落ちたかのような勢いでドアが開き、少佐の直属の部下であるブルースが文字通り飛び込んできた。


「少佐がいないと一ミリも仕事が回らないんですよ!」


 ごもっともである。

 いくら優雅にステップを踏んでいようと、少佐は軍の要職にある男だ。決して暇人なんかではないはずだ。

 ……そんなことは、百も承知。


 でも私は来てほしいと頼んでいないし、勝手に来るのはいつも少佐だ。

 だからブルースが私を呪わん勢いで睨んでくるのは完全に八つ当たり。

 …なのだけど、呑気にペアダンスに興じていた現場を押さえられた手前、こちらもバツが悪い。

 私は行き場を失った視線を、部屋の隅から隅へと転がすことしかできなかった。


 一方、ブルースの小言を、ああ、また始まった、と言わんばかりの死んだ魚のような目で受け流していた少佐。

 私の手を軽く握り直すと「また来ます」と言い残し、マーチムさん諸共、風のような速さで部屋を去っていった。


 撤収する手際の良さに舌を巻いていると、ブルースが私の前に仁王立ちした。


「リゼ譲。少佐をたぶらかすのはやめていただきたい」

「え…、たぶらかしてなんか」

「いくら少佐が探していた人だからって、あまりに調子に乗らない方がいい」


 探してた…?

 どういうことだろう。

 尋ねてみようと口を開いたが、一歩詰められて狼狽える。


「少佐が公爵と知って懐に入ろうなんて魂胆なのだろうが、いいかよく聞け!少佐はぼくのもんだ!」


 公爵という爵位にも驚いたが、ぼくのもんだって啖呵を切られたのも反応に困り、私は固まった。

 ぼくのもんだってなんだ。

 どういう意味だ。

 頭の中で、巷で流行している騎士同士の色恋物語を思い出す。


 …まさか、ブルースは少佐に恋を?

 考えている間に、ブルースは大股で部屋を出て行った。





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