酔っぱらいの作り話
泣き出してしまいそうだった。
きっと泣いてもいいのだろうけど、なけなしのプライドが私を奮い立たせ、代わりに紅茶のカップを手に取った。
「すみません。...おかわりいいですか?」
場違いな言葉を口にした私にユリアス少佐は一瞬目を瞬いたが、すぐに暖かい紅茶を注いでくれた。
ネイレンとロニー、それから騎士の方々の視線を浴びる中、私は紅茶を堪能した。
その美味しさに手放しかけた自制心を取り戻す。
「その、身元証の詐欺罪なんですけど...。母は他界してますので、罰金や罰則は私が受けるのでしょうか...?」
だとしたら一体いくらだ...。どんな刑罰だ…。
緊張して待っていたが、二人は意味深に黙り、代わりに後ろに控えていたブルースに「例の物を」と目配せした。
やがてブルースはどこからか木箱を持ってきてテーブルの上に置いた。
一体何が入った箱だろうか。
精神が疲れているからか、人の指でも入っているのではと怖い想像をしてしまう。
ネイレンが箱を開けた。
中には指ではなく、宝石が嵌め込まれた美しい装飾品がいくつか入っていた。
「...くれるんですか?」
「そんなわけがないだろう。これに見覚えがないか」
装飾品は何一つ持っていないし、こんな大きい宝石見たこともない。
絶対に見覚えがないと言いきれるが、ちゃんと見ろとでも言いたげなネイレンの表情が怖いので箱の中を注視する。
ひとつの小振りの宝石に目が留まった。
「どうした」
「あの、これ。...母が持ってた物に似てます」
指差したのは、子供の小指の爪程の大きさの、深海のような色の宝石がついたネックレス。
母はこれをいつも身に付けていた。
ある日から、「どうすっかねぇ。売るかねぇ。でもなぁ」と呟きながらこれを触っていることが増え、そのうち首もとにつけなくなった。
私はそれについて何も訊かなかったけど、売ったんだなと他人事のように考えていたことを思い出す。
「…どうしてこれがここに?」
「街の質屋から回収した」
なぜ、と書かれた私の表情を見て、ネイレンはこちらを気うつさせるようなため息を吐きながら、金色に輝く腕輪を取り出した。
そして内側に刻まれた模様が見えるように目前に突き出してくる。
「この紋章がどこのものかわかるだろう」
知って当然とばかりな口調だが、生憎田舎者は紋章とあまり縁がない。
「知らないのか」
「...知らないです。見たことあるような気はしますが」
「これはチューペハイパスト大帝国の王家の紋章だ」
「えっ。そうなんですか!」
「これを質屋に売って金にしていたのが君の母親だ」
母が盗んだ。瞬時にそう推測してしまった私は親不孝だろう。
けど実際に母には野菜を盗んだ前科と身分証を偽った事実があるのだ。そう思ってしまうのはしょうがない。
「ここにある全てに紋章がある。なぜ君の母親はこれを持っていた?」
「...わかりません。他のものは所持してたことも、売ってお金にしてたことも知りませんでした...」
思い出してみると、母はごく稀に、「お金が入ったから奮発したでぇ」と言いながらいつもよりおかずを一品増やすことがあった。
一体どこからお金が入ったのか訊いてもはぐらかされ、街の富裕層の家事手伝いって意外に稼げるんだと呑気に考えていた。
まさか、これを売ってたの...?
一体どうやって手にいれたの?
「君は母親のことをあまり知らないんだな。仲でも悪かったか。それとも無口な人だったのか」
「いえ...。仲がいいかといえば微妙なところですが、母はとてもお喋りでした。ただ、大事なことは教えてくれない人だったので...」
「君が生まれる以前はどこで何をしてた?」
「...過去の事は何も聞かされてないんです」
「君の父親は?」
「それも教えてくれませんでした…」
母はとにかく過去にまつわることは何一つ、父のことですら、真面目に答えてくれなかった。
黒髪の母と違い私は栗色の髪にヘーゼル色の瞳。
だから父は金髪蒼目なのではと思ってしつこく訊いたことがあったが、「もうなんでもええやん!知ってもなんも得せーへんねん!」と怒鳴られてからは訊くのもやめた。
ただ、泥酔すると「あんたの父親はねぇ、筋肉の頂点みたいなええ体やったわぁ」と滑舌悪く言っていた。
頭の中に筋肉モリモリのブロンドの男を想像していると、視線に気づいた。
ネイレンに親の仇を見るような目で見つめられている。
眉が立派すぎるせいか、なんて物騒な顔なんだ。
「いいか!君をわざわざ王宮に呼んだのは事が事だからだ。その辺のものを盗んだならそんなに大きい問題ではない」
「いやぁ、問題ですってネイレン君」
「問題なのは、これにチューペハイパストの紋章があることだ。他国の、それも我が国と敵対している国の財宝を盗んだとならば大問題だ!そうだろう!」
バシンッとテーブルを叩いて糾弾してくる外務大臣の気迫に狼狽え、また泣きそうになってくる。
こんなに厳しく怒鳴られたこと、人生で初めてだ。
自分が悪さをしたなら甘んじて受けるけど、死んだ母の仕業となるとこれがまた複雑である。
「すみません...」
「ほらネイレン君、怖がってるじゃないか。だいたいまだ盗んだとは決まってないんだし」
「盗んでいなくとも売買したのだから立派な犯罪だ。例え王家の紋章に気づいていなかったとしてもだ」
「まあ、それはそうなんだけどねぇ」
「あの...。母がご迷惑をおかけして...、申し訳ありません」
謝らずにはいられなくなって頭を下げると、室内が静寂に包まれた。
それを破ったのはユリアス少佐だった。
「貴女の母親は、本当にご自分の過去を一切話さなかったのですか?」
澄んだ緑の瞳にまっすぐ見つめられると、吸い込まれてしまいそうな妙な危機感を覚え、静かに目をそらす。
「何も...」
呟いてから、全てを話した方が貴女の為ですよと忠告されたことを思い出した。
その全てという言葉には、酔っぱらいの戯言も含まれているのだろうか。
……今回に限っては、含めるべきかも。
「...母はお酒に酔うと時々昔の話をしてました」
「してたのか!なぜ先程言わない」
「酔っぱらって出てきた作り話だからです。わざわざ言うべきじゃないと思って」
「前置きはいいから早く申せ」
ネイレンとは一生かかっても仲良くできない気がする。
もう少し謙虚な姿勢があってもいいじゃないか。
そんなことよりも母の過去の話だ。
ふざけた話だと怒られるかもしれないけど言ってしまおう。
「母は自分のことを、ニホンという別の世界から召喚された聖女だと言ってました...」
うちは貧乏なのに母はお酒をよく買っていて、泥酔するほど飲んだ日は決まって言うセリフがあった。
『あたしはねぇ、ニホンっていう国から召喚された聖女様やねん!』
ニホンという母が作り上げた国は、やけに細かい所まで理にかなった設定がされているので、幼い時は本当のことなんだと感心していたのを覚えている。
空を飛ぶヒコウキや、銃弾のように速いシンカンセン。
遠くの人と会話ができ、調べ物ができるスマホ。
火を使わずに食べ物を温めるデンシレンジ。
衣類を自動で洗うセンタクキ。
そんな存在しない物をスラスラと話した母の想像力はたまげたもので、作り話だとわかっていても私はついじっくりと耳を傾けていた。
「………って、こんな話どうでもいいですよね」
ネイレンとロニーが瞠目したまま固まるので、私はバツが悪くて口を閉じた。
その後、二人は互いに顔を見合っている。
まるで目だけで会話してるようだ。
どんな意志疎通を交わしてるか気になるが、なんてくだらない話なんだびっくりしたぞ、とでも思ってるんじゃないかな。
「ちなみに、リョウコヤマモトという名前に覚えはある?」
「リョウコヤマモト...。そういえば酔った時に、良い子に育ってほしくてリョウコって名前になった、とかごにょごにょ言っていたような…」
正面の二人は目をかっぴらき、再び顔を見合った。
「ネイレン君!」
「ああ!」
それからは速かった。
ネイレンとロニーは急に用があるから話は終わりだと言い、少佐にこそこそと耳打ちした。
「承知いたしました」と少佐が言うと、彼は私を王宮内のとある部屋に案内した。
「了承があるまでこの部屋の外には一歩も出ないでください。護衛の騎士を部屋の前に付けますのでご用がありましたら彼らにお伝えください」
「ど、どういうことですか!?」
「貴女は国家が保護すべき重要人物であるとみなされました」
「保護?」
「はい。では、急いでいます故」
困惑して口の開口運動しかできない私を残し、少佐はあっという間に部屋を出ていってしまった。
豪華な内装へ視線を運ばせながら、一体全体何が起きているんだと、私はただただ呆然としていた。




