ブルースの解説
翌朝、要塞の石門が開かれ、チューぺハイパスト大帝国の一団が朝靄の中を出発していった。
別れ際、帝国の方々は「これは故郷のお菓子です」とか「これは幸運のお守りです」と、手持ちの品を次々とお土産として私に押し付けてきた。
父様がずっと捜していた大事な娘だからなのか、これが皇女というものなのかわからないが、大帝国の使節団の方々はみな、私より頭を低くして恭しくするので、私は終始ずっと困っていた。
これから先、両国の和平に向けて外務大臣や宰相たちは慌ただしく会合を重ねていくことになり、私も近い未来に帝国へ赴き皇女としての挨拶だの手続きだの、といろいろする事があるらしい。
考えるだけでも億劫で、体が変な震え方をする。
歴史の歯車が大きく動き出した実感を背中に受けながら、私は自陣の馬車へと向かった。
「では皇女殿下。どうぞ、お足元にお気をつけて」
エスコートの手を差し出してきたネイレンの態度に、私は思わず硬直した。
昨日までの、獲物を睨むような鋭い眼差しはどこへやら。今は目じりを下げ、慈愛に満ちた表情を浮かべている。
私自身は昨日と何も変わっていないのに、身分という魔法が彼を別人に変えてしまった。
すごい豹変ぶりだ。
一方でロニーは相変わらずだった。
「なんか大変なことになっちゃって悪かったね。でも、君のおかげで願ってもない平和が来そうで本当に嬉しいよ。ありがとう」
いつもの穏やかな笑顔がありがたくて、私もつられて頬が緩んだ。
帰りの馬車。
少佐はネイレンたちと打ち合わせがあるとかで別の馬車に乗り、私はブルースと二人きりになった。
昨夜のあの『マッチョとキス事件』を思い出すと少佐とは顔を合わせづらいけど、向かいに座るブルースが、親の仇でも見るような目を向けてくるのも、困る。
「……いつの間に少佐を…」
「あれには、その…、深い事情があって」
「ふん!」
説明しようとする私を、彼はプイとそっぽを向いて拒絶した。
その拗ね方はまるで子供だったが、私にも邪魔をしてしまった罪悪感はある。
「……少佐への、あなたのお気持ちを知っていながら、こんな形になってしまって、ごめんなさい」
沈痛な面持ちで謝罪すると、車内に妙な沈黙が流れた。
一拍置いて、ブルースが眉間に深すぎる皺を作ってこちらを振り向く。
「は?少佐への、気持ち?」
「だって、前に『少佐はぼくのもんだ』って仰っていたじゃないですか。だから、その、そういう……禁断の愛っていうことなのかなって」
ブルースの目が、これ以上ないほど見開かれた。
「バッ、バッ、バッ、バッカじゃないんですか!?」
車内が震えるほどの怒声に、私の肩もびくっと震える。
「気持ち悪い思考をしないでください!そんなわけがないでしょう!あれは純然たる尊敬、忠誠の意味だ!さては、巷の庶民の女たちが騎士団員同士を勝手にくっつけて、不純な創作をして遊んでいるというあの『カップリング』とかいう野蛮な風習ですね!?なんという品性の欠如!あなたもその一味だったのですか!」
びっくりするほど早口だった。
あまりの剣幕に圧倒される。
怒りを買ってしまったのは明らかなようだけど、ちょっと癪に障る。
変な勘違いをした私も悪いが、もとはと言えば、ブルースの言い回しが紛らわしかったのがいけないのでは?
…と、思うのだが言えなかった。
「あの、私はそういう創作物はやってないんです…」
「書いてそうなのに?」
「えっ!まさか!書いてないですよ!」
「本当に?」
「はい…」
「ふん…。とにかく、私にとって少佐はただの憧れなんです。それだけ、なんです」
「しかと心得ました」
「だいたい、僕だって、少佐が惚れ込んだ女性と結ばれたのなら、それは喜ばしいことだと思っていますし」
ぶっきらぼうに付け加えられた言葉を聞いて、私は思い出した。
そういえば、以前ブルースは少佐が私を探していたと言っていた気がする。
ちょうどいい機会だと思い、詳しく尋ねてみると、彼は渋々といった様子で語り始めた。
事の始まりは、王都で開かれた花まつりの日。
少佐は目抜き通りで大勢に混ざって踊っていた私を見て、一目で恋に落ちたのだという。
翌日から少佐は、職権を乱用し、私的な捜査を開始。
「あの踊っていた娘は誰だ」と王都中を調べ回ったが、私は地方の庶民でしかなかったので、結局見つからず、途方に暮れていたらしい。
「あの頃の少佐、見ていられませんでしたよ。夜な夜な酒場に行っては浴びるように酒を飲み、見つからないことを嘆いて、それで泥酔して公園のベンチで爆睡して……」
「あの少佐が…?」
「あの少佐がです。ですから、その責任があるリゼ嬢には、正直かなり怒りが湧きましたね」
それは、八つ当たりでは…?
「いいですか!少佐は、騎士たる者の覚悟と志について朝まで熱く語り明かすような、硬派で高潔な男なんです!ほんの少し見かけただけの女に心酔し、自分を見失うような……そんな軟派な男ではなかったはずなのです!だからこそ僕の憧れだったのに。それなのに、貴女という人が少佐を……!」
理想の少佐像を崩してしまったのは、私のせいではないはずだ。
頼むから、そんな国を滅ぼした毒婦を見るような目を向けないでほしい。
どう反応すればと戸惑っていると、彼は小さくため息を吐いて、また話し始めた。
「……その後です。聖女に関係する怪しい女を連行せよ、という任務が下りたのは。そして偶然にも貴女と再会した少佐は、まあ、かなり舞い上がってましたよ。あの時は冷静なふりをしてましたが、貴女の別れた瞬間、王宮の廊下をスキップしてましたから…」
私は、まるで作られたお伽話、それも、かなり癖の強い三流恋愛小説でも聞いているような気分だった。
「でも、ただ踊っていた私を見て一目惚れなんて、ちょっと信じられないですよね…」
私はあの時、周りにいた大勢の人と同じように、ただはしゃいで踊っていただけなのに。
「それは、僕にも最大の謎です」
「ですよね……」
「少佐が仰るには、踊るあなたを見た瞬間、どうしようもなく目を奪われたのだそうですよ。色恋沙汰には目もくれず、寄ってくる令嬢は片っ端から跳ね除けてきた人なのに……」
ブルースの瞳が私に向くので、サッと目をそらす。
気づけば、自分の頬が熱くなっていた。
昨夜から馬車に置きっぱなしにしていた羽毛付きの扇子を手に取ると、猛烈な勢いで顔を仰ぐ。
ブルースのジトッとした視線と、車内に漂う気まずい沈黙がいたたまれない。
少佐がいる方がマシだったかも。
……いや、だめだ。この話を聞いた後じゃ、もっと顔を合わせられない……!
暫くただひたすらに顔を扇いでいると、ブルースが「ところで」と声を低くした。
「……参考までに聞きますが、その……『カップリング』とやらでは、私は誰とセットにされる確率が高いのですか?」
「えっ? いや、私は詳しくなくて……」
「知らないのですか? 本当に?」
疑いの眼差しに狼狽していると、ブルースは少し思い出すようにして話し始めた。
「……前に聞きかじった話では、ウィルとセットにされることが多いらしいんですよ。ほら、少佐の右腕と左腕、ライバルとして勤務しているうちに愛が芽生える…っていう設定で。まぁ、構成としては悪くないとは思うんですけどね」
反応に困り、とりあえず頷いていると、ブルースはどこか楽しそうに解説を続けた。
「あとは、少佐を奪い合う三角関係だとか。僕が健気に片想いをするパターンも結構あるらしいですね。それから——」
訊いてもいないのに、次々と知識を披露し始めるブルース。
……実は夜な夜な自分で読んでるんじゃないですか?
そう訊きたくてたまらない。
とにかく、機嫌が直ったようなので、私はとりあえず笑顔だけは保ったまま、じっくり耳を傾けているふりをして、その解説を聞き流すことにした。




