密談
王太后のプレゼントに問題は見つからなかったし、お礼の訪問は母とロイドが同行し、事なく済んでいる。
相変わらずノエルは王太后に良い印象しかないようだが、接点がなければ問題も起こらない。
私たちは、馬車に乗り、兄とダリルは馬で別荘に向かった。
別荘は気持ちよく整えられ、すぐにでも使える様子だった。使用人が常駐しているのだろう。
白水宮と似た雰囲気があり、既に懐かしくさえ感じた。
「なんだか懐しいような気分になる。おかしいな」
兄が私の思ったことをそのまま口にする。
ニコラスは私たちを居心地のよい部屋に通してくれた。
全員が座ると、すぐにお茶が出された。
「王太后の動きを調べていますが、一番深く潜っていた者を失ったので、難航しています」
「ああ、あの男か」
兄がそう呟き、ブライアン様に何か耳打ちした。
その様子を見て、ニコラスがぴくっと眉を動かす。
「何も漏れて来ないところを見ると、動かしているのはごく少人数でしょう。大がかりな工作ではないはずです」
「一体何を企んでいるやら」
兄が唸りながら、「ここからならリース国も近いし、いっそこのまま帰っちまおうか」と言う。
本当に、そうできたらどんなにいいか。
ため息を隠すように、カップに顔を伏せてお茶を飲んでいたら、ニコラスが「そうしましょうか」と言い出した。
「マリア嬢が持病で倒れた事にして、帰国してはどうでしょう。ご挨拶はブライアン様とエリック様にお任せして」
私は、はじかれたようにカップから顔を上げた。
「そんなこと......」
「できますよ。かかりつけの医者の薬が必要だと言い張ればいいのです」
ブライアン様が微笑む。やはりその微笑みには怒りが滲んでいる。
「でもブライアン様たちが危険です」
「いいえ、国境付近の街に、公爵家の騎士団を待機させてあります。彼らを呼ぶから大丈夫」
口が開いたままになってしまった。何て手回しのよいこと。
「あなたを救い出しに来たのですよ。できる限りの手を講じています」
ニコラスが快活に笑い出した。
「ではこのまま発ちますか?」
そんなわけにはいかない。両親とノエルと他の者たちは、キャンプ場にいる。
離宮に残った者もいる。置いていけない。
「残ったものが危険です。何とか一緒に出たいけど、手はないでしょうか」
そう言って皆を見回したら、まず兄が口火を切った。
「マリアの具合が悪くなって、ここで静養させてもらうという筋書きはどうだろう。この国での滞在も後わずかだし、帰国の準備で、明日にでもこちらに全てを移動させる。数日間静養させて貰って、その後帰国」
「いいですね。それを明日の開会宣言直前に報告すれば、それまでに色々と準備ができる」
ニコラスが賛成した。
ブライアン様もその案に乗り気のようだ。
「私たちは狩猟祭に出よう。そうすれば王太后たちは時間があると思うだろう。マリア嬢たちは朝のうちに、リース国に向かって出発すればいい。残りの者たちは、私が率いて帰る」
「ここの使用人たちに箝口令が敷けますか?」
兄が聞くと、ニコラスが渋面を作った。
「ここにも王家側の手の者はいます。追い出すのは相続後でいいと思って放っていました。今日は非番ですが、明日の朝早くにやって来ます」
「捕まえて閉じ込めておくか? それより明日の朝、マリア嬢が体調を崩して寝込んでいると、報告に行かせるのもいいな。報告に出なければ捕まえよう」
ブライアン様は簡単に言う。
「では、離宮に連絡を送らなければ。誰を向かわせたらいいかな」
兄の言葉にダリルが立ち上がったが、ベルも立ち上がった。
「女性の荷には女性の指示が必要です。あちらに7割方の荷が残っています。帰国に向けてマリア嬢の荷はまとめてありますが、奥様とノエル様は多分まだでしょう。半分積めればいいところです」
ニコラスが、「この屋敷の者数人と、キャロルを迎わせます」と言い、後ろに立っていたキャロルに何事か伝えている。
「大事な物だけ運んでください。物が残っていた方がそれらしいでしょう。積み残した物の運搬は、私どもが頼まれたことにしておきます」
ニコラスが請け負ってくれた。
ブライアン様がまとめるように言う。
「ダリルとベルは、持ち帰る品を選んで積み込みを指示してくれ。私とエマはここでマリア嬢に付いておく。エリックはキャンプに戻って、こっちに泊まらせてもらうと伝えてくれ。そして狩猟後すぐに発てるよう、周囲の者に根回しを頼む」
そう言うと、明日の段取りの相談にかかった。
その始めに、兄が大声を上げた。
「待った。シスリーの件を忘れていた。ニコラス殿、鉱山は遺贈に含まれるのですか?」
「含まれますよ」とあっさりした答えが返ってくる。
「それはいい。発表される時に私も立ち会いたいな」
ブライアン様が、また怖い笑顔を浮かべる。
私以外の皆がそうだ。ベルまでが似たような表情を浮かべている。
「ベル、落ち着いて。いつもと違うわよ」
ベルがこっちを向いた。
「今まで、何とかこの場を凌ごうと思ってきました。でも相手は本気も本気。大して取り繕おうともしていません。ブライアン様を見て、受け身では負けると悟ったのです」
キッパリしたベルの言葉に、「頼もしい」とエマが叫び、男たちは感心したようにベルを見る。
そんな様子を、キャロルは羨ましげに見ている。
もしかしたらキャロルは騎士志望なのだろうか。
ニコラスはキャロルを見て、何事かを考える様子だ。
明日一日の予定が組み上がり、それぞれの役割を果たしに皆が散って行った。
残ったのは私とブライアン様とエマ、それにニコラス。
「今のうちに聞いておきたい。遺言の発表で騒ぎが起きるだろう。抑え込めるのか?」
ブライアン様が切り出すと、ニコラスは、「はい」と答えた。
「完璧にマーカス様個人の資産です。どう扱おうが文句は言えない。しかも恩人への遺贈を王太后本人も認め、周囲にも広めている。今更ひっくり返すのはメンツにかかわります。だが、それでもごねるでしょうね。その場合は、今までの事故の記録を公開すると脅します」
「ほう、できたら共有させていただきたいものだ。切り札に使えるな」
二人は密やかに話し合っている。
私は先ほどから、こちらが悪者のような錯覚を覚え、落ち着かない。
「さあ、マリア嬢。今日は早く寝てしっかり休養を取ってください。明日は朝から馬車の旅だ。リース国に入るまでは、強行軍になります」
ブライアン様に手を取られ、使用人に案内されて寝室に向かう。エマは続きの間で休むことになっている。
そしてブライアン様は寝ずの番をするという。
「ここなら安全ではないでしょうか。少し寝ていただかないと、お体に触ります」
「一緒に寝たいところですが、そうもいかない。明日からの旅に支障が出てしまいますから」
「はあ、一緒に?」
エマがブライアン様を引き離し、「油断もスキもあったもんじゃない」と言いながら引っ張って行く。
そしてドアからポイっと彼を放り出すと、「では寝ずの番をよろしくお願いします」と言ってドアを閉めた。
「エマ、せめて椅子や毛布を渡さないと、廊下に立っていてもらうわけにはいかないわ」
「いいのですよ、自分でどうにかするでしょう。情けは無用です」
心配そうな私を見て、エマは優しく微笑んだ。
「騎士は慣れているから大丈夫です。野営中に歩哨をしたりしますから」
ブライアン様がドアを少し開けて覗き込んできた。
「マリア嬢、再会のキスは? もしくは寝ずの番へのご褒美は?」
「未練がましいですよ。ブライアン様」
エマが叱りに行くのを止め、私はドアのところに向かった。
ドアから顔を出しているブライアン様の唇に、軽いキスを与え、「寂しかったです」と告げた。
ブライアン様は珍しく固まっている。
エマが私を少し下がらせ、そっとドアを閉めた。
そして髪をかき上げながら首を振って言った。
「さすがに、ちょっと気の毒かしら」




