前夜祭のさなか
「狩った獲物の判定は、王家の狩猟係が行う。皆競い合ってよい獲物を探してくれ。優勝者には私から、この月桂冠を授与する」
そう言って王が掲げたのは銀細工にシスリーが散らされた月桂冠だった。
それは松明の火に照らされ、鋭く光っている。
わあーっと声が上がる。
「シスリーをあんなに使ってあるなんて。今回の狩りは本気でやってもらわなくては」
「皆、目の色が変わったわね。私も夫と家臣団に気合を入れに行くわ」
周囲の声を拾って母が、「あの石、綺麗ね。見たことがないけど何なの?」と聞いてきた。
「シスリーという石で、この国でしか採れないそうです。貴重で高価な石です。私はお土産に小さいのを買いました」
「まあ」と言って母は目を瞠った。
「いつの間に?」
エマが一歩前に出て、剣を指さした。
「私も剣飾りを買いましたので、ごらんになりますか? 街歩きに出たときに買ったのです。エリック様も剣飾りを購入されていました」
母は羨ましそうに石を見ている。
「素敵だわ。マリアったら気か利かないわね。教えてくれたら私も買いに行ったのに」
母とノエルが揃って口を尖らせている。
やはりこの二人は似ている。
「もう一度店に行く予定だから、一緒にいきましょうか」
その時、横で話す夫人たちが声を少し潜めた。
「シスリー鉱山が王のものになったら、安くなると思う?」
「無理ね。マーカス様だから私たちも買える値段だったのよ。きっと倍どころじゃなく跳ね上がるわね」
その会話が引っかかった。
確か領地には鉱山があると、ニコラスが言っていた。
私はベルの方を向いて、まさかねと唇だけ動かした。
ベルはエマの剣を見たあと、自分の胸元からペンダントを引っ張り出して、しげしげと見る。
「まあ、ベルも買ったの? すごく洒落ているわ。私たちもぜひ買いに行かなくちゃ」
母が目ざとくそれに目をつける。
そして夫人たちに話しかけに行った。
「シスリーをお土産に購入したいのですけど、少し教えていただけません?」
そしてしばらくコソコソ話した後、戻ってきた。
「この付近にある鉱山でしか採れない石ですって。今まではマーカス様個人の所有だったけど、もうすぐ王が相続するそうよ。そうしたら価格が吊り上がるだろうから、買うなら早めにって言われたわ」
嫌な予感が当たってしまったようだ。それを相続したら大事になる。
ベルが私の袖を掴む。
「お嬢様……」
そこに兄が駆け寄ってきた。顔付きが怖い。たぶん兄もこの話を聞いたのだろう。
「おい、マリア。ちょっと来てくれ」
そう言って腕を引っ張った。
ブライアン様がムッとしたように、「乱暴だな」と言ってその手を弾く。
王は狩りの説明を終え、最後に再び冠を高く掲げた。
「勝者にこの月桂樹の冠を被せよう。各チームとも頑張ってくれ」
歓声が沸き上がり、それは長く続いた。
「おい、ちょっと来てくれ」
兄が再び急かす。
私は兄に引かれるまま歩いた。もちろんブライアン様とエマとベルが付いてくる。
その後ろ姿に、母が声をかけた。
「明日の朝は早いのだから、すぐ戻っていらっしゃい。明日は本気を出してもらうわよ」
その言葉を無視して、兄は黙ってズンズン歩いていく。
人気が無い所まで来ると、クルリと振り返り、「ニコラスに連絡が付くか?」と聞いてきた。
「こっちに来ているし、キャロルに頼めば、会う段取りをつけてくれると思うわ」
「会おう。そして万が一鉱山が含まれていたら、それは断ろう。あんなデッカイ爆弾を背負わされたら、たまったもんじゃない。いいか?」
「ええ、もちろんだわ」
ブライアン様とエマには、領地を譲り受けることは話したが、鉱山の話はしていない。特別なものとは思っていなかったから。
「その希少な石が採れる鉱山も、遺産に含まれるということですか?」
そうブライアン様が私に聞いてきたので、私は彼を振り返った。
「確認しないと分からないけど、もしそうなら恐ろしいわ」
不安になって訴えかける私に、ブライアン様が切れそうな笑みを向ける。
「貰っておいたらいい。何か言ってきたら公爵家の騎士団で一蹴してやりましょう」
ブライアン様の怒りは、収まっていないらしい。
兄はブライアン様の言葉を聞いて一拍置いてから、「おー」と言った。そしてパチンと手を打った。
「そう言えば……いい気味だな! さぞ慌てるだろう」
さっきまでと真逆な事を言いだした。
「二人とも、無茶なことを言わないで。まったく騎士っていうのは」
「騎士ではないけど賛成します」とベルが言い出した。
「ベル?」
「仕返ししたいです」
きっぱり言う。エマはベルの肩をバシバシ叩き笑っている。
「ニコラスと話がしたいな。見通しを聞いておきたい。全く策もなく踏み切ったわけではあるまい」
ブライアン様がそう言い出したので、私たちはテントの方に戻って行った。皆、かなり勢い付いている。私以外はだけれど。
案の定キャロルはすぐに姿を現した。
「キャロル、ニコラスさんと話したいの。連絡がつくかしら」
「聞いてまいります。テントにいていただけますか?」
「わかったわ」
キャロルが音を立てずに去っていった。
「わかりやすい密偵ですね」
その後ろ姿を見送り、ブライアン様が私に向かって少し笑った。
気持ちがほぐれたのか、言葉遣いも柔らかいものに戻っている。
私もキャロルは少し未熟だと思っているが、かばいたくなってしまった。
「まだ若いですもの。少し分かりやすいのは仕方ないわ」
私たちはとりあえず男性用のテントに入った。
そこには父とロイド、ダリルの三人がいた。
「エリック、ダリルをほっぽってどこかへ走って行ったそうだな。落ち着きがなさすぎるぞ」
父の叱責に無言で頷き、ダリルには「急いでいたんだ」と言い訳をした。
この兄の従者をするのは大変だろう。
ブライアン様は自分の従者を休ませている、と言って連れて来ていない。
秘密を守るため遠ざけているのだろうけれど、彼の従者も、そう言えばもの静かだ。
「お邪魔してもよろしいでしょうか」
そうブライアン様が声をかけると、父は立って彼を迎えた。
テントの中はロウソクやランタンで明るく、周囲に椅子やベッドが置かれていて快適そうだ。
父はニコニコしながらブライアン様に椅子の一つを勧めた。
「ブライアン殿がいらっしゃってから、とても気が楽になりました。やはり頼もしいですね。マリアは幸せ者だ」
父はいつもよりずっと気楽な感じでブライアン様に接している。やはり野外での催し物は気構えがいつもとは違うのだろう。開放的になり、何事も少し気楽になる。
和やかな雰囲気に癒されながら、のんびりとした父の話を聞いていると、ニコラスがやってきた。
ニコラスは部屋に集まった人々を見て、まずは父に挨拶をした。
「遺贈の手続きで相談に伺いました。帰国される前にご確認したいことが何点かございます」
「おお、それはご足労いただき申し訳ございません」
父もニコラスを一介の従者とは思わなかったようだ。丁寧に対応している。
「マーカス様の別荘までご同行いただいてよろしいでしょうか。すぐ近い場所なので、二時間はかからないと思います」
父は少し驚いたようだが、「もうすぐ帰国ですからな。必要なことならお願いします」と認めた。
父とロイドを残し、私たちは揃ってテントを出た。
「マリア様。奥様とノエル様はテントにお戻りです。お二人には私からお伝えしておきます」
ロイドが出掛けに声をかけてくれた。
ノエル周辺に異常はないようだ。




