狩猟祭1
「さあて、腕が鳴るな。ブライアン殿のチームには負けないぞ」
兄が叫ぶ。
「はいっ」
クルス家騎士団が元気に答えた。皆やる気満々だ。久しぶりの狩りに向けて張り切っている。
今私たちはマーカス様の狩場に向かう道中だ。
狩猟祭は明日が本番。今夜は前夜祭が行われる。
会場は、マーカス様の別荘近くの狩場があてられている。王がマーカス様の追悼で、そこを使おうと言い出したのだ。
没後半年まではマーカス様の個人資産なので拒否できるのだが、ニコラスはそれを受け入れたと言う。
「私たちのホームグラウンドです。その方が王太后の仕掛けることに備えられる。ごく自然に私も、手の者たちも全員で警護に当たれますから」
事前に報告に来たニコラスは、開始二日前には全ての準備を整え、客を迎えられるように準備をすると言っていた。
現地まで王宮から一日かかるので、気の早い者たちはもう現地に向かっている。
「準備が大変でしょう」
心配になって言った私に、「長く、そういう仕事をしてきています。王に仕えてきたおかげで、経験の幅が広がりました」と笑った。
「狩猟祭は隙ができやすいので心配しています。現地に入るのはいつを予定されていますか?」
「前日の午後に到着するよう予定しています。テントでの生活は不便だし無防備だから」
ニコラスはニコッとした。
「キャロルが先に現地に入って、クルス家のテント周辺の確認を行います。ご安心を」
そう言ってから申し訳なさそうな表情でうつむいた。
「別荘での暗殺未遂は、私の油断でした。招待主としての面目があるから、あからさまなことは出来ないだろうと思っていたのです」
「私たちもそうです。この様子だと毒殺の線もあるかもしれない。狩猟祭には食料も持参します。それと薬も」
私の顔をしみじみと眺め、柔らかく笑う。
「エリス様も似たような方だったのでしょうか。頼もしいですね」
そう言ってから声を出して笑った。
「婚約者のブライアン様は、雰囲気が変わられましたね。いや、頼もしい」
私はその会話を思い出して、複雑な気分になった。ブライアン様には、色々と抑えてもらわなければ。
夜会では、あの後誰ともダンスどころか話もできなかった。
ブライアン様がダンスを許したのはエマだけだった。
踊ってみて、エマが素晴らしいダンスパートナーなのがわかったのは、良かったけど。
周囲の人々にも楽しんでもらえたようだ。女性方が目をキラキラさせてエマを見ていた。
午後遅くにキャンプ地に着くと、転々と配置されたテントでは既に灯が灯されていた。
まだ使用人たちが忙しく出入りをしている所も有れば、もうすっかり落ち着いているところもある。
テントの前に椅子を出して、そういった様子を眺めている人々は、少し自慢げにワインやビールを傾けている。
王宮の社交界がそのまま移動したこの場は、野趣がありながら優雅でもある。そして人々の興奮がこの場を満たしている。
この後、前夜祭がある。
私は到着後からずっと、ブライアン様とエマとベルに囲まれている。
片手はずっとブライアン様に握られたままだ。警戒のためだし、もう慣れたけど、周囲からどう見られているのだろう。
「エマ、私たちの様子は周囲にはどう見えていると思う?」
エマが手を繋いだ私たちから少し離れ、じっくりと見る。それから周囲の様子も見回す。
「熱々のカップルですね。周囲の人々は、あまり見ないようにしている感じです。ブライアン様が睨むから」
アハハと軽く笑っているけど、それで良いのだろうか。私は恥ずかしい。
我が家のテントは二つで男女に分かれる。近くに騎士と使用人用のテントが張られている。
ブライアン様たちのテントはその横。
安心感のある布陣で、うれしい反面不安になる。
王太后が諦めるはずがないのに、これはおかしい。何か見落としているような不安が、ずっと心に引っ掛かっている。
ブライアン様が手に力を込めた。
「マリア嬢、怖がることはありません。何かあれば周囲のものを叩き伏せて、リース国まで駆け戻ります」
彼ならできそう。二人きりならそれでいいのだけど……
彼を見上げた私は困った表情をしたのだろう。
「もちろん最後の手段ですが、あなたを助けるためなら、なんでもします」
「駄目」
「は?」
「駄目です。嫌です」
ブライアン様だけでなく、エマもベルも言葉を探しあぐねている。
言った私も同じ。言葉が思わず出てしまったが、何を言いたいのか自分でもわからない。
「みんなで一緒に頑張って、一緒に帰りたいの」
おろおろしながら言ってから、自分でも戸惑った。
「ごめんなさい。理想を言ったようなものよね。でも極力そういう気持ちでいて欲しいわ」
ブライアン様たち三人は黙ってうなずいてくれた。
ぶらぶら歩いているうちに、キャンプの中央広場方向から角笛の音が鳴り響いた。前夜祭の開始合図だ。
そちらに人々が集まっていく。
大きなたいまつがいくつも並べられ、周辺はとても明るくなっている。たいまつに照らされた顔は、楽しそうで浮き浮きした様子だ。しゃべり合う声は興奮していて、次第に高くなっていく。
歩いている人たちの中に両親たちの姿を見つけ、寄って行った。
「明日の狩りが楽しみね。皆に頑張ってもらわなくては。マリアはブライアン様に何か贈るの?」
すぐに母が気付き、声をかけてくる。狩猟の前に、ハンカチなどの小物を意中の人に贈るのが慣習になっているのだ。
私はイニシャルを刺繍したハンカチを用意している。
もちろんブライアン様にだけど、兄の分も作った。誰からも貰えないとかわいそうだから。
「もちろん、用意してきました」
「私も作ったわよ」
そう言って、ノエルがハンカチを一枚見せてくれた。ちょっと引きつっているけど、ノエルにしては頑張った方だろう。
「上手にできたわね。誰にあげるの?」
「内緒」
誰かお目当てがいるようだ。
明日の狩りはグループに分かれて獲物の数と質を競うもので、クルス家は父と兄、クルス家の騎士たちで一つのグループになっている。
ブライアン様は、近衛騎士たちとグループになった。
エマは狩りをあきらめて、私の護衛に付いてくれる。ブライアン様は、早めにたくさん獲物をしとめて戻ると言っている。
そんな彼に、私は微笑んで見せたが、本当のところ無理だと思っている。それくらい、きっと想定内に違いない。
私は私自身で自分を守らないといけない。だから狩猟祭の間はなるべく人が多いところに陣取って、動かないようにするつもりだ。
食料品も携帯用を用意した。解毒剤もリース国から持参したものを全部持ってきている。
王が晴れやかに前夜祭の宣言をした。
その横に立ち、手を振るのは王太后。三歩下がったところに王妃と王太子がひっそりと立っている。
今の王家の構成が、その立ち位置に現れているようだ。
王妃は、それで納得しているのだろうか。うつむきがちな顔を見つめると、彼女が突然顔を上げた。
そして偶然私と目が合うと、すっと視線を外した。
何か知っている? 彼女もやはり敵なのだろうか。それなら王太子もそうなのかもしれない。




