ノエルへの贈り物
◇ ノエル視点
マリアたちがベランダで休んでいる頃、ノエルは母の部屋でポーカーをしていた。
「夜会はまだお前には早いわね。私も欠席にするから、ポーカーでもしましょう」
母がそう言い出したから。
本当は出席したかったけど、父も「そうだな」と答えた。
私は初めだけ出席して、雰囲気を味わいたいと父に頼み込んだ。
「お前には、まだ少しだけ早いかな。後1年もしないでデビューするのだよ。その日の楽しみにとっておきなさい」
父は相変わらず私に優しい。
でも、何でも聞いてくれた以前とは違うみたい。
姉が変わってから、家族が少しずつ変わり始めた。
なにしろ私自身も変わったと思うのだもの。
頼りなく思っていた姉に、今では憧れている。
肩をすぼめ下を向いていた姉が、いつの間にか真っすぐ胸を張って立っている。かっこいいと思う。
友人たちにも、素敵なお姉様で羨ましいと言われる。
いつの間にか姉は、自慢の姉に変わっていた。
でも、モヤモヤする。ベルシアに来てから、それを余計強く感じるようになった。
姉の立派な姿を間近に見て、周囲の褒め言葉を頻繁に聞く。
それに引き換え、私は叱られる事が増えた。
特に兄の態度はあからさまだ。
あんなに姉に文句ばかり言っていたのに、それがそのまま私の方に移っているみたいだ。
「子供だと思っていた、ですって?」
そう口の中でつぶやくと、余計に腹立たしくなってきた。
おまけに精神年齢は十二歳だと言われた。失礼にも程がある。
私は友人たちに、そんな風に言われたことは一度もない。
どちらかというと、物をはっきりと言えるのが羨ましいとか、頼もしいと言われて頼りにされている。
兄は変わったのだ。
姉と凄く仲良くなったのはいいことだけど、なぜ私が叱られるの?
「ノエル。あなたの番よ。早くカードを出して」
物思いに沈んでいた私に、母が声をかけた。
私はどうでもいい札をポンとテーブルに置く。
ポーカーもどうでもいい。
母と二人でやっても、全然盛り上がらない。それに母は結構強くて、私は負け続けている。だから少しも面白くない。
私の専属侍女のナナが、「お届け物です」と言って、リボンで飾った箱を持ってきた。
「どなたから?」
「王太后様から、ノエル様宛です」
一気に気分が上向いた。
そういえば、私に何か贈ってくださると言っていた。
今では私に優しくしてくれるのは、王太后様だけだ。
私は立ち上がって、その箱に手を伸ばした。
「こちらに寄越しなさい」
母が強い口調で言うので、渋々箱を渡した。
「誰が届けに来たの?」
「王太后様付きの侍女です」
「そういう時は、まず私に声をかけてね。ご挨拶とお礼をしないと失礼よ。覚えておいてね」
ナナは小さくなって謝っている。
母も変わった。
あまり細かいことを言わなかったのに、最近は私のやる事に、一々口を挟んでくる。
それが窮屈で仕方ない。
「何を贈ってくださったのかしら。まずは開けてみないといけないわね」
母は言いながら箱を回し、少し揺すったりしてみている。すぐに開ければいいのに。馬鹿らしい。
そういえば、母のことをこんなふうに考えるのも初めて。
今までは私の言うことなら、何でも聞いてくれたから。
「ねえ、白手袋を持ってきてちょうだい。贈り物の箱を開ける用のよ。そうよ、お願いね」
母が侍女のアニタに言う。
アニタは柔らかそうな白手袋を母に渡す。
「奥様、私がお開けしましょうか?」
「いいえ、私がやるわ」
二人は変に緊張している。何だっていうのだろう。
そうっとリボンを引き、箱の蓋をそっと開ける。そこにはきれいなリボンが三本と、髪飾り、素敵なポシェットと、平たい箱が入っていた。
平たい箱を開けると、綺麗で大人っぽいネックレスが収まっていた。約束していた通り、ピンクの石がたくさん連なった豪華なネックレスだ。
「素敵。なんて綺麗で可愛いの。嬉しいわ」
「このネックレスは高価な品ね。ピンクトパーズがふんだんに使ってあるし、金の繊細なチェーンも高級感があるわ。これはロイドに預けて確認してもらいましょう」
そう言いながら、ネックレスを箱にしまい、箱ごとサイドテーブルに移す。
私は驚いて、母に詰め寄った。
「どうして? 似合うか着けてみたいわ。髪飾りもリボンもよ」
母は、最近よくするような目つきで私を見て言う。
「頂き物をすぐに手に取ってはいけません。家庭教師の先生から教わったでしょう。まずは内容を軽く確認し、詳しい者へとチェックに回す。手に取っていいのはそれからよ」
そんな話を聞いたけど、ばからし過ぎて白けただけだった。困った事態など、めったに起こらないだろう。
うんざりした表情に気付いたのか、母が言い募る。
「ノエル、そんな心構えではデビューさせられないわ。一年見送ることも考えなければいけなくなるわ」
もう、最悪!
友人たちより一年遅れになるなんて、ありえない。絶対に嫌!
「じゃあ、ロイドに早くチェックさせてよ」
「そうね。まずはお礼の手紙を書きましょう。それもついでにロイドに届けてもらいましょうか」
母はアニタにロイドを呼びに行かせ、私には便箋とペンを渡した。
一生懸命お礼の文章を書いたのに、それに駄目出しが出る。
結局ロイドがやってくるまで、三回も書き直させられた。
「ロイド、これが王太后様からノエルに届いたの。確認をお願いできる?」
「承知いたしました。少しお時間をいただきます」
「ねえ、ロイド。リボンやポシェットはいいでしょう?」
そう言うとロイドは、「この場で少し拝見させていただいてもよろしければ」と言う。
母が許可し、ロイドがまずはリボンを手に取った。
やはり白い手袋をしている。その手袋で、リボンの表面をスーッとさすった。
三本の内、一番華やかなリボンからうっすらと青っぽい色が移った。
ロイドは色が付かなかった方の匂いを少し嗅ぎ、端の方を水に浸して様子を見ている。
「こちらは大丈夫だと思います。しかしお使いになるのは一週間ほどおいてからがよろしいと思われます」
それから他の品を箱にまとめた。
「こちらは体に触れる機会が多い品ですから、もう少し丁寧にお調べします。数日お待ちください」
「ポシェットもダメなの?」
「袋物は、何か塗ってあれば、中に入れた物全てに影響を及ぼします。侮れないのです」
あきれてしまう。王太后様を何だと思っているのだろう。
ロイドが持って行った手紙にまた返事が届いた。
「今度そのリボンや髪留めを付けたところを見せてちょうだいね。明日、一緒に庭のお散歩でもどうかしら」と書かれている。
リボンなら二本手元にあるので、すぐにでも出られる。
私は「頂いた素敵なリボンを着けていきます」と書いてベスに届けさせた。
やはり私の味方は王太后様だけだわ。
次の日ノエルは王太后との散歩に出かけた。
母に話すと文句を言われるので、一人で少し散歩してくると言い、ナナと護衛をお供に連れて散歩に出る。そこでばったりと王太后に出会うわけだ。時間は30分程度なので、特に疑われはしない。
「まあ、思った通りそのリボンは似合うわ。もっと華やかなリボンもあったでしょ。明日はそれを付けてみて」
「はい。そうします」
本当はまだ戻ってきていないけど、ロイドに言って先に返してもらおうと思った。
「ノエル嬢はかわいらしいから贈りがいがあるわ」
「まあ、ありがとうございます」
「もう数年したら、マリア嬢と同じくらい、いいえ、もっと綺麗になりそうね」
「そんなことありません。姉は凄く綺麗になりましたから」
「あら、あなたの方がたぶんずっと綺麗になるわ。三年後だったらブライアン殿も目移りしたかもね」
「まさか」
そんな会話が毎日かわされていった。




