むき出しのブライアン
「久しぶりの再会なのに、私の恋人はつれないな。まさかですが、離れている間に心変わりなどしていませんね」
ブライアン様の顔がこわばったのを見て、プッとエマが吹き出した。
「いいことをお教えしましょうか? マリア嬢は……」
「あ、やめて。私が自分で言うから」
一目ぼれの話だろう。そんな話をここで言われたら、身の置き所がない。
みんな知っているらしいけど、それでも困る。
視線を感じて振り向くと、ブライアン様が私を見つめていた。
その表情は、表現しにくいもので、苦しそうなようでいて怒っているようにも見える。
「どうかされました? 大丈夫ですか?」
私が話しかけると、彼は小さく頭を振った。
「少し、気持ちを鎮めないといけないようです。今日はこのまま部屋に戻ります。明日、夜会の前にお迎えに参ります」
そう言い、ブライアン様は静かに部屋から出て行った。
次の夜、歓迎の夜会が開かれた。
夜会は小規模だったにもかかわらず、招待客の同伴希望者が多く、急遽規模を拡大したそうだ。
それくらいブライアン様は人気があるのだろう。
彼にエスコートされて会場入りすると、一瞬ざわめきが止まり、それから熱量のボリュームが上がっていった。
今日のブライアン様は非常にゴージャスで、いつにもまして輝いている。
私のドレスは彼とお揃いで、私が国を発つと同時に注文した物だそうだ。
頼んだ先はクレアの所なので、仕立てもイメージも私にピッタリ。
会場の入口で、ブライアン様はニヤリと笑った。
「今日は見せつけてやりましょう」
私が見てきたブライアン様と少し違う。いつもの余裕のある態度と似ているが、別物だ。
余裕というより威嚇、かもしれない。
昨夜ブライアン様が部屋を出た後、兄やエマ、ベル、それにあの控えめなダリルまでが、私に忠告したのを思いだす。
「ブライアン殿の怒りはすさまじい。腹の底に沈めているせいで余計に凄みがある」
兄の後を受けて、エマが続ける。
「このレベルの怒りは、小さい頃からの付き合いの私でも初めてです。暴走はしないと思いますが……手綱を離さないでください」
ベルは、「無茶できないように、お嬢様の髪型を危ういバランスで結います。そして、それを崩すなと釘を刺しておきます」と約束した。
ダリルが最後に言った。
「猛獣を扱うには気迫が大切です。しっかりと抑え込んでください」
「わかったわ、任せておいてとは言えないけど頑張る」
そう宣言したのでしたっけ。
ブライアン様は私をエスコートして、王の元に挨拶に向かった。
礼儀正しいやり取りなのにかなりの圧がある。ブライアン様の側に。
「私の婚約者マリア・クルス嬢が、素晴らしいおもてなしを受けていると聞き、私も非常に嬉しく思っております」
王の肩がビクンと上がる。
「こちらの不手際で、マリア嬢を危ない目に合わせてしまったことは、申し訳なかった」
目を合わせようとしない王に、ブライアン様はニッコリと微笑む。
「いいえ、王太后様がご無事と伺いホッとしました」
笑っているのに怖いのはなぜだろう。
王太后に向けては、色っぽいとしか言いようのない嫣然とした微笑みを浮かべて見せている。
これは兄の言葉に納得だった。立ち上る凄みで怖いようだ。敵意を向けられていない私でさえ、面と向かうのが怖い。
その後、王妃に向かって挨拶した時には圧はなかったものの、王太子に対してはニコリともしなかった。
挨拶が終わって私に向き合うと、彼は普段通りに微笑んで見せた。
「さあ、ダンスです。久しぶりですね」
「はい」
「ダンスがお上手ですねと外交官が言っていました。どのくらい場数を踏んだのでしょう」
えっ。もしかしてこれは……嫌味?
「あの、妬いています? ブライアン様?」
「妬いてはいけませんか。私だって数回しか踊っていないのに」
眉間にしわが! 唇がとがっている!
これは外交官もいじめられたに違いない。帰国したらすぐにお詫びしないと。
「それでもブライアン様が一番お上手です。楽しみですわ」
そう言うと、ようやく少し表情が柔らかくなった。
「ところでエマが、マリア嬢が気付いたことがあるので、後で聞いてみろと言っていましたが、何でしょう」
言い出しにくくて、私は下を向いてしまった。
「じゃあ、ダンスの途中にそっと教えてください」
そうして始まったダンスはいつも通りに流れるような夢心地のものだった。
私には彼しか見えない。他はどうでもよくなる。
「そろそろ教えていただけませんか?」
間近でおねだりの目が私を覗き込む。
私は少し体を寄せて小声で言った。
「私、初対面であなたに一目惚れしていたようです」
顔が見られないので横を向いていた。そうしたら大きくターンした後、ほとんど抱きしめられるような具合になった。それでもダンスは途切れていない。
私たちはどんなふうに踊っているのだろう。
「こっちを向いて」
それは難しいので、「できません」と小声で言ったら持ち上げられてしまった。
彼の頭より高い所にフワッと上がり、周囲の様子が急に目に入った。
皆が私たちを見ている。
エマが親指を立ててウインクしたので、一応おかしくは見えないのかも?
「あの、高く上げすぎです」
「やっと私の方を向いてくれた」
そう言って下ろすや、「少し休憩して風にあたりましょう」と言う。
母に「ついて行ったら駄目」と言われた通りのセリフで、思わず笑ってしまった。
「何でしょうか」
教えてあげると、「それは正しいな。不埒なことしか考えていないはずです」
「ブライアン様もですか?」
「もちろんです」
いつもよりずっといたずらっ子のような、いじめっ子のような雰囲気で、面食らうけど楽しい。
私たちは笑いながらエマと兄の元に戻った。
「相変わらず派手ですね。見応えがありましたよ」
エマが笑いながら迎えてくれた。
ブライアン様が、飲み物を手に近づいてきた給仕係を追い払い、飲み物を取りに行った。
その後、エマが何を話していたのかと聞いてきた。
「一目惚れの事を話したの」
「よかった。少し気がそれた様ですね。ダンスの最初の方、怖いくらいでしたもの」
「怖い?」
エマが同意を求めるように兄の方を向くと、兄が答えた。
「なんというか、色気と殺気が漏れまくっていたからな。気づかない者は喜んでいたけど、気づいた者はオロオロしていたよ」
エマがそっと目で教えてくれる。
騎士の内数人は気が付いているようで、そわそわとこちらを伺っている。
女性たちは色気の方に当てられたのか、興奮に頬を染めておしゃべりに夢中。
「王族への怒りと牽制に加えて......オスの独占欲か。あからさまだな」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
ブライアン様がワインボトルを手に戻ってきていた。
後ろに従者がワイングラスを盆にのせ、立っている。
「おろしたてのグラスと開けていないボトルです。給仕係にボトルごと持ってこさせたから、多分大丈夫でしょう」
「えっ、そんな角の立つことをしたのですか?」
私は驚いて聞き返した。およそ来賓のとる態度ではない。
「これが、この場の正体です。お互いに相手の腹はわかっているのだから、油断した方が負けです」
ブライアン様の瞳がまた冷たく光る。今日は氷並みに冷たい。
「試しに、私たちの元に運ばれた飲み物を、誰かに飲ませてみますか?」
「そんな危ないこと......」
言いかけて言葉をのんだ。
そうだった。ここはそういう場なのだ。礼儀に気を使っている場合ではない。
ベルシアの貴族男性が、ブライアン様に挨拶に来てワインボトルに目を留めた。
「ボトルで運ばせたのですか。このワインはおいしいですよ」
「ええ、そう聞きましたので、ベランダでゆっくりいただこうと思います」
そうにこやかに返す。ボトルを持ってこさせたのに、全く角が立たない。こういうところがすごいと感心する。
そして兄とエマと四人でベランダに出た。
風がほんの少し吹いていて、ダンスで火照った肌を冷やしてくれる。
従者がワインオープナーで栓を抜き、ワインを一人一人に注いだ。
先ほどの男性が言っていたように、おいしいワインだった。




