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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第五章 ブライアンの怒り

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ブライアンの到着


 私はエマとベルを連れて母の部屋を訪ねた。

 母には王太后がノエルに近づこうとしていることと、ご機嫌すぎるのが不安なことを話しておいた。


「何か企んでいるのかもしれないわね。気持ちが悪いわ。二人とも気をつけないとね」


「企むと言っても、見当がつかないのですけど」


「うーん。ブライアン様の前で他の男に囲まれたマリアを見せて、仲たがいさせる?」


 エマがフッと笑った。


「ブライアン様がそれを見過ごすはずがありません。強引に割り込んで、マリア様を抱え込みますよ」


「そうね。あの方って結構強引よね。じゃあ、マリアに心変わりをさせるとか」


 ――ええ! あり得ないけど。


「怖いことに、そういった薬もあるのよ」


 母が声をひそめて言う。

 慌ててエマを振り返ると、エマは私に向かって微笑んだ。


「夜会で飲食は控えましょう。念の為ですけど」


 エマの表情が、以前レクチャーしてくれた時のものに変わっている。


「……上級編なの?」


「ディフェンスなので、中級です」


 横に立っているベルが、引いた様子でエマのいい笑顔を見ている。


「とにかくエマから決して離れないことね。ベランダに出て涼もうとか言われても、付いて行っちゃ駄目よ」 


 母の言葉に「はい」と答え、両親の部屋を出てから、私はぐるぐる考えていた。


「ねえ、エマ。薬の力で誰かを好きになったら、そのままずっと好きなの?」


「いいえ、私が知っている物は効果が短いです。ですがその間に、取り返しの付かないことが起きる場合があります」


「どんな?」


「先日教わりましたよね」


「ああ……エッ? 子供ができてしまうの?」


「そうならなくても、未婚の令嬢としては致命的な傷がつきます。そのお相手が望む相手なら問題はないですが、そうではないのですからね」


 私は恐る恐るエマに聞いた。


「その場合、未婚の令嬢はどうなるの?」


「表立たなければなかったことに、表立ってしまえば将来が狭められます。それを狙った場合もありますね。ケースバイケースで、何にしても楽しい話にはなりません」


 ぞっとした。一気に産毛がザワッと立ち上がる。 


「これは、男性から女性にとは限りません。女性から男性に仕掛ける場合もあるのですよ。先日エリック様に言ったように」


 私は何て、物知らずだったのだろう。

 知らずにいるのは気が楽だけど、危うい。

 内心冷や汗をかきながら、急いで部屋に戻った。


 部屋ではロイドと兄とダリルが話をしていた。


「どうだった?」


「それがね、薬を盛られかねないから、気を付けるようにと忠告されたわ」


「こっちも同じくだ」


 兄がロイドを促した。


「未婚の令嬢の場合それは致命的で、良縁が遠のきます。そういった話は水面下ですぐに伝わります」


「よくあるの?」


「たまにですが、その後幸せになったという話は聞いたことがありません」


「それがここで起これば、醜聞まみれになった私はリース国に帰れない。私はとても不幸になり、王太后様にとっては一石二鳥ね」


 ベルが私の袖を掴んで引っ張る。兄は私をにらんだ。


「お前なあ。怖いことをあっさり言うな」


「ごめんなさい。二回も死にかけると、肝が座るのかもしれないわね」


 私はベルの手を握り、笑いかけた。


「まだ何も起こっていないわ。そして備えられる。私は負けないわ」


 兄は髪の毛をガシガシとかき上げながら、椅子の背にもたれかかった。


 ロイドが微笑みながら、「そうですとも。それにブライアン様がいらっしゃいますから、簡単には手出しできないでしょう」


 私はそこが不安だった。

 ブライアン様が来るのは計画にマイナスのはずなのに、王太后は全く気にしていないようなのだ。


 だがそのことを口に出すのはやめておいた。

 ベルがすごく不安そうだし、エマも兄も難しい顔をしている。

 今までよりもっと怖い状態なのだと、私だってわかる。


 だから余計に言えない。


 

 その三日後、ブライアン様は王宮に到着した。


 宰相が出迎え、公式の堅苦しい挨拶を交わした後、一行は用意された部屋へ案内されていく。

 従者たちを先に行かせておき、ブライアン様は出迎えの人々に加わっていた私の元に、一直線に駆け寄った。

 まるでチャックのよう。


「元気そうで良かった。会いたかった」


 ガシッと抱きしめられ、足が浮いた。

 私は必死で背中をパンパン叩き、「下ろしてください」と頼んだ。


「婚約者なのだから、これくらい普通です」


「普通でも、私は恥ずかしいです」


 ブライアン様はやっと私を離してくれた。

 少しむくれているが、私と目が合うとすぐに笑顔に変わった。


「しばらく見ないうちに、更に美しくなりましたね。マリア嬢」


 やっと普通の挨拶になったようだ。


「お褒めにあずかり光栄です」


「本心です。そんな型通りの返答はやめてください」


 兄が割って入り、両親の元へと促す。

 その際にブライアン様が、私の手を自分の腕に掛けさせた。それで一緒に挨拶に回ることになってしまった。


 父はニコニコしながら、ベルシアでの滞在が快適だとブライアン様に伝えている。


「細やかなもてなしを受けております。おかげで皆それぞれに楽しく過ごしております……」


 そう言ってから私の事件に思い当たったのだろう。


「まあ、少々騒動もありましたけど」


 ブライアン様がピクッとして私の方を見る。

 私は微笑んで首を振った。

 次に兄の顔を見てから、「後で」と短く言う。何かを悟ったようだ。


「今日の内に王族への謁見を済ませる予定です。今夜、エリックの部屋に行きますので、そこでこれまでのことを教えてください」


 急にまともなブライアン様に戻り、私の手に軽くキスしてから、待たせている案内役の使用人と共に歩き去った



 その夜私たち真相を知る者は、全員兄の部屋に集まっていた。

 ダリルの案内でブライアン様が部屋に入ってくると、兄が立ち上がって迎えた。

 私も立ち上がると、素早くその手を取り、ソファに座らせてから自分も横に座る。

 兄は、ブライアン様に真剣な表情で話しかけた。


「改めて大歓迎します。現在、我々は際どい状況に置かれています」


 ブライアン様は、エマがここにいることには全く触れない。

 どうやら初めから引き込むつもりでいたようだ。エマもそれに気付いたのか、ムッとしている。

 私は申し訳なくて軽く頭を下げたが、目を合わせるとエマは笑顔を返してくれた。


 その間に兄が今までのことをかいつまんで説明していた。

 途中、私の手を握るブライアン様の手に、何回か力が込められた。

 特に湖での件では強く。それから、暗殺者が浮かんでこなかった件について触れた。


「その暗殺は組織だった計画的なものだ。多分事前にダイビングベルを用意して、暗殺者が水上に上がらずに逃げられるようにしたのだろう」


「ダイビングベル?」


 兄もだが、私たちは誰もその言葉を知らなかった。ブライアン様は少しためらった後、教えてくれた。


「私の母は、知っての通り元王女なので、結婚のときに連れてきた諜報部の者たちがいるんだ。彼らから色々と教わった。ダイビングベルは、水中に空気をためておく場所と思ってくれ。そこで空気を補給して水中作業を続けることができる」


「そんなものがあるのですね」

 

 皆初めてきいたことで驚いた。

 兄がブライアン様に問いかけた。


「つまり勝手に湖に落ちたことにするつもりでいたわけですか?」


「そうだろうな。だが王家の別荘地だ。準備が出来るとしたら、王家の息のかかった者だけだろう」


 そう話すブライアン様に、兄は「王太后の指示ですね」と確認する。

 ブライアン様は黙ってうなずいた。


「そして真相に気が付いた王太后は、マリア嬢をこの国に留めるために、何らかの企みを巡らせているのだろう。聞いた様子からして、成功する自信があるようだな」


 すぐに状況を把握してくれた。

 初対面の時、この方のこういうところに惹かれたのだと、今気がついた。

 彼の瞳は、あの時と同じように冷たく光っている。


「この先歓迎の夜会、それから狩猟、最後に帰国前の夜会と続く。どこで仕掛けてくるかだな。一番人が分散する狩猟が怪しいか」 


「夜会では私がずっと付き添います」


 エマが立ち上がった。

 

「マリア嬢には私とエマが付く。王太后がノエル嬢を取り込もうとしているのなら、ノエル嬢の様子に気をつけたほうがいい。ロイドに目配りを頼みたいがいいだろうか」


 ロイドが、「かしこまりました」と言い、少し考えた。


「ノエルお嬢様の侍女は少し頼りないので、常に奥様と一緒にいていただくのがよろしいでしょう。お声をかけておきます」


「では、まずは夜会だな。楽しみだ」 


 ブライアン様が笑う。すごく好戦的な笑い方で、ドキッとする。獲物を狙う大型獣のような目。

 もしかしたら……怒っている?


 横目でそっと伺うと、目が合った。

 少し怖く感じて私はすぐに目をそらしてしまった。



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― 新着の感想 ―
展開が怖くてドキドキ…王太后は完全に老害状態ですわね。王太子に期待だが、ノエルが危なっかし過ぎる。こういうタイプは痛い目みないと反省できないのがなあ たまに痛い目みても人のせいにする奴がいるけど、流石…
何かブライアン様に気が有る令嬢を使って、ブライアン様が別の令嬢と婚姻せざるを得ないような状況を作り出す事とかしてきそう。 いやブライアン様だけでなく、お兄様とか家族を醜聞に巻き込んで、ノエル嬢を孤立さ…
特に深い理由なくコロコロしようとしてくるヤツ相手なのに薬盛りまでは思い付いても人質作戦までは思い付かないものなんだなぁ… 力ずくならノエルもだけど一緒にいる母親も危ないよね…
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