デミルの変化
◇ベルシア王太后視点
「事実よ。私はこの目で見たもの。神殿にある石は、たぶん偽物ね」
「彼女が石を持っているということですか?」
「そうよ。あの女が持っているなんて、あってはならないのよ。だから何とかしてマリアから石と、石の加護を取り返さなくては」
王がおずおずと口を挟む。
「やはり、マリア嬢がデミルになびいてくれたら、一番都合がよいのだが。デミル、どう思う?」
デミルは真っ赤になって口をパクパクさせている。
「それは許しません。あの女の孫がこの国の王妃になるですって! 何があろうと、絶対に認めないわよ」
「母上、国のためにはそれが一番良いことです。まだ仮の婚約なら、彼女の気持ちさえ変えられれば、どうとでもなりますよ」
懇願するように言う王に、王太后は激怒した。
「駄目だと言っています。ありえないわ。王家にあの女の血が混じるなんて」
そう言ってから突然に良い案を思いつき、その案についてじっくりと考えた。
デミルがティーポットを持ち上げ、三人のカップにお茶を注いでいる。
その様子をぼんやりと見ながら、王太后は突然笑い声を立てた。
「この国の男に嫁がせればいいわ。ここにいる間に誰か見繕って、結婚させればいいのだわ」
デミルが、「えっ」と言って、お茶を注ぐ手を止めた。王もぎょっとしたように王太后の方を向く。
「母上? それこそローズ公爵家とリース国、それにクルス家も黙っていませんよ」
王の方に笑顔を向け、王太后は声を出して笑い出した。
「あら、大丈夫よ。結婚しなければならない状況を作ったらいいのよ。それでこの国に繋ぎ止めて、死ぬまでいびり倒してやるわ。早めに死んでもらわないとね。石の加護は自殺にも効くのかしら」
王はげんなりしたような表情をしている。
デミルは沈んだ目で二人を交互に見た後、下を向いた。
「私はこれで下がらせていただいても、よろしいでしょうか」
そう言って立ち上がったデミルを、王太后は呼び止めた。
「方向は決定ね。お前にも何か頼むかもしれない。そう思っておいて」
「王太后様、父上、では失礼いたします」
デミルが出て行くと、王太后は王に尋ねた。
「あの子、言うことを聞くかしら。なんだか浮かない顔をしていたわよね」
「母上の案には、私も賛成しかねます。もう少し穏便な方法があるのではないでしょうか」
「いやあね。とことん貶めてやりたいのに、穏便にする必要がある?」
王は力無く、フウッとため息をつく。
「私たちが責任を問われない方法を考えたわ。簡単なことよ」
そう言って、王太后は王に自分の計画を伝えた。
◇デミル視点
王が自室に戻るのを待ち、デミルは王の元を訪ねた。そして前置きなしに意見をぶつけた。
「王太后様のやり方では、リース国との関係を悪化させるでしょう。僕は思い留まっていただきたいです。父上はどうお考えでしょうか」
「ああ、そうだな。だが、母上は言い出したら聞かない」
デミルは胸を張って真っすぐに立った。
「父上の後を継いでこの国を統べるのは私です。王太后様ではありません。この国の将来のために、王太后様を止めてください」
王は机の上で手を組んで頭を垂れた。
デミルは王の答えを期待しながら待ったが、顔を上げた王の顔には、きっぱりとした表情が浮かんでいた。
「母上の計画で行くことにした。とにかく石と加護をこの国に取り戻す。マリア嬢には悪いが、それなりの男を選んでやれば問題ないだろう」
「......先ほどは迷っていらしたのに、どうしてですか?」
「母上の案だって、お前が口説いてみる案と、結局大して変わらないからな。それならより確実な方法がいいだろう」
デミルは勢い込んで王に告げた。
「では、私がその相手になります」
王がポカンとした顔つきになる。
「まさかマリア嬢のことが気に入ったのか? だが、それは無理だ。母上が決して許さない。残念だろうが、あきらめてくれ」
そして、もう帰れとデミルに言い渡した。
王の部屋を出てから、しばらくその場で立ち尽くしていたデミルは、自分の部屋に戻らず母親の部屋へ向かった。
王妃の部屋は、王の部屋からはだいぶ離れた位置にある。
夫婦の交流は少なく、王妃はひっそりと控えめに生活していて、周囲に侍るものも少ない。
これは王妃としての権限が、王太后から一部しか譲られていないせいだった。
新しい王に王権が移った時に、王妃の権限も前王妃から譲られる。その引き継ぎ期間という名目でうやむやにされ、全ての権限が譲られないまま今に至っている。
そのせいでデミルの母である王妃は、ただのお飾り扱いなのだ。
部屋のドアをノックすると、侍女のケーシーが取次ぎに出てきた。
「母上に話があってきた」
そう告げてしばらく待つと、室内に通された。
この部屋を訪問する者も、取り巻きも少ない。そして大した仕事もないので、いつもすぐに通してもらえる。
デミルは暗い表情をさらに暗くしたが、部屋に入るとサッと微笑みを顔に張り付けた。
「折り入ってご相談したいことがございます」
そう告げると、王妃は周囲の者たちを部屋から下がらせた。
「何かあったの? デミル」
デミルを見る王妃の目は優しげだ。
母は裕福な伯爵家の令嬢で、元来快活な性格だったと乳母から聞かされた。
それが結婚後王太后に押さえつけられ、次第に物静かな性格に変わったという。
十年前に王妃になった後から、更にそれが強まった。その様子は、デミルもこの十年間、見てきたのだ。
マーカス王の在位中は、王が王太后を抑えてくれていた。そのころはもっと息がしやすかった。
今の王は母にとって夫でありながら、何の配慮もしてくれない。
そしてデミル自身も、祖母を王太后と呼ぶよう言われている。そう王太后が指示したからだ。
別に王太后をお祖母さまと呼びたいわけではない。
母を虐げる祖母など、好きになれるはずもないのだ。
同様に父のことも、好きではない。
今まで胸にたまってきたものが、今日、胸の中で大きく膨れた。
大人しげなマリア嬢を、母のように不幸にする。それが母の姿と重なり、我慢ができない。
一時迷って王太后に反論した父が、やはり彼女の意見に迎合した姿を見た瞬間に、それらが堰を切ってあふれ出した。
デミルは黙って見上げている母に向かい、淡々と言った。
「王太后様の称号をはく奪しようと思います」
「いいわね」
びくっとして母を見つめた。
まさかそんな言葉が、たった一言返ってくるとは思ってもいなかったのだ。
母は変わらずほほ笑んでいる。
「理由は?」
「リース国のマリア・クルス嬢を害しようとし、リース国と我が国との間に争いごとを起こさせようとした罪です」
「そう。証拠はあるの?」
「今から探させます」
「誰に?」
諜報機関は王太后と王が掌握している。王太子であっても、十七歳になったばかりの自分は接触したこともない。
今の自分には全く力がないことを、デミルもわかっている。唇をかんで押し黙ったデミルを、母は相変わらずほほ笑んで見つめていたが、「座りなさいな」と声をかけてきた。
デミルは椅子に腰掛け、俯いた。
「あなたは後十五年もすればベルシアの王になるわ。もしかしたら、もっと早いかもしれない。王は加護を持っていませんからね」
それは、どういうこと.....?
「あなたが王になれば、王太后は失脚するわね。どう思う?」
「は、い?」
「考えてみて」
デミルは考えた。今まで考えたことの無い道に踏み入っていく。その先はすっきりと明るく見えた。
「はい。そう思います」
王妃は、再び優しくほほ笑んだ。
「あなたの将来のために、国の諜報員組織から七名を味方に付けてあるの。私は王妃としての権限が少ないだけで私財はたっぷりあるわ。父の助力もあるのよ。その者たちは、私たちの意のままに動いてくれるはずよ。使い方を考えましょう」




