ベルシア王家の密談
次の日、私たちはゆっくりと別荘から王宮に向かった。
離宮に着くと、なぜかホッとして、そんな自分に驚く。
部屋に戻るとすぐに両親たちがやってきた。
「王太后様と間違われて、襲われたって聞いたわ。一体何があったの? 湖に落ちたって本当?」
母が畳み掛けるように聞いてくる。
兄が「そんなに大事でもなかった」と言って、落ち着かせている。
父はベッドの横に立つと、私の頭を撫でた。
こんなことは久しぶりだ。
ビックリして見上げると、「最近は、なんというか、色々あるな。十分に注意してくれよ」と言う。
私は素直に、「はい」と答えた。
「まあ、あなたったら。何とものんびりしたお言葉ね。お義父様みたいだわ」
「そうかな?」
「そうですよ」
そう言って母が笑う。これはこれで、仲の良い夫婦なのだろう。
「ところでね、王太后様からお誘いの手紙が届いたの。自分の災難に巻き込まれたお詫びがしたいそうよ。三日後だけど、お受けする?」
「無理することは無いよ。体調と気分次第だね」
父は気楽に言うが、母は考え込んでいる。
「多分お受けしたほうがいいと思うわ。そろそろ帰国の準備も始めたいし、今回のことで恩を売っておけば、後がスムーズになるわよ」
流石だ。
真偽は分からないが、噂の方向としては、私がとばっちりを受けたことになっている。それを利用しようということだ。
私は絹のすべすべした羽布団の上で、両手を握りしめた。
「お受けします。受けて立ちます」
「えっ」と小さく言って父が私を振り返り、母はよし、と言うように小さくうなずいた。
◇ベルシア王太后視点
マリアたちが離宮に戻る半日前に、王太后一行は王宮に戻っていた。
宮殿に戻ってすぐ、王太后は王を呼びつけた。
それから一時間後、王太后は部屋に入ってきたサマンサに、金切り声を浴びせた。
「遅いわ。何をしているの」
叱責された侍女長のサマンサは、恐縮した様子で返答を返した。
「王太后様、只今、王からのご使者が参りました。ご公務が立て込んでいて、うかがえるのは一時間ほど後になるそうです」
「もう一回連絡を送ってちょうだい。公務より何より優先の話よ」
王太后は、キッとサマンサをにらむ。
「承知いたしました」と答えて下がったサマンサは、すぐに使用人を使いに出した。
「緊急事態だと、しっかりとお伝えして頂戴。いいわね」と念を押す。
王本人がやってくると、サマンサはすぐに王を王太后のもとに案内し、そっとその場を離れた。
「母上、私は王として政務に当たっているのです。いくら急ぎでも、すぐには動けません。お判りでしょう。それに、母上に対する暗殺ではないと、知らせをくださったではないですか。何をそんなに急いでいるのですか?」
王太后の目が底光りした。その目で睨め上げられた王がたじろぐ。
「あの小娘、マリア・クルスは、石の加護を受けているわ」
「……なぜ」
「知らないわよ」
王が近くに有った椅子に座りこんだ。それからしばらくして、聞いた。
「なぜ、そう思うのですか?」
「別荘で舟遊びをした際、彼女が湖に落ちたの。そしてだいぶ長いこと水中に沈んでいたのよ。引き上げられた時は、死んでいるものと思ったわ。あの場にいた全員がそう思っていたはずよ。ところが、なぜか顔色が良く、寝ているように見えたの。あの人の時と同じよ」
王は、「それは……」と小さく声を発し、そのまま凍り付いたようになった。
「それで、彼女はどうなったのでしょうか」
「普通に目を覚まし、兄たちに運ばれて別荘に戻って行ったわ。どうも、本人は自覚が無いみたいだったけど、周囲があまりに冷静すぎたわ。何か知っていると思う」
「まさか。どういうことです?」
王太后はカッとして叫んだ。
「私が知っている訳がないでしょう。だけど、クルス家の連中はタヌキだってことよ。何も知らない顔して、よくもまあ」
その辺にあった手紙の載ったトレイを、壁に向けて放った。トレイはガシャンと音を立て、床に落ち、手紙がバラバラに散る。
「では、マリア・クルス嬢が現在の石の主だということですか。でも、石は光らなかったとおっしゃっていたじゃありませんか」
王太后は、しばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「つまり、あの石は偽物だってことね」
王は髪に手を突っ込んでうずくまったが、しばらくすると顔を上げた。
「では、マリア嬢を王太子妃に迎えたらいい。石を我が王家に戻すには、それしか手がないでしょう。石の主は暗殺できないのだし、主が死なないことには、次の主の手に移らないのだから」
「この愚か者!」
王がたじろいだ。
「あの小娘は、仮とはいえリース国のローズ公爵家子息と婚約しているのよ。どうできるっていうの? 普通の貴族じゃないわ。あの家はリース国の準王族よ」
うろたえる王の肩に、王太后は手を置いた。
「まだ時間はあるわ。考えましょう」
王は素直にうなずく。
「そうだわ、王太子も呼ばなくては。結局この先引き継ぐのは、あの子なのだから」
王太后がベルを鳴らすと、すぐにサマンサがやってきた。
「デミルをここに呼んでちょうだい。今何をしていても、これが最優先だと言いなさい。いいわね」
使いを出した後、お茶の支度をさせていたが、思いがけなくすぐにデミルが部屋にやってきた。
「お前はいつも行動が素早くて良いわ。見込みがあるわね。さあ、こちらに座ってちょうだい」
サマンサがお茶を注ぎ、テーブルにポットを置いて下がっていくと、一瞬部屋はシンとした。
最初に口を開いたのは、デミルだった。
「王太后様。賊に襲われたと伺ったのですが、それは本当ですか? しかもマリア嬢が間違われて襲われたと噂が流れています。一体何があったのですか?」
「まあ、心配してくれたの? 大丈夫よ。何もありませんでした」
お茶を優雅に一口飲み、王太后は微笑む。王がチラッとこちらを見て唸った。
「確かに王太后様がご無事で安心しましたが、代わりにマリア嬢が湖に落ちたと聞きました。本当に賊がいたのですか? それとも単なる事故ですか? それでマリア嬢は無事なのですか?」
王太后はデミルをじっと見た。
「そうね。デミルにも協力してもらうのだから、この際本当のことを言っておきましょう」
そう言いながら、もう一口お茶を飲む。
カップをカチャンとソーサーに戻すと、二人に向かってほほ笑んだ。
「私が暗殺者を仕込んだの。湖で溺死させようとしたのだけど、失敗したわ。失敗の原因は、マリアが石の加護を持っているからよ」
デミルはとまどったような表情で、こちらをまじまじと見ている。
それを見て、王太后は苦笑した。
「驚いたでしょう? 私だって驚いたわ。誤算だったのは、エリックと護衛がすぐに飛び込んだことよ。それで、引きずり込んだ暗殺者の存在が露見したの。それでもかなりの時間マリアは水中にいたのだから、絶対に成功したと思ったのにね。まさかぴんぴんしているなんて」
王太后は、フンッと鼻から息を吐きだし、顔をゆがめる。
デミルは、そんな王太后から王に視線を移した。王はデミルと視線を合わせようとしない。
情けないことに、王はまだ腹を決められずにいるらしい。そう思った王太后は、
眉を思いっきりしかめた。
デミルが思わずといった様子で叫んだ。
「一体なぜ、マリア嬢を害そうとなどされるのですか? なんのために?」
「それはね、マリアの祖母エリスが、私からマーカスを奪ったからよ。しかもマリアはあの女に似ているそうね。見ているとイライラするのよ」
デミルは少し口を開きかけたが、すぐに閉じた。
それから改めて質問を投げかける。
「石の加護を持っているというのは、どういうことですか? 石は神殿にあるし、私が後継者に選ばれている。ありえません」




