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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第三章 王妃の嫌がらせ

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突然の訪問


 この日は、チャックと遊ぶことに専念しようと決めた。

 慣れさせるために、まずは首輪を付けてみる。


 首輪は昨夜のうちに、ベルからキャロルに引き渡され、朝には戻ってきていた。

 どこも変わって見えなかったけど、目立たないように、鍵が加えられている。

 私が触っても光が全く漏れないので、チャームの中に石が入っているのかどうかは、まるでわからない。


 

 チャックをかまっていると、兄から朝食を一緒にという誘いが来た。

 私はチャックにリードを付けて兄の部屋に向かう。

 

「チャック、首輪が似合うぞ。かっこいいな」 


 兄がそう言いながらチャックの頭をなでると、褒められたのがわかったのか、「アン」と一声ほえて軽くジャンプする。


 嬉しそうだ。

 この姿をこれからしばらく見られなくなるのが辛い。

 

「浮かない顔だな。お前を呼んだのは、石をリース国に送っていいのか、確認したかったからなんだ。というより、俺に迷いがあるんだ」


 兄は膝をついて、チャックの前足を自分の膝に乗せた。首輪に触れて、振ってみる。


「中に石が入っているのは、全く分からないな。お前触ってみてくれよ」


 私はチャームに指で触れ、次に握りしめる。すかさずチャックが舌を出して、私の手をなめた。


「全く分からない。これならニコラス殿に頼んで、光が漏れないように加工してもらえば、お前が持ち歩くことだってできる。そう思わないか」


 それは私も考えた。

 願いを叶えてくれる石を身に付けていれば、安心できる。

 でもマーカス様の言うように、人の気持ちを変えることも、害することもできないのなら、何の役に立つのだろう。


 逆に万が一、石を持っていることを知られたら、ニコラスたちにも危険が及ぶ。

 すり替えたのなら、本物はすぐどこかに移したほうがいいのだ。


「私も考えたけど、今は神殿にあるものが本物よ。だから予定通りでいいと思います」


「危険な環境なのに、丸腰で大丈夫なのか?」


「持っているリスクの方が大きいと思うわ」


 兄はしばらく黙っていた。


「......じゃあ、朝食を済ませて、チャックの飼い主様宛の詫び状でも書くか。なあ、浮気相手のマリア」


「チャック、噛んでいいわよ」


 私が兄にチャックを押し付けると、チャックは嬉しそうに兄の顔を舐めた。


「頼りがいのない浮気相手ね」


 床に下ろすと、すぐにウロウロと探検を始めたチャックに、兄が後を追う。

 私はそれを横目に見ながら、兄のペンを借りて手紙を書いた。


 主に怪我の様子と、その手当について。

 現在は回復していて、問題がないこと。

 それにこちらでの様子。いかにこの宮中で、ジョエル様の人気が高いかも、追加しておいた。


『そのおかげで、チャックは王太后さまにもお目通りし、かわいがっていただけました』

 

 そう締めくくった。

 そんなことを書いたせいだろうか。その直ぐ後に、王太后様の使者がやってきてしまった。


 外交団と共に帰国するチャックに、一目会っておきたいそうだ。

 通常なら自分の宮殿に呼ぶのに、わざわざ自らやってくるという。

 その違和感はあるが、それ以上に準備の大変さを思い、冷や汗が出た。


 私はすぐに承諾の返事を書き、ベルから王太后の使者に渡してもらった。


 それから急いで自分の部屋に戻り、お迎えの準備にかかる。

 兄も私の部屋で、一緒に出迎えてくれることになった。


 総指揮に当たるのはロイド。

 その下で、ダリルとベルがクルス家の使用人に指示をし、キャロルはベルシアの使用人たちを動かす。

 ただでさえバタバタする出発日の訪問は、非常に迷惑なのだが、王太后は自分の都合しか考えていないようだ。


 チャックを引き取りに訪れた外交官に事情を話し、待ってもらうよう伝えた。

 すると一緒に出迎えようと言い出したので、このちょっとした訪問は、突然に外交の色を帯びる。

 ゆっくりとチャックを構ってあげようと思っていたのに……


「チャック、ごめんなさいね」


 チャックは訳がわからないだろうに、私を慰めようとしてくれる。


「こんなお利口さん、他には居ないわ」


 思わず言った私を横目で見て、兄が鼻で笑う。


「恋は盲目って本当だな」


 

 

 王太后が現れたのは、一時間後で、こちらは準備を完璧に終えていた。


「まあ、忙しい折にごめんなさいね。チャックにもう一回会いたかったの」


 ニコニコとしながらそう言い、部屋の中を興味深げに見回す。

 いくら見られても大丈夫なくらい、部屋はピシッと整えられ、換気も飾りつけも完璧だ。

 王太后は少し不満げに鼻に皺を寄せ、それから私に向かって聞いた。


「こちらの使用人たちはしっかりと働いているかしら。問題があれば遠慮なく言ってね」


 周囲の使用員たちに緊張が走るのが、目に見えて分かった。

 

「皆、とても優秀です。良い人ばかりを付けていただいて、恐縮しております」

 

 私が答えると、外交官も同じことを言い、王太后の配慮と使用人の優秀さを褒めた。さすが外交官だ。

 使用人たちのこわばりも消え、ホッとしたような空気が流れる。

 

「チャックを一度抱っこしたいと思っていたの。前回は私の猫がいたずらしてしまって、触ることもできなかったのよね」


 そう言って王太后はチャックに手を伸ばす。

 チャックは不安そうな様子で、その手の先から後ずさった。


「あら? 逃げるわね」


 どうやらムッとしたようだ。子犬の行動に、本気で怒らないでほしいのだけど。

 王太后が近づくと、チャックはジリジリ下がっていく。怖がっている?

 どうしようかと思ったら、外交官が助けてくれた。


「たぶん猫の匂いが怖いのでしょうね。まだ子供で、猫には敵いそうにない。我が家の子犬も、猫を飼っている人から逃げます。困ったものだ」


 外交官は苦笑している。

 王太后は、「ああ、そうだわね」と言う。

 納得したようだ。


「今朝、猫を抱いていたから、臭いが強く残っているはずよ」

 

 それで興味がなくなったのだろう。

「帰るわ」と言い出した。 


 外交官が立ち上がり、エスコートする。

 私の前に来ると、私の膝に座っていたチャックが彼女を見上げた。

 王太后はチャックの首輪に気付いたようだ。


「まあ、豪華で良い造りの首輪ね。センスがいいわ」


「ジョエル殿下が送ってこられた品です。ジョエル殿下は何事にもセンスの良い方ですから」

 

 私が答えると、「そう、ちょっと見せてちょうだい」と言って手を伸ばす。

 首輪のチャームを引っ張られ、チャックはビクンとしたまま固くなっている。

 私の膝の上に載せて抱いていたので、チャックは逃げられないし、王太后の手はあまりに素早かった。


「リース国の王家の紋章ね。ジョエル殿下の独占欲が見えていて面白いわ。あの方って、無邪気なようでいて、策士でもあるでしょ。面白い方だわね」


「私はあまりよく存じ上げませんので」


「そう? このチャームの彫り物は精巧だわ。リース国の加工技術は凄いわね」


 王太后が石の入ったチャームを指先で転がしている。

 気が気ではないが、そんな様子を見せたら疑われてしまう。私は固くなっているチャックの体をリズミカルに撫で続けた。もしかしたら、チャックが固くなっているのは、私の緊張を感じ取っているせいかもしれない。


 ひとしきり触ってから、王太后がやっと手を放してくれた。

 私はやっと力を抜くことができたし、チャックは私にぎゅっと背中を押し付けてきたので、腕の中に囲いこんであげた。


「ところで、外交官一行が帰国したら、そこからはのんびりと過ごしてちょうだいね。昨日ご一緒したメンバーが、またあなたとお話ししたいと言っているのよ。お茶会にお誘いするわね。夜会や、ピクニックや、狩もいいわね。他に何かしたいことがあれば、おっしゃってね」


 凄く断りたいけれど、断ることは無理だろう。

 せめて、他の用事を増やすしかない。



 

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