お茶会の後
◇ クルス家が帰った後の王太后宮 ◇
「王に、これを渡してちょうだい」
王太后はペンを置くと、手紙を封筒に入れて封をし、侍女に手渡した。それを受け取った侍女は、手紙をビロード張りのトレイに載せ、護衛の騎士と共に部屋を出て行く。
一時間ほどして戻った侍女が王太后に告げた。
「王より、今宵伺うとのご返答をいただきました」
「そう。軽く摘まめるものと、ワインを用意しておいてちょうだい。王の好きな、干したブドウとチーズを忘れないこと」
「かしこまりました」
侍女は静かに部屋を出て行き、静かにドアが閉まる。
王太后は一人になると、鼻からフウッと息を吐いた。そして、王がやってくるまで少し眠ろうと、寝室に向かった。
その数時間後。少し前に目覚め、ゆっくりとお茶を飲んでいた王太后のところに、侍女がやってきて告げた。
「王太后様、王がお越しになられました」
「まあ、思ったより早かったわね。こちらに通してちょうだい」
王が部屋に入ると、控えていた侍女や、従者、護衛の者たちは、部屋の外で待機する。それが決まりになっている。
王太后はワインをグラス二個に注ぎ、片方を王に手渡し、前置きなしに切りだした。
「金色の猫目石は、どうやら本物だったようね。エリスがずっと手元に持っていたそうよ。アクセサリーではなく、扇子の飾りにしていたそうなの。一体どういうつもりなのでしょう」
王はワインを一口飲むとグラスを持ち上げ、目を細めてその色合いを確かめている。
「それじゃあ、見つからないわけだ。てっきりアクセサリーになっていると、思い込んでいましたからね」
「まったくね。思いもしなかったわよ。多分、捕まった密偵が、石が扇子に仕込まれていると気付いたのでしょうね。それが他の密偵に伝わっていたのが幸いよ。でなければ、そのままわからずじまいよ」
「それにしても、あれで三人も密偵を失ったのは痛手です。しかも二人を始末したのはこちら側だ。ちょっと荒っぽすぎる。今後はもっと慎重に動くよう命じなければ」
王は少し苦い表情をしていたが、気を取り直したように笑った。
「母上。なんにしても、本物だとわかったのはありがたいことですよ。それに、クルス家の者たちは石の主になっていない。石は無契約の状態だ」
王は嬉しそうな顔で王太后に微笑みかける。
「だからと言って、私たちの物になるわけでもないわ」
「ゆっくり調べれば何とかなりますよ。石は私たちの手元にあるのだから」
王は機嫌がよさそうだが、王太后はそんな気分になれずにいた。
「じゃあ、もうクルス家の者たちを、もてなす必要もないわね。明日、お別れの夜会が終われば、外交使節団が帰国するわ。その後は、私の好きにさせてもらうわよ」
「どうぞ、お好きなように。だが、相手は大人しげな令嬢と、まだ子供にしか見えない令嬢です。母上が気にするような相手ではないと思いますが」
王太后は、皮肉っぽく顔をゆがめて笑う。
「上の娘のマリア。あの娘は何となく癇に触るわ。下の娘はどうでもいいけど」
王は、黙って肩をすくめた。
◇ 離宮に戻ったクルス家 ◇
離宮に戻って少しした頃、母がノエルを誘って、私の部屋にやってきた。離宮に仕える使用人たちは既に下がっていて、ここにはクルス家の使用人しかいない。
「以前マリアから怖い性格と聞いたけど、本当にそんな感じね」
その言葉に私は驚いた。ノエルも同じだったようで、パッと母の方に振り向いた。
「あの、お優しそうな王太后様のどこが怖いの?」
ノエルの言葉に母は、周囲の顔ぶれを一周見てから答えた。
「長年社交界に身を置いていれば、肌で感じるようになるものよ。アニタもベルも、エマもわかっているようね」
母の侍女アニタとベルは、揃って静かにほほ笑んだ。ノエルの侍女メイは戸惑っているようだ。
エマは? と見ると目があった。
「以前お話しした通り、それが私たち女性騎士の任務の一つです。トラブル回避には、怖いお人柄の人物を、見抜く目が必要とされます」
「どのくらい怖いと思う?」と聞いてみた。
「かなりですね。しかも権力も大きそうです。王妃の権力が低そうなので、その分も上乗せです。怖い性格で、大きな権力。この組み合わせには、最大級の注意が必要です」
怖いことを、きっぱりと言う。
「そういう方が相手の場合は、どうしているの?」
「触らぬ神に祟りなし。ただし、相手がこちらに執着しているなら、ディフェンスを固めます。たまにあることなので、私たちは訓練を受けております」
母が、「頼もしいわ」と漏らす。
「大抵は殿方をめぐる、ちょっとした不都合などが原因です。相手が王女や王妃だとしても、抑える立場の方がいます。例えば王とか。そこをうまく使います。でもあの王太后の場合、王も抑えに使えないかもしれない。厄介です」
「だわよね。ターゲットはマリアのようだけど、何か手は考えているの?」
母に聞かれても、私は答えられない。
「なぜそう思うのですか? 私がターゲットだって」
「何となく嫌な圧を感じるのよ。真綿に包んだ悪意っていう感じかしら」
私はちょっと笑ってしまった。
母に向き直って、「お母さまって、実は鋭いのですね」と褒めた。
それを嫌味と受け取ったのか、母はむっとした。
「そりゃ、わかるわよ。私に何か説明することがあるのではないかしら?」
秘密を守れるか心もとないノエルがいるし、どうしようかと悩んだ。
でも自衛の気持ちを持ってもらった方がいいのかもしれない。
それで、エマに話したレベルまでを、思い切って話すことにした。
「今回の招待は、少し強引だったから、色々と考えていたの。先ほどあの石を、国王ご夫妻が贈ったとおっしゃったけど、もしかしたら、マーカス前王からなのかもしれない。何となく、そう思うってだけよ」
「ええっ」と声を上げたのはノエルだ。ノエルには絶対に口止めしないとまずい。この子はまだ礼儀作法と保身技術の訓練中なのだ。
「ノエル、間違ってもこの話を外に漏らしては駄目。不敬に当たるわよ。殺されても文句は言えないわ」
強く言う私をやんわりと押して、母が割って入った。
「あんまり脅すものじゃないわ。余計挙動不審になるでしょ」
そう私に言い、それからノエルの肩に手を置いて落ち着かせる。
「ノエル、こんなことはよくあることなの。練習だと思って、私をまねたらいいわ」
ノエルは、少しほっとしたように母に向かってうなずいた。
凄い。そう聞くと、私もとても普通のことのように思えてきた。
それで、少しほっとして言った。
「石が盗賊に盗まれたのは、かえって良かったのかもしれないわ。それに石を宝飾品ではなく、扇子の要に使っていたことに、王太后様は驚いていたでしょ。祖母に何の気もなかったことは伝わったと思うの。少し気持ちが薄れたかもしれないわよ」
「あら、そうね」と母。
母とノエルは何か考えている様子だ。
「もし、不都合な感情の交錯があったとしても、その贈り物が金具に使われていたら、気が抜けるわねえ」
母がうなずきながら、ぽつぽつと言う。
「そうね」とノエルも同意している。
「ではそういうことで、少し気を付けてね。行動は慎重にね」
私がそう言うと、ノエルが「アッ」と声を上げた。
「それで、鈴と笛なの? そういうことね」
「はい。事前にお伺いして、私が御用意させていただきました」
エマが前に出て、拉致監禁の場合の対処法と、鈴と笛の使い方や、注意点を説明する。とんでもない内容だけど、今の流れだと違和感は全くない。ノエルは真剣に聞いている。
やはり教えておいてよかったようだ。
「お父様には内緒にしてください。何も知らなくても、お父様が狙われることはないと思います」
「そうね、あの人はなんでも顔に出てしまうから。知らない方がいいわ」
母は気楽に笑ってそう言った。




