王太后のお茶会ー2
「そういえば……その扇子は他の宝飾品と一緒に盗まれていたのです。その時に抜かれたのかもしれません」
兄がそういうと、王太后がはっとしたようになった。
「ブライアン殿からそんな話を聞きましたね。なんでも盗賊が入ったとか」
「はい。まずはマリアが結婚する予定だった家が狙われたようです。賊が入り込んで、マリアの持ち込んだ品が盗まれました。その後、我が家も襲撃されましたが、何とか撃退できましたが、そのまま賊の行方は分かっていません」
「まあ、そうだったのね。盗まれていた扇子はどうして戻ったの?」
王太后は軽く聞いたが、目は怖いほど真剣だった。
「下見に来た賊を捕らえたところ、その男が扇子を含むマリアの宝飾品を持っていたのです」
「まあ、それで?」
「賊を捕らえて、すっかり油断していたのです。そうしたらその夜に襲撃されて、屋敷が荒らされました。幸い扇子もその他も無事でしたが。取り調べ前に仲間がやってきたので、何も聞き出せなかったのです。それで残念ながら、盗賊団の正体は謎のままです」
兄は残念そうに首を振る。私は堂に入った演技に感心した。しかも、殺されたという物騒な言葉は使わない配慮までなされている。
今日は母と兄の新しい一面を見て、ポカンとしていた。父と妹は、そんなことには気が付いていないようだ。
「そうでしたな。2か月前のことですが、思いだすとぞっとします。侯爵家の難の話を聞いて、家の守りを固めていたのが幸いしました」
父がしみじみと言う。母は、一緒になってうなずいている。すごく自然な雰囲気を醸し出している。
クルス家で、ポカンとしているのは私とノエルだけ。
「マリア嬢とノエル嬢は、その時どうしていたの?」
王太后に聞かれ、私は詰まった。なんと答えるのがいいだろう。
まるで知らなかった? それとも、賊に脅されていた? 上手に嘘が言えるだろうか。
そうやって口ごもっていたら、ノエルが先に答えてくれた。
「屋敷中が騒がしくなり、侍女と一緒に部屋に籠っていましたので、何も知らないままでした。私の部屋に押し入って来たらと思うと、怖くてたまらなかった」
私もその話に乗っかることにした。
「私も同じです。ただ侍女は外にいたので、一人で心細かったです」
あの夜の話は口外禁止になっている。私が兄の部屋にいたことを知っているのは、救出に向かった騎士たちのみで、彼らの口は固い。
「我が家は破壊された建屋があったので、しばらくはごたつきましたが今は落ち着いております。怪我人が出なかったのが幸いでした。マリアは、ジョエル王子の犬の世話係として仕えることになっていたので、そのまま王宮に引っ越しました」
兄が私の後を受けて、話を締めくくってくれた。
王太后はいろいろと納得したようだ。しばらくじっと考えていた。
それからパッと顔を上げると嫣然とほほ笑んだ。
「石が失われたのは、とても残念なことです。でも皆様が無事でよかった。では、クルス伯爵。この石を手に取ってよく見ていただける。近くで見たら思いだせるかもしれないわ」
そう言うと、石の入った箱を、サマンサに手渡した。
サマンサは蓋を開けて、「どうぞ石を持ちあげてみてください。クッションの色で、色味がはっきりしないと思います」と言い、父に石を摘み上げるよう促した。
父は、「よろしいのですか」と王太后に尋ねる。
「ぜひ手に取ってみて。そうね、帰国時には似た石をご用意して、贈りなおしましょう。誰が持つのが一番似合うか、この場で見定めたいわ」
「はあ、そういうことですか。ご配慮、誠にありがとうございます。では、失礼して」
そう言ってから、父が石を指でつまんだ。
「きれいな石ですね。透明度が高くて、非常に神秘的な印象だ」
陽にかざし、石の色を惚れ惚れと見ている。ちょうど、あの男やメリーがしていたのと同じポーズに、怖い記憶がよみがえる。
次に母がその石を手に取り、「まあ、きれいね。ラインがくっきりしていて、これはとても高級品だわ」と言う。
祖母が持っていたものだとわかっているのに、そのことは全く表情に表れない。
「由緒ありげな石を、持って回っていただくわけにはいかない」
兄がそう言い、私とノエルは立ち上がり、母の横に移動した。
兄が同じように指で摘み、「美しいですね」と称賛した。
次は私だ。
石を触ったら、たぶん光ってしまう。断りたいけど、それは非常に不自然だろう。
どうしようかとためらった。
兄が私の方をくるっと向いた。
「ほら、マリア見てみろ。すごく綺麗だよ」
そう言いながら、私の目の前に石を持ってくる。目が石に吸い寄せられた。
「本当に陽の光に反射してキラキラしていますね。綺麗だわ」
兄がそのままノエルに手渡す。
ノエルは、「まあ素敵。綺麗な石ね」と感激して見つめた。
それから、石をサマンサに戻した。
石が王太后のもとに戻されると、王太后は私の方を見てほほ笑んだ。
「マリア嬢が一番似合うかもしれないわね。マリア嬢、石を指に当ててみてちょうだい。指輪に加工してお贈りしたいの」
サマンサがまた石を持って、こちらにやってきた。
石の入った箱を私の前に置く。
これは、触らないわけにはいかない。
こわごわと手を伸ばした時、急に猫が飛び出してきた。
猫は私の足元に座っていたチャックに向かって走り寄る。チャックが逃げ、私は咄嗟にチャックを抱き上げた。
猫はテーブルに飛び乗り、チャックに飛びかかろうとして、石の入った箱を蹴り落としてしまった。
兄が猫を捕まえ、サマンサに渡した。サマンサは猛り立っている猫を抱え、急いで私たちから離れていく。
蹴り飛ばされた石は私のドレスの襞の中に落ち込んでいた。
兄がすぐに壁になるように、私の前に立った。私からチャックを受け取り、そのまま目隠しになってくれている。
これはもう私が石を触るしかない。そう覚悟を決めた。
もしかしたら光らないかもしれない。そう思いながら、石をドレスの襞から、指で摘み出した。
ところが、やはり指が触れた瞬間、石が微かに光った。私は思わず目を瞑ってしまった。
……お願い、光らないで!
「えっ」と小さく兄が言うのが聞こえた。
私は目をぎゅっと瞑っていたが、ゆっくりと開いた。石の光が……
石が光っていない?
兄と私は少しの間、石を挟んで立ち、黙ったまま見つめあっていた。
「石は無事ですか?」
サマンサが猫を誰かに預けてきたらしく、慌てて寄ってくる。
私は、腕を伸ばし、石をサマンサの前に出した。
「無事だと思います。私のドレスの襞の中に飛んだので、床に落ちてもいませんわ。箱に戻しますね」
なぜだか石は光らなかった。もしかしたら本当にこの石は別物?
でも、王太后は強引な理由を作って、私たち全員が石に触るよう仕向けた。それは、石の持ち主を探るためだとしか思えない。
私はもう一度、じっくりと石の姿を見た。更には石を陽に透かして見て、傷がないのも確かめ、箱に戻した。
チャックは怯えて、私のところに来たがっている。それで、兄からチャックを受け取り、抱っこしてあやしてあげた。
「ごめんなさいね。この猫は私の飼い猫なの。今日はチャックが来ているから、別室に入れておいたのに、どこかから抜け出してきたようね。すっかり怯えさせてしまったわね」
そう言いながら、少し疲れたような表情をしている。
この日のお茶会は、そのまま終了になった。
「明日は、弔問使節団の帰国前の夜会があるわ。その時に皆に会えるのを楽しみにしています」
父が代表して王太后に挨拶を述べ、私たちは離宮へと戻った。
その馬車の中。
「疲れたな」
父が本音も本音のことを口にする。
母が、持っていた扇子でピシッと腕を叩き、「どこに耳があるかわからないのが、社交界ですよ」と諫めた。
「お前、母に似てきたな。扇子で叩くのは止めてくれよ。懐かしいじゃないか」
「そうね。懐かしいわね」
そう言って二人で笑っている。その後、母は私を流し目で見た。でも何も聞いてこない。
……思っていたより、たぬき?
私も、ぐったり気疲れしていたので、考えるのは止めにした。




