王太后のお茶会ー1
「王太后さまから、お茶のお誘いが届いた。クルス家全員を誘ってきている。3日後の昼だ。用意しておくように」
朝食の席で、父がそう言ったのは、公式行事の最終日だった。
――来た。
どんな席になるにしても、これは相手の出方を伺う機会だ。
これまでの一週間ほど、日々が慌ただしく過ぎていき、うっかりただの弔問行事だと錯覚しそうになっていたけれど、そんなはずはない。
ここからが本番だ。
身を固くして椅子の上で姿勢を正すと、スカートの裾のところで、何かが動いている。のぞくと足元をチャックがうろうろしていた。朝食室の探検が終わり、満足して戻ってきたようだ。
チャックのことは、王宮に到着する前にベルシア王家に伝え、許可を取っている。
令嬢たちはジョエル殿下の愛犬だと聞きつけ、会いたがっているようだと、キャロルが言っていた。
こちらでのジョエル殿下の人気が伺える。きっと先の訪問で、あの華やかな美貌と洒脱な魅力を、余すところなく披露したのだろう。目に浮かぶようだ。
最近チャックは、女性に慣れてきたようで、近寄ってもそう嫌がらなくなってきた。こちらの王宮では、あっさりした柑橘系の香水が流行りなのも大きい。
この様子なら、令嬢たちにご挨拶しても大丈夫かもしれない。
「チャックも連れてきてほしいと、追記されている。ジョエル殿下の愛犬を見てみたいそうだ」
父がチャックを眺めながら、少し首をかしげて言う。
「王太后様は、犬好きなのだろうか」
兄が尋ねると、キャロルはにこやかに答えた。
「犬好きというより、ジョエル殿下のことがお気に入りのようでございます。それは、王妃様も同じくです」
思わず下を向いて、笑いそうになったのを隠した。
やはりジョエル様は凄い。
久しぶりにジョエル様の明るい笑顔を思い出した。それだけで気持ちが晴れやかになる。
そういうわけで、当日私たち家族はチャックを伴い、王太后の宮殿まで出向いた。
王太后は今日も美しく優しげで、濃いピンクのドレスがとても洒落ていて華やかだ。
私たちを歓迎し暖かい言葉をかけてくださる。
その様に、悪意があると疑っている自分の方がおかしいのかと思えてくる。
丁寧にもてなされ、弔問行事に対する感謝と、ねぎらいの言葉が続いた。そしてそういった社交辞令的なものが終わると、とても気さくな感じで王太后が話しかけてきた。
「クルス家では、何かこの国のことをエリスから聞いていないかしら」
父がすぐに答えた。
「申し訳ないことですが、あいにく何も聞いてはいないのです。今回のお招きに関して、何も知らないのは失礼だと思い、あれこれ調べたのですが」
王太后は、残念そうに眼を伏せた。
「そう。何も言ってはいなかったのね。40年前に、私たちはリース国を訪ねたことがあったのだけど、それは知っているかしら?」
「はい、その時のことを知っている大叔母に、当時のことを聞きに行ってきました。残念ながら特別なことはなかったと言っておりました」
兄がそう答えると、王太后はふっと柔らかく微笑んだ。
「そうでしょうね。内緒にしてもらったのだから」と言う。
「訪問時、大切な品を失くして困っていたところ、エリスがそれを見つけてくれました。失くしたことは公にできなかったので、内緒にしてもらったけど、エリスは約束を守ってくれたようだわね」
そう言ってにっこりとほほ笑む。
「だから今回も理由をはっきりとは言えなかったのよ。戸惑わせてしまったわね」
父と母は、大きく一つ、うなずいた。納得した様子だ。
兄と妹も同様。もちろん私も。
今回の招待の理由をうまくひねり出したものだと思っていたら、王太后が続けた。
「とても大切な物だったので、本当に困っていたの。エリスには感謝したわ。それで、その時に私たちからプレゼントをしたのだけど、こういう石を見たことはないかしら?」
そういって、深紅の小箱の蓋を開けて見せた。
ふっくらした赤いビロードクッションの上に、あの石が乗っていた。金色のキャッツアイ。
いきなりこれが、こんな風に出てくるなんて。
私は内心焦った。
円形テーブルの向かい側に座る兄をチラッと見ると、平然としている。この場で何をどうすることもできないので、私も平静を装うことにした。
しばらく全員が、黙ってその石を見つめていた。
「エリスが持っていると思うけど、見覚えはないかしら」
そういって王太后は見まわし、まず母を目で促した。やはり宝石なら女性だ。
「くっきりしたキャッツアイですわね。色もとても綺麗です。残念ながらお母さまの遺品には、見あたらなかったと思うのですけど……」
母は本当に残念そうに、頬に指をあてて考えながら言う。
とても自然で、嘘には思えない。
思わず、母の顔をまじまじと見てしまった。視線を感じて目を上げると兄と目があった。ちょっと顔をしかめて見せる。
……いけない。私が驚いていたら、不審に思われてしまう。感情を隠さなければ。
表情を取り繕ったところに、声がかかった。
「マリア嬢に見覚えはないの?」
「いいえ、私もこのような宝石は見たことがございません」
目を伏せたまま、反射的に答えた。少し早口だったかもしれない。ヒヤッとしたが、ノエルも同じように聞かれ、私と同じように、少し緊張して答えている。
これなら目立たないですむ。
「私の記憶違いかもしれないわね。何しろ四十年も前のことよ。では、目の模様のアクセサリーはなかったかしら。目の模様の石を贈ったのは確かなの」
ため息をついた王太后は、少し投げやりな感じで言った。たぶん期待できないと思っているのだろう。
これで、この場はしのげる。
それにしても、やはり、あの言葉、「目の模様の石」が出るとドキッとする。私にとっては、前生でも今生でも、何回も聞かれた言葉だ。
そう思っていたら、父が話しだした。
「確かずっと昔、母がそのような石を持っていたように思います。今から三十年も昔のことなので、うろ覚えなのですが」
父の言葉に、王太后が身を乗り出した。父を見つめる目が怖い。
私と兄も少し身を乗り出してしまった。まさか父から、石の話が出るとは!
無反応なのは母とノエル。
「――それはいつのこと? どんな石だったの?」
勢いが強すぎて、父はビクッと身を震わせた。
その様を見て、王太后は椅子に座り直し、取り繕うようにほほ笑んだ。
「ごめんなさい。ずっと気になっていたのよ。思い出に持っていて欲しかったの。そうであれば嬉しいわ」
父は気を取り直し、思いだしながら話し始めた。
「私が子供のころ、母に叱られて扇子で叩かれたときに、扇子が壊れたことがありました。その時扇子の要の中に、そのような石が入っているのを見ました。昔のことで、それと同じような石だったかは不確かなのですが」
恐縮するように、最後は小声になっていた。
「扇子の要? 宝飾品ではなく?」
王太后が驚いたように言う。
父の目が私の扇子に向かう。それはテーブルの上にハンカチと一緒に置かれている。
今日持ってきたのは、祖母の扇子ではない。別のものを持参している。
「母から譲られた扇子があっただろ。あれの銀細工の要だ」
父が私に向かって言う。みんなの視線が私に集まった。
「あの、こちらに来る前に一度扇子を組みなおしましたけど、何も入っていませんでした」
焦って久しぶりに、あの……という言い方になってしまった。
後ろに控えていたベルを呼ぶ。
ベルはすっと私の横に立ち、祖母の扇子をポケットから出して、テーブルに置いた。
「こちらが祖母の扇子です。今から二か月くらい前に、この侍女に扇子の組み直しをしてもらいました。少し緩んでいたので」
念のため部屋に残さず、ベルに持っていてもらったのだが、こうなったら出してしまうしかない。
父が焦ったように口をはさんだ。
「母はこの扇子をとても大切にしておりました。いつも手元から離さずに持っておりましたし、孫のマリアにこれを遺産として譲ったのです。一体いつの間に、失くなったのだろう」




