ベルシアに到着
第三部スタートです。
二部と同じく月、火、木、金の週4回投稿。よろしくお願いします。
マリア対王太后の攻防戦を織り込んだ、華やかな宮廷生活の話です。
マリア視点を中心に、べルシア王族の視点の話が時々挟み込まれます。
わかる用に、視点変更の注意書きを入れます。
今日はベルシアに着いて10日目。使節団メンバーが帰国する日だ。
チャックは使節団と一緒に、先に帰国することになっている。
ある意味、私たちクルス家の盾になっていた使節団が、いなくなる。そして癒してくれるチャックもいなくなる。
チャックは私の手をペロペロ舐めている。
とても、嬉しそう。
チャックはいつも嬉しそうで、見ている者の気持を柔らかく解してくれる。
……今の私の顔は嬉しそうだろうか。
多分心配気な表情だろうけど、この場面ではそれも違和感がないはずだ。
使節団メンバーの腕に、チャックをゆっくりと移した。
ここに滞在する間に、私が手伝ってだいぶ仲良くなっている人物だ。チャックはご機嫌で、外交官の従僕に抱っこされ、その腕の中に収まって、私を見ている。
私はその頭を撫でながら、外交官と従僕に向かって言った。
「くれぐれも、よろしくお願いします」
「お任せください。絶対にリードを外しませんから。逃げられたりしたら、私の首が飛びます」
外交官は笑いながら言うが、少し不安そうだ。
実際何かあれば、何らかの処分がくだる。だから外交官も真剣だった。
「首輪とリードを絶対に外さないでください。帰国したら、チャックをこの手紙と一緒に、まずブライアン・ローズ様にお渡しくださいね。ジョエル様にお渡しする前に、チャックの状態を確認してもらったほうが、いいと思いますから」
そう言って、一通の手紙を差し出した。
外交官はニッと笑い、「おお、これは婚約者殿への恋文ですね。確かに承りました」と片目をつぶる。
私は苦笑した。そんな甘やかな内容ではない。
手紙の内容は、石を預かっておいて欲しいというもの。万一に備えて、暗号の様に比喩で表現している。
チャックは私の方に来たがったが、もう一度頭を撫でて落ち着かせた。
その首には革の首輪。ジョエル様からベルシアに送られて来た品物だ。菫色のカードが添えられていた。
『この首輪を、あの浮気者に付けて欲しい。迷子になっても素性が分かるように、王家の紋章も付けておいた。よろしく頼むよ ~*― 浮気相手のマリア嬢 ―*~ 』
首輪の前の中央に、リース王家の紋章が刻まれたメダルが付いている。
そのメダルの後ろに、あの石を隠した。
チャックが咥えて持って来たエプロンドレスを、従僕に手渡す。
それを見ると、チャックは自分の方へ掻きよせようとし始めた。チャックがそちらに気を取られている間に、従僕は馬車に乗り込んだ。
しばらくして馬車が動き始めると、チャックが感づいたようで鳴き始めた。
キャウキャウという声が次第に遠のいて行く。
「無事に帰国してちょうだいね」
呟く私の横に、兄が立った。
「部屋に戻ろう」と肩に手をかけ、促す。
使節団の出立を見送りに出た、クルス家関係者もベルシアの人々も、ゆっくり戻っていく。
私が不安そうなことに、誰も違和感は抱かないだろう。戦いの最初の一手は、私の勝ちだ。
◇ 10日前 王宮到着時 ◇
クルス家一行がベルシアとの国境を越えて数日後、迎えの者が現れ、王宮まで丁重に案内された。道中は前後を王宮の騎士団に囲まれた、華やかな行進になった。
王宮に着くと、正門を入ったところで盛大な出迎えを受けた。
大げさ過ぎて、居心地が悪いくらいだった。
その後、案内された場所は、少し離れた場所にある離宮だった。離宮には既に使用人たちが配置され、くるくると立ち働いている。
私たちが離宮の前で馬車を降りると、すぐに使用人頭を務める侍女長が挨拶にやって来た。
「王太后様の筆頭侍女を務めるサマンサと申します。皆様のご滞在中は、私がここの使用人の取りまとめをさせていただきます。よろしくお願いいたします」
深く頭を下げてから、一人の若い女性を手招いた。
「私の下でこの離宮の管理を行う侍女で、キャロルと申します。皆様の側近くにお仕えさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
紹介されたキャロルが、元気に挨拶した。
はきはきして快活そうな女性だ。
そこからは、彼女が各々の部屋を案内してくれることになった。
サマンサは、すぐにロイドと打ち合わせを始め、その場で二人は使用人たちに指示を飛ばし始めた。
ロイドが有能なのは知っているが、サマンサもさすがの王太后付きで、てきぱきと使用人達を動かしている。
使用人達は小気味良いくらいに素早く荷物を片付け、その様子はずっと見ていたくなるほど見事だった。
「兵の動きが良いな。あれは司令官がいいんだな」
兄がニヤッと笑う。
キャロルが、「サマンサ様は有能な侍女ですが、クルス家の執事様も、非常に有能だとお見受けします。見応えがございますね」と答えた。
その後キャロルは、両親から順に部屋へ案内していく。
次が兄で、その次が私で、最後が妹だが、あまりに不安そうなので、もし近い部屋なのだったら一緒にお願いしたいと申し出てみる。
二人の部屋は、同じ階で近いと言うので、一緒に案内してもらうことになった。
とは言え、侍女の部屋や控えの間などがあり、部屋は少し離れている。
私の部屋には、公的な居間と私的な居間、書斎と寝室、それに大きな衣装部屋に、納戸、ゲストルーム、侍女用の部屋が三つ、バスルームが付いている。
前室も広くて、そこにも椅子がいくつか置かれている。
ノエルは私の部屋を見て目を丸くした。
「お姉さま、この部屋凄いわね。なんだか怖くなってしまうわ」
不安げに言うノエルに、「王宮の部屋はどれも凄いのだけど、これは多分最上級ランクね。貴賓用じゃないかしら」と小声で教えた。
キャロルがくるっと振り返った。耳が良いようだ。
「クルス家の方々をお迎えするために、最適な物を選んでおります。使用人も優秀な者たちを配置しております。どうぞ、お寛ぎください」
宮殿に招き入れられた次の日、謁見した相手は王太后と王だった。
王妃がいないことに違和感を感じたが、クルス家を招待したのは王太后なのだから、おかしいわけでもない。
ただ、王妃が蚊帳の外なのかもしれないことを、心の隅に刻んだ。
初めて目にした王太后は、ブライアン様が言っていた通り、優しげな貴婦人だった。
少し白髪が混じる濃い茶色の髪と濃い茶色の目をしている。まだ衰えていない美貌と、スッキリとした体型の若々しい女性だ。
私たちに対する態度は柔らかく、親し気でさえある。
「ようこそベルシアに。一度お会いしたいと思っていたのよ。こんなに遅くなってしまったけれど、それでも嬉しいわ」
そう言って柔らかく微笑む王太后に、両親は感激していた。
兄と妹は、しっかりと挨拶をこなした。兄は貴族令息らしく礼儀正しく。妹は緊張して固くなった若い令嬢そのもので、それなりに。
私はと言えば……
自分がどう見えるかは、自分ではわからない。最大限に緊張し、身構え、礼法を思い出しながら、ぎくしゃくと挨拶をした。
後でリース国の大使から、「さすがに王妃の代理をするだけあって、落ち着いていますね」と言われたが、社交辞令なのか、本当なのかはわからない。
なにせ相手は外交官なのだ。
王から歓迎の言葉を掛けられ謁見は終わった。
王は40歳くらいの赤茶色の髪をした男性だった。以前夢で見た男性に似ている。やはりあれは、マーカス前王の若い時の姿だったのだろう。感慨深くて、王の顔をまじまじと眺めてしまった。
その後、私たちはその離宮でのんびりと過ごし、旅の垢を落とした。
到着して三日目の夜、歓迎の夜会が開かれ、公式行事が始まった。弔問行事が毎日行われ、私は習ったとおりに儀礼をこなした。
こんな具合で、ベルシアに到着してからの数日は、瞬く間に過ぎていった。
大使が付いているので、細かい部分もその都度教えてもらえる。それがとても心強かった。
そうして大過なく公式行事を務め、目的の半分を無事に終えた事に安堵した。
王妃と王太子には、歓迎の夜会直前に初めてお目通りをした。
王妃は控えめな雰囲気の女性で、王太后に似た茶色の髪に茶色の瞳をしている。とても大人し気な印象だ。
その傍らに立つ王太子は十七歳だと大使から聞いている。マーカス前王や父王によく似ているが、とても静かな雰囲気で、大人しげに見える。
二人とも、あまり私たちに興味がないようで、謁見はとてもあっさりと終わった。
夜会のエスコートを王太子が務めてくださったが、私的な会話は少なかった。
これらの公式行事が全て終わると、そこからクルス家の私的な社交の幕が開いた。




