ベルシアへー2:【第二部 最終話】
第二部の最終話です。
走っている馬車に駆け寄ってくる馬の蹄の音。
兄が立ち上がり、剣に手をかけた。
バッとカーテンを引くと…....
馬車を路肩に停めさせて、馬車に乗っていた全員が外に出る。
私が目を疑っていると、「喜んでは頂けないのでしょうか」と言いながら、ブライアン様は手を握ってくる。
「えっ、ええっ! なぜここに?」
隣に立つエマとベルも、驚きに目を見開いている。
「⋯⋯切れましたか、ブライアン様」とエマ。
「もう一回お別れを言いに来たのでしょうか」とベル。
兄は無言。ブライアン様は兄に向かって用件を伝えた。
「実は、チャックがまた家出したようなんだ。こちらに付いて来ていないか、確認に来た」
「いつからですか?」
「この馬車が王宮を出た後から姿が見えないらしい。おまけにマリア嬢がチャックにあげたエプロンドレスも無くなっている。だから、もしかしたらこちらの馬車に潜り込んだのかと考えたのだが、どうも違うようだな」
「もう、私たちが出掛けてから三日目よ。どこに行ったのかしら」
私がおろおろしたら、ベルが慰めてくれた。
「今ごろ、もう見つかっているかもしれないですよ。前回も噴水の所で見つかりましたからね」
「そうだといいけど」
それから全部の馬車を調べたが、チャックはみつからなかった。
兄がブライアン様に伝える。
「他に三台の荷馬車が、別でベルシアに向かっています。まさかそちらに乗っているとかかな? それなら御者が気付くと思うけど」
「エリック。馬車はいつ出たんだ?」
「王宮でマリアの荷を積んでからだから、我われの出発より後です。マリアの部屋に近い王宮の裏門に馬車を止めていたはずです……それは一応調べたほうがいいかもしれないな。まだ行き会っていないけど、こっちがゆっくり休憩している間に、追い越しているかもしれない」
兄は顎を擦りながら、「体をほぐしたいし、ちょっと走ってこようかな」と言い出した。
兄は馬で、その日の宿泊予定の街に向かうことになった。
「もし見つけたら、そのまま面倒を見てやって。お願いね」
私の言葉に頷き、兄は凄い勢いで走り去った。ブライアン様が肩を抱いて慰めてくれていたが、気持ちは休まらない。
私達が街に着くと、兄が部屋で待っていた。ベッドの横の籠にチャックが寝ている。暖かそうな毛布の中に埋もれていた。
あの後、兄はこの街の手前で馬車を見つけた。
荷台を探ったところ、チャックを一台の荷台の隅で見付けたそうだ。
「こいつ、お前のエプロンにくるまって寝ていたよ。どうも少し怪我をしているようだ。馬車の馬にでも蹴られたのかな」
「チャック! 見せて」
私はチャックに駆け寄った。チャックがぼんやりと目を開ける。
私を見て嬉しそうに、鼻面を推し当ててくる。
でも、だいぶ弱っているようだ。
「ミルクを飲ませたよ。足の怪我は、宿の人間に薬草を手配して貰った。包帯を巻いている」
とりあえずの処置は済んでいるようで、ほっと安心した。
「これは、馬で連れて帰るのは無理だろうな。しばらくここで休ませるしかないか」
ブライアン様がチャックを見て考えている。私は彼に向き合って、提案した。
「それなら、いっそこのまま、馬車でベルシアまで連れて行きます。あちらでの公式行事に出席するために、数人の者が同行しています。彼らが帰国する時に、一緒に連れて帰ってもらったほうが良さそうです」
兄がポンと手を打った。
「それがいいかもしれないな。今引き離したら、チャックはもっと具合が悪くなりそうだ。公式行事はついてすぐだから、一週間もしたら帰国することになる。ちょうどいいだろう」
私の指をぺろぺろ舐めているチャックを、周囲の人々は黙って見つめている。
ノエルと母もその中にいた。
「これがジョエル様の犬なのね。初めて見たわ。まだ子犬ね」
チャックが目を上げてノエルの方を見た。興味を持ったらしい。
「ノエル、ちょっと手を出してみて」
チャックはノエルの事を嫌がらなかった。姉妹だから、どこか似たところがあるのだろうか。
「チャックが嫌がらないわ。不思議ね。そう言えば、香水の銘柄を変えた? 私のと似た香りかしら」
「私、お姉さまの香水に似た物を使っているの。この香りが最近、流行っているのよ」
知らなかった。いつの間にそんなことになったのだろう。
私の好む香水は淡い香りで、流行の甘くもったりしたような香りとは、全く違うタイプだったのに。
「だって、最近はお姉さまに憧れている子が多いの。私の友達にもいっぱいいるわ。色々聞かれて答えている内に、私も何か真似てみようかな? なんて思ったの」
少し照れくさそうにノエルが言う。
私はびっくりしてしまって、声が出なかった。
兄の方を向くと、目をくるんと回して、おかしそうに言う。
「お前は王宮に居るから、外の貴族たちの噂が入ってこなかったのだろうけど、男たちの間でも人気が上がっているぞ。話題に上ることが多くなった。俺は聞かれても、何もしゃべらないけどな」
ブライアン様が突然、不機嫌そうになった。
「あ、それで……」という声は、ベルのものだ。
私も気付いてしまった。
……それで、あんなに急いだのだわ。
ブライアン様を思わずじいっと見てしまった。
そうしたら、また手を握られ、そして……
「もう、私のものだ。そうでしょう?」
……家族が周りを取り囲んでいる、この状況でそのセリフは!
遠慮が無いし、周囲を全然気にしていない。だんだんわかって来たけど、結構困った方のようだ。
チャックの件は、私の提案の通りで決まった。
外交団は快く、チャックの同行と帰国時の世話を引き受けてくれた。ブライアン様も立ち合い、チャックとの顔合わせもしておいた。これで大丈夫だろう。
ブライアン様はその後、チャックにさんざん文句を浴びせてから帰って行った。
従者は苦笑いで彼を見守っていたが、私に軽く挨拶して後を追った。
「お前と知り合ってから、ブライアン殿が面白いと、ジョエル様が言っていた。本当だな……騎士団にいる時には、見たことの無い様子で面食らうよ」
こうしてのんびりした旅はにぎやかになり、緊張していた気分が少しほぐれた。
チャックはありがたい事に、思っていたより早く元気になった。毎日馬車の窓から外を見て喜んでいる。
足の怪我は思ったより軽く、手当も良かったようで、すぐに回復した。そして馬車から降りるたびに周囲を走り回って遊んだ。
その可愛らしい姿で、すっかりクルス家と外交団一行の、アイドルになっている。
あと一日で、ベルシア国内に入る。
さあ、ここからが戦いだ。頑張らなくては。
”この結婚、死んでも嫌です【連載版】”4月28日、第二部終了です。
ここまで読んでいただきありとうございます。
第三部はGW明けの5月7日からスタート。「ベルシア王太后の悪意編」です。
少し時間を頂いて準備してから始めます。
第三部も引き続きよろしくお願いします。
パソコンの入れ替えでちょっとトラブル続きなのもあり、GW中に解決予定です。
なんやかやで2部の最終部分と三部の初めが消えました。真っ青。
只今、旧パソコンで書き直し中。




