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この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
【第二部】第二王子の侍女マリア

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ベルシアへー1


 マリアを乗せた馬車を見送るブライアンの姿を、一人の令嬢が見ていた。

 ついこの間まで、ブライアンの婚約者候補だった、ミラー侯爵家の令嬢カレンだ。


 婚約者候補の選択が終わったと、改めて通達があった。

 だがマリア・クルス嬢との婚約が仮のため、候補者たちは完全にあきらめたわけではなかった。


 この日ミラー侯爵は、婚約が本決まりになるまで待つと、公爵家に申し入れに行っていた。

 そのことをブライアンにも伝えるために、王宮まで来たのだ。

 カレンも父についてきていた。


 最初は憧れだけだった。でも他の令嬢との競争で、頭一つ抜けた頃から、彼との結婚に現実味が出てきた。


 ブライアンは礼儀正しく、丁重にカレンを扱ってくれる。そしてとても優しい目でカレンを見る。

 最近では、ほとんど自分がブライアンの婚約者になると確信していた。


 だから、この突然の事態が飲み込めない。


 彼女は拳を握りしめ、ブライアンを見つめている。

 彼は無防備にそこに立っていた。

 いつもの隙のない姿とは違う⋯⋯

 そのことが胸を刺す。

 彼はマリア嬢を本気で愛している。

 それが、カレンにはわかってしまった。


 ブライアンが立ち去ると、カレンはやっと、ハッと息を吐き出した。


 侍女のジェシーがそっと袖に触れ、「お嬢様、帰りませんか。侯爵様にも、そうお伝えしましょう」と小さな声で、いたわるように言う。ジェシーにもわかったのだろう。


 カレンは惨めだった。

 彼にあんな表情をさせる女が憎かった。


 手にしていた日傘で地面を叩くと、乾いた土が風に舞う。

 悲しさと憎しみを、どこに吐き出したらいいのか分からないでいた。


 その時、ガサガサッと音がして、小さな生き物が、何かを引きずって目の前に出てきた。


 子犬だ。口にヒラヒラしたドレスのような物をくわえている。それを引きずって、ここまできたようだ。


 あの女が面倒を見ている犬。引きずっているのは、たぶんポケットのついたエプロンドレス。宮中で評判になっているあれだ。


 ――この犬は……この犬も、あの女を求めているの? これをくわえてここまでやってくる程、あの女が恋しいの⁉


 気が付いたら、カレンは日傘で子犬を殴ろうとしていた。

 ドレスをくわえているからか、子犬は逃げない。


「お嬢様、何を!!」


 ジェシーに羽交い締めにされ、護衛もすぐにやってきてカレンの腕を押さえた。


 はっと我に返ったカレンが足元を見ると、子犬は怯えて後ずさった。

 日傘が当たったらしく、軽く足を引きずっている。


「お嬢様、なんてことを。これはジョエル王子の犬です」


 ジェシーが近寄ると、犬は逃げようとしたが、すぐに転んだ。


「⋯⋯帰るわ⋯⋯」と呆然としたまま言ったその声は、凄く平坦な調子だった。


 おかしな具合に聞こえると、カレンは自分で思った。


「お嬢様、誰かに見られでもしたら⋯⋯」


 ジェシーの顔が青い。

 数人の話す声が聞こえてきた。こちらに向かっているようだ。


「この犬をどこかに置いて来て。人目に付かない所へ」


 ジェシーが言いながら、子犬を護衛に押し付ける。

 くわえているドレスも、一緒に丸めて腕の中に押し込んだ。

 護衛は子犬を抱いて、声がするのと反対方向に足早に立ち去った。


「さあ、お嬢様行きましょう。何もなかったのです。忘れるのですよ」


 ジェシーが日傘を広げ、カレンに差し出した。

 カレンは無表情のままそれを受け取り、ゆっくりと歩き始めた。

 途中、忙しげな使用人たちに出会ったが、ごく当たり前の態度で行き違った。

 使用人は歩みを留めて道を譲り、カレンは真っ直ぐ歩く。互いに何の印象も残さない。



 護衛はジャケットで子犬を隠し、周囲に目を配りながら歩いた。

 先ほどの場所と関連付けられないよう、なるべく遠くに。そして見つかりにくい場所を探していた。


 裏門の一つを通りかかると、何台かの荷馬車が止まっていた。人気は無い。

 護衛は素早くその1台に近付き、荷馬車の下に子犬を置く。

 それから周囲を見回し、誰も見ていないことを確認して、違う方向に向かって歩き出した。


 

 その一時間ほど後に、御者数人がやってきた。


「そろそろ出発するか。ゆっくりと進んでも、伯爵様の一行より二日は早く、ベルシアに着けるな」


 そう言い合うのは、クルス伯爵家の使用人たちだった。彼らは王宮でマリアの荷を積み込んでいた。ローズ公爵家から贈られた品もあるので、結構な量だ。


 馬車はゆっくりと王宮から出ていく。

 その荷台の一つに、子犬は乗り込んでいた。

 マリアの匂いがする荷台を見つけ、潜り込んだのだった。


 エプロンドレスをかき寄せ、その中にうずくまり、足を舐める。

 そうするうちに子犬は眠っていた。



◇  王宮から走り出た馬車の中   ◇


「マリア、顔が赤いぞ。どうかしたか?」


 私は慌てた。

 腰を浮かし掛け、馬車の揺れに重心がぐらついた。

 すぐにエマが支えてくれて、ゆっくりと椅子に座らせてくれた。

 

「ありがとう」


 言いながらエマを見ると、また頭に血が登る。

 恥ずかしい。

 あの時、ベルは荷物の点検で私から離れていた。エマは遠慮して離れて付いて来ていたのを、すっかり忘れていた。


 でも、令嬢は皆、侍女や護衛を連れている。ああいうときは、人払いをするのだろうか。


「何かあったか?」


 ブワッと汗が滲む。


「あー、まあいいんじゃないか? ブライアン殿の婚約者なのだから。なあ、マリア」


 何となくトゲのある言い方に、眉をしかめた。


「婚約が急だったのは申し訳ないけど、仕方ないじゃない」


 ムッツリと言ったが、左手にはめられた指輪を見て、また汗が滲んだ。


「急だからこんなもので代用するしかなくて申し訳ありません。帰国するまでに、もっと似合うものをご用意します」


 そう言って、ブライアン様が指にはめてくれた品だ。

 横で見ていた公爵夫人が、ムッとした。


「家に代々伝わる品よ。こんな物扱いはないわよ。この子はまったく」


 私は慌てて指輪を外した。


「仮なのですから、もっと普通の品に替えてください。公爵家に伝わる品は、まだ頂く資格がありませんわ」


 そう言って指輪をお返ししようとしたら、公爵に止められた。


「持っていてくれないか。息子は、婚約者がいるという印を、君にどうしても付けて欲しいらしい。しかもなるべく目立つ物を」


 私は腕を伸ばして指輪をしげしげと見た。

 繊細な造りの台に青いサファイアがドンと載っている。周囲は金細工とエナメルで飾られた豪華な品だ。

 なんだか指が重いような気がする。


 兄はそんな私を、しげしげと見ていた。


「ブライアン殿のあんな素の表情、初めて見たな。ズシッと荷を背負わされたような気分だよ。俺が周囲にしっかりと目配りするから、お前も気をつけてくれよ」 


「はい」と答えたが、何にどう気をつけたらいいのか、実はわかっていない。

 行ってみて、その場で判断するしかない。そういう心もとない状況だ。


 前を走る馬車から、ノエルの嬉しそうな笑い声と、ちょっと外れた歌声が聞こえてきた。


 兄と私は、なんとなく笑った。

 その後はぼんやりと物思いにふけり、そのうち眠気が襲ってきた。


 王宮を発って三日目。

 いきなりブライアン様が現れた……



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― 新着の感想 ―
チャック大丈夫? 動物好きでチャックが出てくるのを楽しみに読んでたので、チャックに八つ当たりして怪我させたカレンは許せない! 動物虐待するような人間はろくなもんじゃない 同じ目に遭うがいい!! ブラ…
え、うん?ブライアン様?あ、何かしらの名分?
チャック、怪我も心配だけど数日飲み食い出来てないんじゃ…
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