マーカスからの手紙
::::::::::::マーカスの手紙:::::::::::::::
※※ 一通目の手紙 ※※
はじめまして。マリア・クルス嬢。
私はベルシアの前国王を務めていたマーカスという老人だ。
なぜ私が君あての手紙を書いているのか不思議に思うだろう。
そこから説明しよう。
四十年前、私と君の祖母エリスは愛し合い、結婚の約束をして、私は国に戻った。
ところがその帰途で事故に会い、全てを忘れてしまった。思い出したのはついこの間の事だ。
取り返しの付かない話だね。
そしてもう一つ取り返しのつかない事を重ねてしまった。
結婚の約束をした時に、代々王家で引き継いでいた石をエリスに預けていた。
それは事故で失われたと思われていたが、エリスのもとにあることを話してしまった。
残念なことに、私には怖い性格の妻と愚かな息子がいる。この二人が君にどんな接触をするか、全く不安しかない。
それで、考えた。
エリスへのお詫びを兼ねて、君に私の私有地を贈ろうと思う。
領地の経営は、信頼できる領主に任せてある。君は領地から上がる利益を受け取り、必要に応じて指示を出すだけでいい。領内には、私に忠実な者を集めておく。
私の妻は王太后で、息子は王だ。ある程度の資産と地位を持たなくては、いいようにされてしまうだろう。
君の安全のためにも、ぜひ受け取ってもらいたい。
詳しい事は長く私の従者を務めたニックに聞いてくれ。
信頼できる男だ。
※※ 二通目の手紙 ※※
この手紙を読んでいるなら、私の信頼する従者ニコラスが、君の人となりを見て、踏み込んでも大丈夫と判断したことになる。
さすがエリスの孫だ。彼女の善良さと強さを引き継いでいるのだろう。
これは君次第なのだが、考えてほしいことがある。
我がベルシア王家は、ある物を代々引き継いでいる。
とりあえず、猫と表現しよう。
この猫は、大きな力を持つという。
初代ベルシア王は、この猫の力で王国を築いた。だが力のあまりの大きさを恐れた。
それほど強力だったらしい。
らしいと表現したのは、それ以降の二百年間で一度も、そんな大きな力を現わしていないからだ。
初代王は猫に願った。
「悪しき事を願う者を、主としないで欲しい。欲に走る者も、欲によって他者を傷つける者も」
そうやって、猫に願い続けた。
王の息子は凡庸だが、大きな野心は無く、この猫と願いとを引き継いだ。
こうやって王家は代々猫を引き継いできた。
継承者は猫が決める。
代々の願いに反する者を、猫は拒否してきた。
子の代で引き継げる者がいなければ、孫世代で探す。そうやってうまく繋いできたのだが、今の代で継げる者は一人もいない。
つまり猫はベルシア王家から離れていくことになる。
そのまま放っておけば、猫は自分で主を選ぶだろう。多分二百年分の祈りが、悪しき者を退けてくれると思う。
そう考えたところで、私はふと思ったのだ。
マリア嬢に対して、危険な振る舞いを仕掛けるかもしれない、我が妃と息子。
しかも大きな権力を持つ者たちから、君を守れるのではないかと。
猫は主を暗殺から守ってくれる。
そして願い事を叶えてくれる。
もし、私の身内が迷惑をかけるような事をしても、それをはじき返すだろう。
もう一つは私の身勝手な願望だよ。
もしエリスと結婚していたら、猫は出ていかなくても済んだだろう。
誰とも分からない人物に渡るよりは、エリスの子孫に猫を引き継ぎたいと思ってしまったのだ。
ところで願い事といっても、実は大したことはできないのだ。
口伝で残る話をいくつか上げておく。以下のは叶った願いだ。
一面の菜の花畑が見たい。
毛が良く抜ける毛抜きが欲しい。
無くした帽子を見つけたい。
戦いに出た夫が無事か教えて欲しい。
恋人の愛を伝えてほしい。これは私が願ったことだ。そのおかげで、ずっと幸せに暮らせたようだ。
害のない個人的な願いが多いのだよ。
逆に叶わなかった願いの方が多い。
金銀財宝を出して欲しい。
恋しい相手の気持ちを、自分に向けて欲しい。
無理を言ってくる隣国に、制裁を加えて欲しい。
病気を治して欲しい。
愛する者を生き返らせて欲しい。
つまり、病や死、人の気持ちを操作することは出来ない。
富と権力に関しても使えないわけだ。
強大な力とは、一体どんなものだったのだろう。それはわがベルシア王家が、ずっと抱き続けた謎なのだ。
君がこの不可思議な猫を受け継げるかどうかは、猫に祈りを捧げてみないとわからない。
不確実なことばかりで申し訳ないが、ものは試しでやってみてはどうだろう。
私はずっとエリスの愛の想いを受け取ってきたせいか、君が自分の孫のように思える。不思議だが、君をとても良く知っているような気がするのだ。
エリスのことだから、君のことも色々と話してくれていたのだろう。
私が忘れていた四十年もの長い間、エリスは私を愛してくれていた。頭が下がるよ。
エリスは強い。
私はエリスを愛した。多分忘れている間もエリスを愛していた。
そして今、彼女のしてくれたことを知って、優に十倍は彼女を愛している。
だから君に幸せになって欲しい。
君には迷惑な話だろう。
こんなことに巻き込んですまない。
あっちに行ったら、エリスに叱られるだろうな。
次はベルシアまでの旅の話で、マリアたちの側に戻ります。
ちょっとハプニングが。大ごとにはならないので、ご安心を。
この話で二部終了の予定。




