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【書籍化進行中】この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第三章 婚約(仮)

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公爵夫妻


 二人が絶句したのを機に、ブライアン様はそこから立ち去った。


 それから会場をスタスタと反対側に突っ切り、壁際で休んでいる私の両親の元に近付いて行った。

 母がすぐに気付き、ニコッと微笑みかけてくる。


 ここでも同じことをブライアン様が説明する。

 二人はとにかくキョトンとしていた。

 

「はあ。また……それは思いがけないことですな」


「まあ、まあ、マリア? いつの間に?」


 そう聞かれても、私だってまだ呆然としている。


「さっき突然決まったの」とも言いにくい。

 結局何の説明もできないまま、驚く両親を残して立ち去った。


 そして最後に、人に囲まれている迫力のあるお二人の前に立つ。それが公爵夫妻だった。


 そこでも同じことを言うと、夫妻だけでなく、取り巻いていた貴族たちも驚きに声を失った。

 

「では、詳細は後ほど」と言って、ブライアン様が私を促す。私は口の挟みようがなくて、軽く会釈をした。


「待て、ブライアン」とはっきりした声が響いた。


 公爵が苦い顔つきをしている。


「あちらで話そうか」


 そう言って、先に立って歩き始めた。


 すごく怖い。王よりずっと威圧感がある。王たちがブライアン様に対する態度は、とてもフランクだ。

 すっかり、それに慣れてしまっていた。

 公爵は全く雰囲気が違う。


 でも、公爵夫人は私に向かって、ニッコリと微笑みかけてくれた。

 

「ブライアン、マリア嬢と話したいわ」


 そう言いながら、こちらに寄ってくる。

「いじめないでくださいね。母上」


 ブライアン様は苦笑している。

 公爵とは違い、夫人は私に興味津々という様子だ。笑った表情が王によく似ている。


 黙って立っているときは、迫力のある魅力的な体型と整った美貌で、近寄り難かった。

 でも、こうして話しかけてくる様は、とても陽気で気さくだ。


「もう王には話したの?」


「はい。お祝いの言葉をいただきました」


 ブライアン様はすまして即答した。

 ……ええっ! そんな言葉、一言も言ってなかったわ!

 夫人は私の表情から状況を読み取ったらしい。


「ふふふ。目に浮かぶわね。王の面食らった表情」


 これは……王に対して何の遠慮もない二人の様子を見て、わかってしまった。

 多分、王は妹の公爵夫人に甘い兄なのだ。それは甥のブライアン様に対しても同じらしい。


 では公爵は?


 別室に移動して椅子に座ると、公爵が隣に座る夫人の肩を抱き寄せた。


「君と同じことをする。血は争えないな。しかし、勘弁してくれ」


 ぼやく公爵を夫人が慰めている。


「だって血を分けた息子よ。あなたの子でもあるわ。あなたに似た部分はどこかしら?」


「君に逆らえないところ、かな」


 そう言って、ちらっと私を見る。先程までの威圧感は消えていた。

 それから意味ありげにブライアン様に目をやる。


「その通りです。正真正銘、父上の息子です」


 公爵はため息交じりだ。


「あの場には、お前の婚約者候補も数人いたのだ。それに気がつかないお前でもないだろう」


「物事は、はっきりさせたほうがいいのです。これで皆引いてくれるでしょう」


「――これだ。全く!」


 ブライアン様の婚約者候補?


 考えてみたら、そういった話がない方がおかしい。

 そう思っても嫌な気分になってしまう。

 さっきは慌てていて、周囲を見る余裕がなかったけど……

 どのご令嬢だったのだろう。

 胸がチリチリする。


「ところで、なぜそんなに急ぐの? 何か理由が……発生したってこと?」


 夫人は意味ありげに、私に目配せする。

 言葉に詰まって、ブライアン様を見ると、私を見詰めて言った。


「発生も何も、キスすらまだ許してもらっていません」


 ……ご両親の前で、そんな目をしないでください!!

 困って下を向いてしまった。そんな私を見る夫人は、不思議そうな表情。


「じゃあ何なの? それに、こんなに急いだら皆そう思うわよ」


「理由は言えません。でも絶対に必要です。ぜひ、許可をください」


 断言するブライアン様に、それは無理を言い過ぎだと思ったので、私は思い切って口を挟んでみた。


「私はもっとゆっくりでもいいと思うのです。急すぎて、事態を飲み込めていません」

 

 公爵は、「まともな意見だな。つまり令嬢は同意しているわけでもないのか」と、ほっとしたように言う。

 夫人は、「まあ、ブライアンを振るつもりなの? 他に気になる人がいるとか?」と声を上げた。


「いえ、そんなことはありません。でも、やっと恋人なのかと思い始めたところです。まだ気持ちが付いていきません」


「それなら私はブライアンを応援しようかしら」


 夫人はくるっと振り返り、公爵に向かい合った、


「え、なんだって?」と公爵。


「だって、あなた。この子が本気で女性に恋をしたのは初めてよ。それにマリア嬢からは、急激に成長している人間特有の勢いを感じるわ。捕まえていないと、どこかに飛んでいきそう。そして、すぐ男性たちが群がりそうね。そうなのでしょ? ブライアン」


 ブライアン様が黙ったままうなずく。


「おいおい、急すぎる話だ。私たちはまだマリア嬢に関して何も知らない。それにクルス家は知っているのか?」


 公爵に聞かれ、私は首を横に振った。


「先ほど伝えました。まず王と王妃に、次にクルス伯爵夫妻に、最後が父上たちです」


 ブライアン様が答えると、夫人が笑い出した。


「見事な先制攻撃ね。なにがなんでも認めさせる気なのね」


 夫人は笑いを収めて真面目な表情になり、「いいわ、認めましょう」とはっきり言い切った。


「おい、君!」


「どうせ、言うこと聞かないわよ、この子。あなただってわかっているでしょ」


 うっと、公爵が詰まる。

 どうやら、婚約(仮)は認められそうな様子になってきた。

 ブライアン様は、家では我儘なのだろうか。言うことを聞かないとは?

 私の表情に気付いたようで、夫人が声をかけてきた。


「マリア嬢、ちょっと強情なだけで、無体なことはしないから安心してね。でも決めたら譲らないところがあるのよ。もし嫌だったら、今言ってちょうだい。それがあなたのためよ」


「母上、なんてことをおっしゃるのですか」


 ブライアン様が私を引き寄せ、抱きすくめた。

 

 こんなところで、こういう態度は困る。

 だから私は力いっぱい、彼の体を押し返した。

 頑張っても、一ミリも動かせなかったけど、彼の心には打撃を与えられたようだ。

 彼の表情は、愕然としたものに変わった。


「私を拒絶されるのですか?」


「そうじゃありません。でも、この場でそういう態度はやめてください!」


 ぴしゃりと言い放つと、ブライアン様がしゅんとし、私を離した。

 私は彼から少し離れ、公爵夫妻に向き直った。

 一瞬、その場がしんとした。


「ハハハッ、いいじゃないか。これはいい。ブライアンを窘められる女性か。私も賛成しよう」


 公爵が楽しそうに笑い出した。


「ただし、婚約者候補の中から選んだ筆頭候補で、今から調整に入る、とさせていただいてもいいだろうか。申し訳ないが、何の調査もなしに公爵家の婚約者を決めることはできないのだよ」


 公爵が、私に向かってそう言った。

 婚約前にワンクッションあれば気が楽だ。

 私は少しほっとしたような気分で、その申し出を受けることに決めた。


 公爵が先頭に立ち、夜会の会場に戻る。入った途端に、周囲の目が私たちに集中した。

 多分今まで、話題の的だったのだろう。


 その視線の中で、悠々と公爵は誰かを探していた。

 そして、ある方向に向かい真直ぐに歩き始める。その前が自然に空くのは、やはり普通ではない威厳のなせる技だ。先程、夫人の肩を抱いて愚痴っていた男性とは別人のようだ。





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