公爵夫妻
二人が絶句したのを機に、ブライアン様はそこから立ち去った。
それから会場をスタスタと反対側に突っ切り、壁際で休んでいる私の両親の元に近付いて行った。
母がすぐに気付き、ニコッと微笑みかけてくる。
ここでも同じことをブライアン様が説明する。
二人はとにかくキョトンとしていた。
「はあ。また⋯⋯それは思いがけないことですな」
「まあ、まあ、マリア? いつの間に?」
そう聞かれても、私だってまだ呆然としている。
「さっき突然決まったの」とも言いにくい。
結局何の説明もできないまま、驚く両親を残して立ち去った。
そして最後に、人に囲まれている迫力のあるお二人の前に立つ。それが公爵夫妻だった。
そこでも同じことを言うと、夫妻だけでなく、取り巻いていた貴族たちも驚きに声を失った。
「では、詳細は後ほど」と言って、ブライアン様が私を促す。私は口の挟みようがなくて、軽く会釈をした。
「待て、ブライアン」とはっきりした声が響いた。
公爵が苦い顔つきをしている。
「あちらで話そうか」
そう言って、先に立って歩き始めた。
すごく怖い。王よりずっと威圧感がある。王たちがブライアン様に対する態度は、とてもフランクだ。
すっかり、それに慣れてしまっていた。
公爵は全く雰囲気が違う。
でも、公爵夫人は私に向かって、ニッコリと微笑みかけてくれた。
「ブライアン、マリア嬢と話したいわ」
そう言いながら、こちらに寄ってくる。
「いじめないでくださいね。母上」
ブライアン様は苦笑している。
公爵とは違い、私に興味津々という様子だ。笑った表情が王によく似ている。
黙って立っているときは、迫力のある魅力的な体型と整った美貌で、近寄り難かった。
でも、こうして話しかけてくる様は、とても陽気で気さくだ。
「もう王には話したの?」
「はい。お祝いの言葉をいただきました」
ブライアン様はすまして即答した。
……えええっ! そんな言葉、一言も言ってなかったわ!
「ふふふ。目に浮かぶわね。王の面食らった表情」
これは……二人の様子を見てわかってしまった。
王は妹の公爵夫人に甘い兄なのだ。それは甥のブライアン様に対しても同じらしい。
では公爵は?
別室に移動して椅子に座ると、公爵が隣に座る夫人の肩を抱き寄せた。
「君と同じことをする。血は争えないな。しかし、勘弁してくれ」
ぼやく公爵を夫人が慰めている。
「だって血を分けた息子よ。あなたの子でもあるわ。あなたに似た部分はどこかしら?」
「君に逆らえないところ、かな」
そう言って、ちらっと私を見る。先程までの威圧感は消えていた。
それから意味ありげにブライアン様に目をやる。
「その通りです。正真正銘、父上の息子です」
公爵はため息交じりだ。
「あの場には、お前の婚約者候補も数人いたのだ。それに気がつかないお前でもないだろう」
「物事は、はっきりさせたほうがいいのです。これで皆引いてくれるでしょう」
「――これだ。全く!」
ブライアン様の婚約者候補?
考えてみたら、そういった話がない方がおかしい。
そう思っても嫌な気分になってしまう。
さっきは慌てていて、周囲を見る余裕がなかったけど⋯⋯
どのご令嬢だったのだろう。
胸がチリチリする。
「ところで、なぜそんなに急ぐの? 何か理由が⋯⋯発生したってこと?」
夫人は意味ありげに、私に目配せする。
言葉に詰まって、ブライアン様を見ると、私を見詰めて言った。
「発生も何も、キスすらまだ許してもらっていません」
……ご両親の前で、そんな目をしないでください!!
困って下を向いてしまった。そんな私を見る夫人は、不思議そうな表情。
「じゃあ何なの? それに、こんなに急いだら皆そう思うわよ」
「理由は言えません。でも絶対に必要です。ぜひ、許可をください」
断言するブライアン様に、それは無理を言い過ぎだと思ったので、私は思い切って口を挟んでみた。
「私はもっとゆっくりでもいいと思うのです。急すぎて、事態を飲み込めていません」
公爵は、「まともな意見だな。つまり令嬢は同意しているわけでもないのか」と、ほっとしたように言う。
夫人は、「まあ、ブライアンを振るつもりなの? 他に気になる人がいるとか?」と声を上げた。
「いえ、そんなことはありません。でも、やっと恋人なのかと思い始めたところです。まだ気持ちが付いていきません」
「それなら私はブライアンを応援しようかしら」
夫人はくるっと振り返り、公爵に向かい合った、
「え、なんだって?」と公爵。
「だって、あなた。この子が本気で女性に恋をしたのは初めてよ。それにマリア嬢からは、急激に成長している人間特有の勢いを感じるわ。捕まえていないと、どこかに飛んでいきそう。そして、すぐ男性たちが群がりそうね。そうなのでしょ? ブライアン」
ブライアン様が黙ったままうなずく。
「おいおい、急すぎる話だ。私たちはまだマリア嬢に関して何も知らない。それにクルス家は知っているのか?」
公爵に聞かれ、私は首を横に振った。
「先ほど伝えました。まず王と王妃に、次にクルス伯爵夫妻に、最後が父上たちです」
ブライアン様が答えると、夫人が笑い出した。
「見事な先制攻撃ね。なにがなんでも認めさせる気なのね」
夫人は笑いを収めて真面目な表情になり、「いいわ、認めましょう」とはっきり言い切った。
「おい、君!」
「どうせ、言うこと聞かないわよ、この子。あなただってわかっているでしょ」
うっと、公爵が詰まる。
どうやら、婚約(仮)は認められそうな様子になってきた。
ブライアン様は、家では我儘なのだろうか。言うことを聞かないとは?
私の表情に気付いたようで、夫人が声をかけてきた。
「マリア嬢、ちょっと強情なだけで、無体なことはしないから安心してね。でも決めたら譲らないところがあるのよ。もし嫌だったら、今言ってちょうだい。それがあなたのためよ」
「母上、なんてことをおっしゃるのですか」
ブライアン様が私を引き寄せ、抱きすくめた。
こんなところで、こういう態度は困る。
だから私は力いっぱい、彼の体を押し返した。
頑張っても、一ミリも動かせなかったけど、彼の心には打撃を与えられたようだ。
彼の表情は、愕然としたものに変わった。
「私を拒絶されるのですか?」
「そうじゃありません。でも、この場でそういう態度はやめてください!」
ぴしゃりと言い放つと、ブライアン様がしゅんとし、私を離した。
私は彼から少し離れ、公爵夫妻に向き直った。
一瞬、その場がしんとした。
「ハハハッ。いいじゃないか。これはいい。ブライアンをたしなめられる女性か。私も賛成しよう」
公爵が楽しそうに笑い出した。
「ただし、婚約者候補の中から選んだ筆頭候補で、今から調整に入る、とさせていただいてもいいだろうか。申し訳ないが、何の調査もなしに公爵家の婚約者を決めることはできないのだよ」
公爵が、私に向かってそう言った。
婚約前にワンクッションあれば気が楽だ。
私は少しほっとしたような気分で、その申し出を受けることに決めた。
公爵が先頭に立ち、夜会の会場に戻る。入った途端に、周囲の目が私たちに集中した。
多分今まで、話題の的だったのだろう。
その視線の中で、悠々と公爵は誰かを探していた。
そして、ある方向に向かい真直ぐに歩き始める。その前が自然に開くのは、やはり普通ではない威厳のなせる技だ。先程、夫人の肩を抱いて愚痴っていた男性とは別人のようだ。




