夜会2
……まあ、王妃様、こちらの様子を見ていたのね。
「マリア嬢。さっきエリックの足を踏んでいたでしょ。早速試したんだ」
「そんなに分かりやすかったですか?」
「俺は知っていたからね。それからバレないようにやるなら、足元を見ないでやらなくちゃ」
あっ、それはそうだ。
「バレバレでした?」
「エリックは不思議そうにしてたよ。踏まれた後で悟った風だった⋯⋯俺で試すのは止めてくれよ。笑ってしまいそうだ」
もう笑っているくせに、そんなことを言う。
「次は兄だな。あっちで待っているみたいだ。向かうよ⋯⋯ところで、兄で試す気ある? それならじっくり見物するから」
黙って睨んでやった。
こんなふうに気楽に接することができるのは、チャックの飼い主だというのが大きい。
私の中で、ジョエル様とチャックはセットになっているようだ。
次は初めてまともに話す男性、それが王太子殿下だとは。王太子殿下を目の前にして、緊張で手が震える。
「兄上、あまりマリアをいじめないでくださいね。いじめたら、チャックに噛まれますよ」
「失礼なやつだな。あっちへ行け。では、チャック付き侍女で王妃の代理を務めるマリア嬢」
そう言って手を差しだす。
この方もすごく整った顔立ちをしている。ジョエル様とは似ていなくて、どちらかというとブライアン様と似た雰囲気。
つまりキリッとしたタイプの美形。でもブライアン様のほうが素敵だと思う……
――はっとした。
こんなふうに考える女性が多ければ、それは気分が悪いだろう。
王太子殿下だって、極上の男性なのに、すぐ近くにそれより上がいるなんて。
私は踊りながら、なんとなくニコッと微笑んで見せた。
「噂の中心人物のマリア嬢。聞いてもいいかな。結婚式の件は、君に傷を与えなかったのかな。すごく平気そうに見える」
――驚いた!――
まず考えたのは、そんなこともあったわ、だった!
もうずっと昔のことのようにしか思えない。
それでまじまじと、王太子殿下を見つめてしまった。
「⋯⋯余りに、立て続けに色々な事が起こリました。全ての出来事が、私に刺さる間もなく、滑り去ってしまったようです」
殿下の片眉がググっと上がった。
「見かけによらず、肝が太いね。言われない?」
考えてみたら、何回か言われている。兄やベルや、あの男も尋問の時に言っていた。
また、驚いて顔を見上げてしまった。
「よく言われるけど、自覚がなかったってことかな?」
コクコクと頷く。
私が肝が太い、言い換えると図太い性格? 自分のイメージがガラガラと崩壊する。
「良いことだよ。強さは必要だ⋯⋯どうかした?」
そう言って私の顔を覗き込む。
「あの、自分のイメージが崩れてしまって、ちょっと混乱しています」
「君は面白いな。マリア嬢」
嬉しそうに私の腰に手を当て、少し持ち上げてふわっと回転する。
びっくりしたけど、気持ちが良かった。
「気に入った? じゃあもう1回」
音楽に乗って、フワッと体が持ち上がる。これは楽しい。
「では、そろそろ戻ろうか。母の横でブライアンが睨んでいるよ……そう言えば、引き離して置かないといけないのだったな。さて、どうしよう」
私をちらっと伺う。
「他の方々とも踊ってみます。だって今まで踊った皆様は、特別にダンスがお上手でしょう。私は助けられてまともに踊れているだけですから、練習しないと」
すると、反対の方向にすうっと移動して行き、そこに立つ方々に私を紹介してくださった。
軽く会話して、その内の一人と踊ることになった。
驚くことに、私はちゃんと踊れる。相手の男性がもたついても、ステップを間違えても、しっかりフォローできる。
これには、自分でも驚いた。
兄もブライアン様もダンスが上手で、今日踊ったジョエル様、王太子殿下も同様。だから、自分のレベルがまるで測れなかった。
胸の中に自信が湧き上がって来る。とても強くなったような気になってしまう。
たかだか、ダンスが上達したかもしれない? だけなのに。
どうやら、私は単純な性格らしい――とにかく嬉しくてたまらない!
その勢いのまま、数人と踊り、色々な人と会話をした。ちゃんと、問題なくこなせたと思う。
そうするうちに、気が付いたら、横にブライアン様が立っていた。
「楽しそうですね、マリア嬢。王妃様からの伝言です。合格。後は好きに楽しんで、だそうです」
「合格! 合格ですね。嬉しい、どうしましょう」
「では、もう一度踊りませんか?」
えっ? 二回以上踊るのは駄目ですね?
「一回ずつしか踊らない決まりでは?」
「誰も気にしません」
ええっ? そうでしたっけ?
驚く私を無視してブライアン様は踊る人々の中に入っていく。
踊りながら周囲を見ると、ちょっと目をみはってこちらを見る人がいる。
「ご夫婦とか婚約者でない場合は、一回ではないのですか?」
「確かにそういった暗黙の了解が有ります。では、婚約しませんか? それなら問題ない」
驚いて見上げた。
ブライアン様の表情はにこやかだが、目はひどく真剣だ。
思わず昼間の会話を思い出し、口にした。
「私はあなたを恋人だと思い始めました」
「光栄です」
真剣な目を私に据えたまま、次の言葉を待っている。
「……もう婚約ですか? 恋人の期間を飛ばして?」
「婚約してから恋人をしましょう」
そう言うと、大きくターンした。頭がグルンと揺れる。
「突然すぎて、お答えのしようがありません」
また大きくターン。頭が揺すぶられ、フワッとする。
「婚約してくださったら、ベルシアにあなたを迎えに行ける」
また大きなターン。
頭がフワフワし始めた。
「色々と強引なのじゃありません?」
「私を強引にさせる人など、あなたしかいません」
ちょっと顔に影が!
私はそっと手を頬に伸ばした。
「辛そうな顔をしないで。そんな顔をさせたくないわ」
今度はグッと体を引き寄せられた。
体が浮き上がり、そのままグルンと半回転した。
「それなら、私をほほ笑ませてください。婚約に承諾を」
「ずるいわ」
「駄目ですか?」
至近距離でおねだりの目。きれいな青い目が私にすがる。
……なんてあざといの……でも、これには負けました。
「はい。お受けします」
言ってしまった。
その後、くるくると踊り、音楽が終わると、王と王妃の元に連れて行かれた。
「ブライアン、マリア嬢と踊るのは二回目ではなかったか?」
いたずらっぽい目で、嫌味を言った王は、ブライアン様の、「婚約者ですから」の言葉に固まった。
王妃は、「聞いていないわよ」とこっちを見た。
なんともバツが悪い。まだ婚約していないし……
「今ダンス中に申し込んで、承諾をいただきました」
「なんてせっかちな!」と王妃。
「じゃあ、正式な婚約じゃないわけだ。驚かすような表現をするな」
王は怒っている。王妃様もムッとしている。
ブライアン様は王の甥で、この場はつまり、いき……いきなり身内への紹介?
そう言えばブライアン様の母親は正真正銘のお姫様だ。
それに気がついて、急に先ほどの言葉を撤回したくなり……
すぐに手をぎゅっと握られた。そして腰のあたりをホールドされた。
あら? 動けません。
一体どうやっているのか分からないけど、捕獲されたらしい。
とりあえず、目で王妃に救いを求めてみた。
王妃は扇子をシャッと広げ、口元を覆い、こちらをじっと見ている。
「何にしても、ベルシアから帰ってからの話ね。まだローズ家にもクルス家にも、何の話もしていないのでしょ」
「その前に、仮でもいいので婚約の手続きを始めます」
王が、「やれやれ、妹にそっくりだ」とぼやいた。




