夜会
王太子殿下が意地悪?
では社交術で学んだ、貴族の意地の悪い物言いや態度への対応の出番。
それが今から試されるのだわ、と覚悟した。
そこにジョエル様が現れた。
「マリア嬢、とても立派な態度だったよ。吸収が早いね……何? ブライアン。顔怖いよ」
「王太子殿下がマリア嬢にダンスを申し込んだ」
「あ……ああ。……そういう事か。それで? マリア嬢は、何でそんな必死な顔しているの?」
王太子殿下の意地が悪いとか、口に出来るものではない。
困っていると、ジュエル様が、「ブライアン、マリア嬢の飲み物を換えて上げたら」と言い出した。
ブライアン様が離れるのを待って、ジョエル様が話し始めた。
「兄とブライアンは仲がいいんだけど、ライバル関係でもあるんだ。ブライアンって、何でも出来すぎるだろ」
うーん、その通り。
「お見受けする限り、その様ですね」と答えておいた。
何ごとも断言しないのが、社交の鉄則。よし、クリアよ。
「年が一つ違いで、兄も出来がいいから、良いライバルなんだよね。そのせいで仲はいいけど、ちょっかいかけて遊ぶというか、そういうところが兄にはある」
納得した。
あのあからさまな態度は、いじりに来た王太子への牽制か。
でも…....
「王太子殿下のダンスの申し込みは断われませんよね」
「うん。だからちょっとだけ、そこのところ意識しておいてね」
⋯⋯聞きたいことは、他にもあった。
「ダンスで足を踏んでも、不敬に当たらないでしょうか」
ジョエル様が口元を押さえて下を向いた。
「それ言い出したら、誰もダンスできないよ。踏んで良し」
「ずうっと、踏みっぱなしにしていいですよ。マリア嬢」
横でブライアン様が答えた。
飲み物のグラスを手渡し、私に踏み方のレクチャーを始める。
一拍ずらして踊り、相手の足に重心がかかったところを思いっきり踏みつける、という技だ。
そんなものを覚えてどうなるというのだろう。
しかも、結構難しい。
ジョエル様は口とお腹を押さえて苦しそうだ。
「まずジョエルで試せばいい」
……本当に機嫌が悪いようだ。
「さあ、ダンスが始まるよ。機嫌直して、行っておいでよ」
ジョエル様が笑いながら言った。
音楽の演奏が始まり、私たちはダンスフロアに向かう。王と王妃、次に王太子殿下とどこかの令嬢がフロアに出ていく。
その後、人々が次第にフロアに出るのに混じって、私たちもその中に滑り込んだ。
言葉そのままの、滑るような動きだった。
歩いているうちに、もう踊っていた。
足が宙に舞うような、軽やかでうっとりするダンス。
私たちの周囲に空間が出来た。皆がこちらを見ている気がする。
いつも、見られるのが苦手だったのに、今は何も気にならない。
ーー楽しくて仕方がない!
踊り終わって、周囲から拍手が上がった。
嬉しいけど、これは私の力ではなく、ブライアン様の力なのだ。
つくづく、ブライアン様は凄い。
絶対に他の男性とのダンスを試さなくちゃ駄目だと実感した。
ダンスが終わって一休みしていると、周囲に人が集まり始めた。
興味津々の目が私に集中する。
この二カ月間、それはもう色々あったもの。聞きたいことも、さぞ多いだろう。
さあ、来い、と構えた。
もちろん表面上は優雅に微笑んでいる。今日の私は今までと違う。
最初に声をかけてきたのは、母だった。
「まあ、マリア。変わったわね。まるで別人だわ」
こうして客観的に見ると、母は若々しく、かわいらしい婦人だった。
害がなさそうで、少し軽い人物という印象。
こんなふうに身内の人間を観察したのは初めてだ。
母の後ろには父がいる。印象が薄くて、最初は気が付かなかった。
「今、王と王妃様にご挨拶をしてきたの。今回のベルシア訪問について、予定通り四日後に出発すると報告したわよ」
それだけ言って、離れて行った。
周囲の様子を見て、早めに切り上げたのだろう。
ロイドの言う通り、母の社交センスは悪くないようだ。
一人の男性が私に一歩寄って、ビクッと止まった。
後ろを見ると、ブライアン様が見たことのない怖い顔をしている。
思わず、腕に手をやり、「私は大丈夫です」と小声で伝えた。
ブライアン様はむっつりしたまま下を向き、一歩下がった。
振り向くと、男性は居なくなっていた。その代わり兄がこっちに向かってくるのが見えた。
今日は夜会服を着ていて、いつもと雰囲気が違う。
私の前にすくっと立ち、「一曲踊っていただけますか」と礼儀正しく言う。
いつものガサツな雰囲気は影を潜めている。そういえば、家でたまに会う兄しか、私は知らなかった。
なんとなくおかしくて、笑いそうになったら、いつもの兄の表情が表れた。
思わず頭に手をやり、「クシャクシャにしたら、噛みつきます」と口走っていた。
「冗談を言える余裕があるのは、いいことだ」と鼻で笑われてしまった。
「真珠の髪飾りを壊す勇気はないな。ブライアン殿に殺される。とても似合っているよ」
この真珠は、ブライアン様からの贈り物だったの⁉
私は慌てて後ろを振り返った。
「知りませんでした。誰も何も教えてくれなかったので。こんな高価な物をいただいていたなんて」
申し訳なくておどおどとしていたら、手をとられた。
「貴方を守るための品です。美しさは武器になる。諸刃の剣ではあるけど」
複雑な表情で言う言葉の意味が、よくわからない。
「踊ってきてもよろしいですか」
兄がブライアン様に聞いてから、私をダンスフロアに連れ出した。
「頑張っているみたいだな。お前の様子には目を疑ったよ。立派な淑女だ」
「ありがとう……とうとうね……それに、王太子は石の加護を受けていないようね?」
「そのようだな。危険度倍増だ。気を引き締めてかかろう」
私たちはしばらく黙って踊った。
兄の手は大きくてゴツゴツしている。この手は信用できる手だ、と唐突に思う。
そうしたら気恥ずかしくなった。
「どうした?」
「なんでもないわ」そう言って見上げたら、兄がぎょっとしたような表情になる。
「ブライアン殿が睨んでいる。まずいな。兄でも駄目か。おい、お前、こっち見て笑うなよ」
「何を言っているの?」
「相変わらず恋愛関係は落第だぞ。勉強しろって言っただろ」
やっぱり、いつもの兄だ。
ムカッとしたので、足に重心がかかったところで、思い切り踏んづけてやった。
私には、そういう才能は有ったようだ。
上手に踏めて満足し、にこにこしながら戻ると、ブライアン様が褒めてくれた。
スカートに隠れて見えないかと思ったのに、見逃さなかったらしい。
「ブライアン殿、妹に変な技を教えるのは止めてください」
兄はしかめっ面だ。
ジョエル様が声をかけてきた。
「ダンスが上手だね。マリア嬢。次は僕とお願いします」
差し出された右手に、私が手を重ねると、ブライアン様のほうを向いた。
「母上が呼んでいる。今から行ってくれ」
そう言いおいて、その場を後にした。
「母上からの伝言。ブライアンは引き離しておくから、しばらく他の人たちと交流しなさい、だって」




