王妃の叱責
いつものようにチャックの世話をし、第二王子との、お散歩の支度をしていた。
普段、リードは付けずに、チャックの好きに歩かせているけど、女性の集団に出くわすと逃げてしまう。そのため、姿を見かけたら、リードを付けるようになった。
そこに、王妃からの使いが、お茶会の招待状を届けにやってきた。
招待状にはベルシア訪問と、弔問の代理について話し合いたいと書かれている。日程は三日後。
使いの侍女に少し待ってもらい、返事を書いて持ち帰ってもらった。
王妃のお茶会に呼ばれる日がくるなんて、以前は考えたこともなかった。
心臓がドキドキした。
でも、これはやらなくてはいけないこと、とひるみそうになる自分に言い聞かせる。
チャックのお散歩中、私がいつもと違うのを感じ取ったのか、ジョエル様にどうしたのかと聞かれた。
「王妃様のお茶会に呼ばれて、もう今から緊張しています」
「あー」と言って、上を向いて何事か考えている。
「僕も呼んでもらおうかな。どうせブライアンも来るだろ」
「他のお客様は分からないです。私はちゃんとしたお茶会に出たことがないので、気後れしています」
「ブライアンの事だから、裏からしっかり手を回しているさ。マリア嬢が困るような場にはしないよ」
ジュエル様はなぜか笑いだした。
「それと、他の男は絶対に呼んでいない。断言できる」
そう言ってウインクした。
相変わらず美しくて華やかな方だ。そしてとても楽しい。
でも、その感想を相手に告げてはいけない。そういった言葉は、その気にさせたい相手にだけ。
私だって学習している。
「何を考えているのかな? 何だか得意そうだな」
思わず顔を見上げた。
「ジョエル様って⋯⋯鋭いですね」
「あれ、見破られたか。でもね、鋭いと思われては失敗だよ。警戒されてしまう」
やっぱり楽しい。
「お茶会にジョエル様がいらっしゃるなら、とても気分が楽です。ぜひ、ご一緒したいです」
後ろから、ベルが「うう」と唸る声が聞こえた。
振り向いたら「ご一緒できると光栄です」と小声で言い直された。
また間違えたようだ。
お茶会ではなるべく喋らないようにしよう。
つけ焼き刃だけど、お茶会までマナーのおさらいをした。もちろん気休めなのは分かっている。
そして、お茶会の当日、質がいい落ち着いたドレスをまとい、入念に準備をした。ドレスに関しては、ベルのおかげで引け目を感じずにすむ。
これがしみじみありがたい。
ジョエル様の読み通り、ブライアン様も出席する。
迎えに来たブライアン様のエスコートで、私は王妃の温室に向かった。途中、尻込みしたくなる度、何回も自分を励ました。
「緊張されてますか? 大丈夫、気楽に楽しんでください」
そう言われましても。
「だって、王妃様ですよ。気楽は無理です」
「じゃあ、ジョエルの母親だと思ったらどうでしょう」
⋯⋯どうだろうか。少し楽?
ところがお茶会のテーブルを見て驚いた。ジョエル様とチャックが座っている。
「マリア嬢。こっち、横に座って」
従僕が私をジョエル様の隣に案内し、反対隣にブライアン様が座った
席は後一つ。すぐに王妃がいらっしゃって、その席に座った。ジョエル様にそっくりの華やかな顔立ちと、明るい表情の美女だ。
私が作法通りに挨拶すると、ごく気さくに声をかけてくださった。
「ようこそ、マリア・クルス嬢。今日は楽しんでいってね」
すぐにチャックが膝に乗ってきて、いつものような気楽な雰囲気に包まれる。
すごく気が楽だけど、あまりに砕けすぎで不安になった。
それにブライアン様とジョエル様に庇護されている、いけ好かない令嬢に見えないだろうか。
周囲を見ると、護衛の女性騎士がこちらを睨んでいるのに気付いた。
侍女は無表情だが、あまり良く思われていない気がする。
私はチャックをジョエル様に渡して、小声で話した。
「あの、ジョエル様、ありがとうございます。でも、初めてのお目見えで、これでは失礼ではないかと思います。チャックは部屋に戻してはどうでしょうか」
王妃がニヤッと皮肉っぽく笑った。
「マリア嬢の方が、しっかりしているみたいね。ジョエル、気に入った人間に甘くなりすぎる癖、直っていないわね」
そう言って、ジロッとジョエル様を睨む。それからブライアン様の方に目を移した。
「ブライアンは珍しいわね。いつも憎たらしい程そつがないのに。この令嬢が特別なのかしら?」
「はい」
ブライアン様が真顔で答えた。
周囲に動揺が走る。
「あらまあ……そうなの。それであなたは?」
王妃は持っていた扇子を広げて口元を覆い、横目で私を見る。
私は目が回りそうだった。そういう話の場ではないはず。それに、特別とは、何を指していて、私は何と言えばいいのか。
言いあぐねて、差し障りのない言葉を捻り出した。
「あの、ブライアン様には、とてもお世話になっております」
ふっと扇子の陰で、王妃が笑った。
「ブライアンを振る女性を、初めて見たわ」
こわごわと隣に座るブライアン様を見ると、いつものようにニコッと微笑んでくれる。
その笑顔を見た瞬間に、私はブライアン様に甘えていた自分に気付いた。
そして、このままではいけないと思った。それで、王妃の方を向いて、はっきりと言った。
「私にとって、ブライアン様は特別な方です」
口にしたら、その言葉がストンと胸に収まる。
とんでもない事を言ってしまったが、これでいいと納得できた。
隣で椅子がゴトッと音を立て、ブライアン様が立ち上がって私の手を取った。
「本当ですか?」
「はい」
「チャックより?」
「はい」
ポカンとしている周囲の人たちの中で、ジョエル様だけがすぐに反応した。
「ついにチャックに勝って恋人に昇進かな? おめでとう」
チャックの前足を持って、はしゃいでいる。チャックも一緒に嬉しそう。
その姿を見ると力が抜けてしまう。
すぐに肩を揺すぶられた。
「チャックを見ないで、私を見てください。私の方が好きなんですよね」
ブライアン様の必死な言い方に、目を丸くする。他の方々の視線の圧が凄い。
「はい。好きです」
思わず答えると、急にキスしようとして来た。
私は両手で、彼の口を覆って、「駄目です。こんな所で」と言っていた。
周囲は唖然としている様子。恥ずかしくて身の置き所が無い。
ぷっと吹き出す声がした。
さっき睨んでいた女性の護衛騎士だ。私と目が合うと、口を手で覆って、横を向いた。
「エマ。笑うの止めろ」
「申しわけございません。全力で我慢しましたけど、限界を突き抜けました」
そう言うと、遠慮なく笑い始めた。
ブライアン様はふてくされたような顔をしている。それは初めて見る表情だった。ちょっとツキンと胸が痛む。これは……何?
「ブライアン、座りなさい」
王妃が命じ、その場の皆が、はっとして態度を取りつくろった。
そして、それぞれの作業に戻り、侍女たちはお茶やお菓子を運んで来る。その表情は先ほどまでと違い、柔らかくなっている。
「マリア嬢、なんだかおもしろい話が聞けそうだけど、それは後でね。ベルシアへの招待を受けると聞いているわ。その時に、私の代理として弔問の使者を務めたいそうね」
「王妃様、それは私が提案したことです」
そう言って身を乗り出したブライアン様に、王妃様は畳んだ扇子を向けた。
「ブライアン、私はマリア嬢と話しているの。あなたは黙っていなさい」
王妃のきっぱりとした言葉に、ブライアン様が引いた。
王妃は、真直ぐ私を見つめている。
この提案は、私の身の安全を思って、ブライアン様が用意した盾の一つ。でも、その盾を持つのは私。当事者は私自身なのだ。
「若輩者ですが、もしお任せいただけるなら、そのお役目を果たしたいと考えております」
王妃は私をまたじっと見ている。
「今回のベルシア王家の招待は、何やら不自然なところがあるわ。昨日、クルス家全員で来て欲しいという追加の書簡を受け取ったところよ。何らかの思惑があるのは、私も分かっているわ」




