ベルシア王家の戸惑い
前半は、ベルシア王家の話です。
後半は、マリアの方に話が戻ります。
◇◇ ベルシア王太后の部屋で (マリアたちが大叔母を訪ねた日のこと) ◇◇
「ねえ、なぜ王太子に石が反応しないのかわかった?」
王太后は苛立たし気に大司教に聞いた。
「まだ、調査中でございます。王太后様」
石がベルシア王家に戻った時、王太后は大喜びした。ところが石は、王にも王太子にも反応しなかった。
慌て、いらだつ王妃に、大司教が告げた。
今回は、マーカス前王から王を飛ばして王太子への譲渡という、いつもと違う流れだ。
正式な儀式で、譲渡宣言を受けたのは王なのだから、王から王太子への儀式が必要なのかもしれない。
また、石があまりに長い事、この地から離れていたせいで、王族との絆が薄れている可能性もある。
そう告げた。
そして、まずは教会の内部で石の浄化を行い、その後、改めて王から王太子への譲渡式を行おうと提案した。
それから一か月間、石は大聖堂の奥深くに安置され、大司教による毎日の祈りと、聖水での清めが行われた。王太后も、王も王太子も、何回かその様子を見に大聖堂に足を運んだ。非常に恭しい儀式が毎日行われている。
その様子に満足し、これで譲渡式を改めて行えば、大丈夫だと胸をなでおろした。
対外的には、石の加護は、マーカス前王の死と同時に、王太子に移ったとされている。
前王の願いとはいえ、自分を飛ばして、王太子に加護を譲ることに合意した王は、謙虚で愛情深い賢王として尊敬されている。
あとは、秘密裏に儀式を行えばよいだけだった。
一ヶ月後、大聖堂の内部で、王族と大司教のみで秘密裏に儀式が行われた。
この儀式で、王が、王太子に石を譲渡すると宣言した。
しかし王太子に石は反応しない。ここで、全員が息をのんだ。
マーカス王の時の事を思い出しながら、大司教は言う。
「石が王族以外に披露されるのは、儀式の時だけですが、石の姿は隠されていて見えません。ですから王族以外で、その姿を知る者はごく少ないのです。譲渡の儀式の時、司祭や高位貴族が見るのは、加護を持つ者がそれを手にした瞬間の光だけです」
加護を持つ者は石をいつも身に付けている。石は、その姿と輝きが見えないよう、工夫されているという。そのため、石の姿は身近に仕える従者にしか明かされていない。
「王太后様、この石は本物なのでしょうか」
おずおずと尋ねる大司教に、王妃が尖った声を上げた。
「わかるわけないじゃないの。あの人ったら、石の姿かたちは思い出せなかったのだから。記憶が戻ったはいいけど、全部じゃなかったのよ。いらつくわ」
はあっと、大司教は息を吐きだした。
「もうすぐ、クルス伯爵家の者たちがこちらにやってくるわ。孫娘たちを来させるように匂わせたけど、全員揃って来てもらいましょうか。何か知っているかもしれない」
王太后は、所在なげに立っている王と王太子を睨み付けながら命じた。
「クルス家全員を招待するわ。まずは懐柔して、なんでもいいから聞き出すのよ。いいわね」
そう言うとくるっと踵を返して、大聖堂を出て行った。
後ろ姿を見送った王が、こっそりと王太子に尋ねた。
「お前は、マーカス前王に害をなしたことなど、無いな?」
「もちろんです」
「密偵に調べさせた感触では、クルス家は石について何も知らないようだ。これを持ち帰った者も、これだと確認したわけではないと言っている。この石は本物ではないかもしれないな」
二人は紫のクッションに埋まっている、金色の猫目石を見つめた。
王太子が指で触れたが、やはリ光らない。石は目を上に向けたまま、静かにそこに収まっている。
◇◇ マリア視点に戻ります ◇◇
大叔母様の家を訪問した翌日は、朝から大騒ぎだった。
王宮の部屋に仕立て屋がやって来るので、ベルが張り切っている。そのせいで、朝早くから、私は大量の朝食を食べさせられた。
「お嬢様、ドレスの仕立ては体力勝負です。しっかりと食べてください」
ベルの勢いに押され、いつもより食べすぎている。ちょっとお腹が苦しいので、採寸に差しつかえるのではと聞くと、鼻で笑われてしまった。
「お嬢様は痩せ気味です。もっと肉を付けて大丈夫。ベルシア訪問までに体重増加に励みましょう」
そう言って、少し緩めにコルセットを締め、脱ぎ着が簡単そうな薄手のドレスを着せてくれた。髪は緩く結い上げている。
「これで準備はばっちりです。チャックもジョエル様の所に置いて来たし。さあて、仕立て屋のお手並み拝見。ブライアン様が選んだ仕立て屋ですから、間違いはないと思いますよ」と浮き浮きと言う。
仕立て屋は時間通りにやって来た。
「本日はよろしくお願いします。いつもですと、少し遅れてご訪問いたしますが、ブライアン様より、時間ぴったりに行くよう、申しつかっております。クレアと申します」
そう言って、丁寧に頭を下げた。
それから、ベルを見てニコッとした。ベルもニコッと微笑み返している。
そのまま私の部屋に布やレースやリボンの山が運び込まれた。助手たちがきびきびとそれらを部屋の隅に積んでいく。
その間に非常に手早く採寸が終わっていた。
「まずは、布地を選びましょう」
そう言うと、助手に向かって、「濃いグレイの布を並べて頂戴」といいながら、私の周囲をぐるっと一周した。
「いい布がありますわ。お嬢様の肌色と、雰囲気にぴったりのものが」
濃いグレイの布のグラデーションの中から、一枚をゆっくりと引き抜き、それを私の肩に掛けた。
すぐにベルが近寄り、「ふーん」と言いながら、眺めまわす。
「いいですか?」と聞いて、その布でドレープを作り、様子を見る。
「色は良いけど、少し柔らかすぎますね。もう少し織の固めの物はないでしょうか」
べルが聞くと、すぐにもう一枚を引き出し、それを反対側の肩に掛けた。
「これくらいがちょうどいいですね」と、べルは凄く真剣な目で布を見てから、私の刺した刺繍を胸のあたりに当ててみた。
「まあ、素晴らしい刺繍ですこと。これを胸宛てに使うのですね。それならばこちらの布もいい具合になると思います」
クレアはもう一枚を引き出し他の布を外して、それを掛け直した。
「まあ、相性がいいわ。これは素敵だわ」
クレアはその布を私に着せるように纏わせ、胸の辺りに刺繍した布をピンでとめた。
ベルが、布を摘まんでドレープを作り、ピンで留め、レースを幾種類か選び出し、周囲に飾っていく。
クレアは、全体を見ながら、リボンとレースを追加していった。
私は姿見に映る自分と、妖精のようにくるくると周囲を回る二人を、目を丸くして眺めていた。
みるみる内に、私は素敵なドレスを身にまとっていた。
「ねえ、二人共妖精? それに知り合いだったの? 凄く息がぴったりよ」
クレアが喜びを満面に湛えている。
「こんなに楽しいドレスの仕立ては初めてです。これはいい出来ですわ。腕がなります」
「これに、濃紺のパイピングを加えたいんです。どうでしょう」
ベルはキリッとした表情でクレアに問いかける。
クレアもキリッとして、指を顎に当てて、何か考え始めた。
「この肩の所から上腕部分の袖の切り替えにパイピングはどうでしょう」
「袖の切り替え部分にも、同じ刺繍を加えたいと思っているのです」
ベルはそう言いながら、小さい刺繍布を当てる。そこにクレアが、黒に近いような濃紺のベルベットを当てた。
すると全体がキリッと引き締まった。
「素敵」
思わず私はつぶやいた。
「これもいいけど、白っぽいグレーもいいですよ」
クレアがそう言いながら、グレイのベルベットに変える。
濃紺は重々しくなるけど、薄いグレイの方だと、初々しさが強調される。
どちらも品が良くて、格式が高い雰囲気になるのは一緒だ。
「どちらも素敵ね。迷ってしまう」
ベルが、「さすがのセンスですね。これには薄いグレイの方がいいわ」と言う。
クレアはささっと、紙に私の姿絵を書きつけ、布の種類や、飾りを書き込んだ。とても素早いので、魔法を見ているようだ。それから私の方を向いた。
「お嬢様、ブライアン様にも、この状態で見ていただきましょう。イメージを合わせておきたいのです。宜しいですか」
「ええ、いいわ。とても素敵だもの」
ブライアン様は少し経った頃にやって来て、この部屋に通された。
そして私を見るなり、両手を組んだ。
「何て見事なんだ」
その言葉が心からの驚きなのが伝わり、私は喜びで胸がはちきれそうになった。
それは両脇に立ち、髪飾りを選んでいるベルとクレアも同じだったようだ。二人共誇らしげに胸を張っている。
ドレスのデザインは想定していたより早く決まり、仮縫いの時期もずっと早くに設定された。
「こんなにぴったりなら、デザインの変更もありませんし、自信をもって作業を進められますわ」
クレアはそう言っていそいそと帰って行った。




