ベルシアからの書簡ー2
クルス伯爵家宛てなので、本来父が受け取る物だが、内容は確認しておきたい。
さっと目を通す。
『昔、世話になったエリスの孫に、故人の形見と感謝の品を贈りたいので、ベルシアに招待したい』
ベルシアへの招待状だ。
「これはお断りしてもいいのでしょうか」
私の問いかけに、ジョエル様が眉を下げた。
「ここまではっきりと招待されたら、よほどの理由でないと断りにくいね。正式な書面で、しかも好意的な誘いだ。たとえ、裏にどんな含みがあろうとも」
ジョエル様は、しばらく私の様子を見ていたが、ため息をついた。
「どうやら、すごく行きたくない理由がありそうだね」
ブライアン様が腰を浮かしかけたが、それを片手で押し留めた。
「詮索する気はないよ。ただ俺は第二王子だ。色々と敏感に察することができなきゃ、生きていけないのさ」
そう言ってウインクした。
チャックも一緒にこっちを見ている。とっても嬉しそう。
「クルス伯爵家の代表で、兄一人が出向くのではまずいでしょうか」
「あ、ごめん。目録が入っていたのだけど、女性向けの品ばかりなんだ。エリックが行ってもいいけど、どう見ても女性たちを招待しているとしか思えないよ」
伯爵家が他国の王族の正式な招待を断ることは難しい。
もし私が病気だと嘘をつけば、妹のノエルと母が行くことになる。そして無事に帰してもらえるかは、わからない。
狙いは私とノエル? 祖母と直接会うことができないから、孫を見て推測したいのだろうか。
もし夫の過去の恋人が許せないのだとしても、私たちがどうこうできるものではない。
私はジョエル様に尋ねた。
「その書簡は、私の父に渡されるのでしょうね。届けに行く役は、私にお任せいただけないでしょうか」
「そのつもりで持って来たのだろ、ブライアン」
「ああ。これを届ける時は、私もクルス伯爵家に同行する」
クルス伯爵家に書簡を届けるのは、ブライアン様が追悼訪問団の報告や、後始末を済ませた後とし、四日後に決まった。
その話し合いの最中に、ベルシア訪問の時期がいつになるのか、私には見当がつかないと言ったら、ジョエル様が、二か月後くらい先だと教えてくれた。
王族からの招待の場合、訪問の日程やメンバー等に関し、先に国王の許可を取る必要がある。
ベルシア側に打診するのは、その後で、調整が付くまでかなり時間がかかるものらしい。
私はため息をついてしまった。
その二ヵ月で対策を考えなければ。
兄はベルシアに同行出来るのだろうか。近衛騎士団のスケジュールは?
ぐるぐる考える私に向かって、ジョエル様が明るく声を掛けてきた。
「マリア嬢は、我が愛するチャックの世話係だ。私にだって無関係じゃないから相談に乗るよ。それよりも、ベルシアに行くとしたら、その間チャックがどうなるかあまり考えたくない。きっと、元気がなくなるか、毎日ぐずるはずだ」
そうだ、チャックとも長く離れるのだ。
敵地に、何も知らないノエルを連れて行くだけでも重荷なのに、癒しは取り上げられるとは。
思わず、はーっと溜息が大きく漏れてしまった。
そんな私を、ブライアン様はおろおろと見ていたが、きっとジョエル様を睨んだ。
「睨むなよ、ブライアン。俺に伝えておいたほうがいい事があれば、言えよ。まあ、少しは協力できるかもしれないし。詮索はしないが、協力はする。いい奴だろ。俺って」
ジョエル様の明るい顔と、その下の方にいるチャックの嬉しそうな顔を見たら、力が抜けてしまった。
そして私もつられて笑顔になる。
「凄い威力ですわ。ジョエル様とチャックを見ると、気持ちがぐんと引き上げられるようです」
思いっきり晴れやかに、そう告げた私の腕を、いつの間にか横に来ていたベルがトントンと叩いた。
そして控えめに、「お嬢様、ハンカチが汚れておりますので、交換いたしますね」と言い、新しいハンカチを渡してきた。
ベルの表情が、「駄目ですよ」と言っている。
アラッと思って周囲を見ると、ジョエル様は驚いた顔、チャックは嬉しそう、ブライアン様は下を向いている。
「あの、駄目だった?」
扇子で隠して小声で聞く私に、ベルが小さくコクコクと頷く。
「失礼しました」
「いいや。チャック共々褒めてもらえて光栄ですよ、マリア嬢。でも、人間の男の中で一番のお気に入りは、ブライアンなんだそうですね。残念だなあ」
ジョエル様がいたずらっぽい表情でフォローを入れてくれた。
「マリア嬢。その言葉に変更はありませんね。人間の男で一番は私ですね?」
いつの間にか、ブライアン様にまた手を握られている。
私は大きく縦に首を振った。
彼はほっとしたように、私の手の上に額を付けている。
「女性のあしらいがスマートで、いつだって余裕のあるブライアンが、こんなに振り回されているなんて。凄いね、マリア嬢」
アンッとチャックが吠える。
「やっぱり、お前もそう思うか?」
「すみません。今まで殿方との交流がほとんど無かったので、少し対応がおかしいらしいのです。今から頑張って勉強します」
私が言い訳をすると、ジョエル様が笑った。
「だから早く責任を取りたいわけだ。他の男がその気にならない内にってことだな」
ブライアン様とジョエル様は本当に仲がいいようだ。言うことがお互いにあけすけで、結構頻繁に手も出る。
ブライアン様が、また書簡を投げつけた。
「お前、クルス伯爵家に持って行く前に、ボロボロになったらどうするんだ。やめろよ」
そう言いながら、ジョエル様も投げ返している。
「できれば、紛失させたかったんだよ。公式文書の目録にきっちり載っているから、捨てられなかったけどな」
チャックがテーブルの上に乗り、飛んでいる書簡目がけてジャンプした。
「あ、お前! あーあ、歯型が付いたかも。どうしよう、これ」
ベルが控え目に私に合図した。
「私の侍女に任せましょう。ベルは非常に優秀な侍女です。きっとうまく修理できます」
ベルは、「目立たないよう、直させていただきます」と静かに言った。
チャックがいたずらをすると困るので、チャックはジョエル様と一緒に部屋に残ることになった。
ジョエル様の部屋を出ると、ブライアン様が部屋まで送りますと言う。
朝食のオムレツのお礼を言い、王子殿下の食事は、いつもの物より一段と美味しいと話しながら、ゆっくりと歩いた。
部屋に入り、ベルが書簡を広げて修理の準備を始めると、ブライアン様がベルを呼んで隣室に移動した。
なんだろうと不思議に思っていたら、ベルが出て来た。
「お嬢様、お伺いしたいことがあるのですが、いいでしょうか」
私に向き合うベルの表情が、少し硬い。
今週は開始週なので明日も更新します。
読んでくださいね。




