チャック様付き侍女ー2
浴室の様子を確認してから、チャックの部屋に向かう。
そこが私の部屋でもある。
ジョエル様の続き部屋にいたチャックを、王子の不在中、私の部屋に連れてきたら、すっかりここに居着いてしまった。
侍女や従者たちも、いつのまにか、ここをチャック様の部屋と言い始めている。
私はタオルの棚から、真っ白いタオルを二枚選んだ。それとチャックのおやつも少し袋に入れて、タオルの上に重ねる。
お風呂に入ったら、これを食べさせてあげるのが習慣になっていた。
先ほど見た時には、湯舟にお湯を運んでいる最中だったので、そろそろ入っている頃だろう。
支度を整えてから浴室に戻ると、ブライアン様はお風呂から上がったばかりのようで、髪を拭きながらソファに腰掛けている。
私を見ると、黒絹の毛先から水を滴らせながら、ニコッとしたのだが⋯⋯
私はすぐに下を向いてしまった。別に普段通りなのに、なんだろう。
直視しにくい。
全身が上気していて、気だるげで、満足したようにトロンとした目をしている。
上等の麻のシャツのボタンは、あまり上の方まで留められていない。
「どうかしましたか? マリア嬢」
「何でもありません」
――ありすぎる気がする! チャックが来てくれるまで、ここで待とう。
「こちらにお座りください。そんなに離れていては寂しいです」
おねだりの目?
チャックと同じだわ。まさか真似してないわよね?
こわごわと、ゆっくり側に寄っていくと、彼は立ち上がって私の手を取った。
掌が温かくてホカホカしている。
身をかがめると、私の手の甲に軽くキスしてニコっとした。
「もう驚いて飛び上がったりなさいませんね」
そう言ってもう一回キスすると、次に手の平にキスした。
背筋にビリッと電気が走り、体ごと後ろに飛び退くと、一瞬で間合いを詰められていた。
やっぱり騎士だわ。逃げられない?
「あの、困ります」
「私が嫌ですか?」
「そんなこと⋯⋯」ないですけど、それとこれは別!
お湯でほてったブライアン様の身体から、ぬくもりが伝わって来る。それにとてもいい匂いがする。
私の頬にポツンと水が滴った。
髪がまだ濡れたままだ。乾かさないと身体に悪いと思い、とっさに彼の首にかかっているタオルで、彼の前髪を押さえた。
そうしたら頭を少し下げてくれたので、急いで髪をタオルで拭いていたら、そのまま彼の顔が私の方に近づいてくる。私は手を頭に伸ばしたままなので、これではまるで⋯⋯
アンッ
チャックが胸のうえに乗っかり、顔を舐めまわしている。
苦笑いのジョエル様が、その向こうに見える。
「チャック――!」
――助かった。
私はチャックを抱きしめてササッと逃げた。
「ブライアン、今日は止めとけ。普通じゃないから、やりすぎて嫌われるかもしれないぞ」
ジョエル様が、すぐ横に立って、肩に手を置いた。
ウウーという低い唸り声が聞こえる。チャックの真似をしていても、ずっと大型犬で獰猛なようだ。
「怒るのはやめろ。俺は助けたんだぞ」
そう言うジョエル様の手を、遠慮なく払い除けて、彼はソファに座ってしまった。
「マリア嬢、そっちに座ってくれ」
そう言ってジョエル様が向かい側のソファを指す。そしてさっさとブライアン様の隣に座った。
「気持ちよかった。生き返るよ。チャックとも一緒に遊べたし、なあチャック」
私は水の入ったお皿とおやつをテーブルに置き、チャック用のおやつのビスケットを一つ取り出した。
一つ口元に持っていくと、一口で食べて、私の手のひらを嗅いでいる。
「もう三つよ。いい子だからお行儀よく食べてね」
そう言い聞かせて、もうひとつあげる。
チャックは水を飲んでから、また次をねだった。短いしっぽがピコピコしている。
ジョエル様は、そんなチャックをデレッとして見つめているけど、ブライアン様は不機嫌だ。
久しぶりに会えて嬉しいのに、なんでこんな雰囲気になってしまったのだろう。
私は寂しく思いながら、ブライアン様の様子を伺った。
そうしたら目が合った。
彼もこっちを見ていたみたい。
それで思い切って、声をかけてみた。
「お疲れ様でした。久しぶりにお会いできて、とても嬉しいです」
途端にパアッと表情が明るくなる。うわあ、変化が激しいわ、と驚いている間に、私の横に座っていた。
そして両手を握りしめ、「私もです。会いたくて、心配でたまらなかった」
そう言いながら、にじり寄ってくる。
そして、「抱きしめたい。いいですか?」と言いながら、抱きしめられた。
驚いたけど、全然嫌ではないけど、でも恥ずかしい。ジョエル様が目の前にいるのだ。
ジョエル様はびっくり顔だったけど、すぐにニヤッと笑ってウインクをして見せた。
ふう――!
仕方ない、このまましばらくじっとしておこう、とあきらめて力を抜く。
広い胸が温かい。腕の中に包まれて、リズミカルに聞こえてくる心臓の音をじっと聞いていた。
少しすると、それに混じって、軽い寝息が聞こえてきた!?
見上げると、彼は目を瞑っている。私に抱きついたまま、寝始めているようだ。
「ブライアン様。ダメですよ、起きてベッドにいきましょう」
すると、むにゃむにゃ言いながら、顔を寄せてきた。
柔らかい唇がフニャっと、私の唇にくっついている。
ええ? えっと?⋯⋯
そのままずるっと私の肩に突っ伏してしまった。
「あれ、ブライアン? 全く⋯⋯ん、何? マリア嬢、どうしたの?」
チャックと遊んでいたジョエル様が、ブライアン様が寝てしまったのに気付き、声をかけてくれているけど、動けないし、反応できない。
――これは、ファーストキス、かしら。
でも、ブライアン様、もしかしたら寝ぼけている?
「おーい。何か言ってくれ。こいつ何かした?」
「いいえ!!」
すごく上ずった声が出てしまった。
ジョエル様がじーっと見ている。
多分、顔が真っ赤になっているだろう。
「ゴメンね。ベルシアで向こうの王族や貴族との交流をしていて、君の話も出たせいか、急に焦り始めてさ。あっちにいる時から、帰国のための手配を急がせたり、引き留めに掛かる令嬢方をさばくことまで、すごい無理をしていたから、疲れが一気に出たようだね」
チャックを膝から下ろし、こっちに来ると、「よいしょ」と声に出して彼を引き剥がしにかかった。
私からなかなか離れようとしないのは、チャックと一緒だ。しかも体格が良いので、私ではどうにもできない。
「おおい、立ってくれよ。マリア嬢からも声をかけて」
「ブライアン様、立ち上がってください。ベッドに入って寝ましょうね」
またむにゃむにゃ言いながら、キスしようとする。ジョエル様が上半身を引き剥がした。
「こいつがこんな状態なのって、十歳以来初めて見たかも。マリア嬢に良く懐いているな。なあ、チャック」
そのチャックは一緒に寝ようと思っているのか、ブライアン様と私の間に潜り込もうと頑張っている。
「今日はここで寝させるよ。マリア嬢はもう下がっていいよ」
そう言って肩を貸して、ブライアン様を、ほとんど引きずって歩き始めた。
その足をピタッと止めて振り向いた。
「ところで、君たちって恋人同士なの?」
「⋯⋯いいえ、違うと思いますけど?」
ジョエル様は中途半端に首を傾げ、「ふーん」と言った。




