チャック様付き侍女ー1
第二部開始です。
王宮務めを始めて三週間ほど経った頃、ベルシアへ追悼訪問に行っていた王子たちが戻ってきます。そこからのスタートです。
そして、ベルシアからは、思いを込めたプレゼントが!!
「まあ、あなたが噂のチャック様付き侍女なのね」
三人の淑女たちは私を見て、嬉しそうな声を上げた。
三人の視線は書籍を抱えた私のエプロン下方に集まっている。
そこにはチャックがいる。エプロンのポケットから、手と頭を出しているのだ。
『チャック様付き侍女』の呼び名通りに、まさにチャックがくっついている。
チャックは私が室外に出る時も付いて来たがる。仕方なく抱っこして連れて行く時もあるが、物を運ぶときは部屋に置いていく。
そうはさせまいと、私のスカートに飛びついたのが最初だった。
大きなフリルに引っかかって、一瞬ぶら下がったが、すぐにズリ落ちた。それでも何度も飛びついてきた。
どうも、このぶらんとした状態が気に入ってしまったようで、私が外に出ようとすると、スカートに飛びついてくるようになってしまった。
結構ジャンプ力があって、膝の上くらいまで飛び上がって来る。
ベルは怒り、ブライアン様は、またドレス代を第二王子に突き付けた。
仕方なしに、今はドレスの上にエプロンを付けている。その下の方にポケットがあり、スカートに飛びついたチャックは、そのままずり落ちてポケットに収まるのだ。
せめてもと、エプロンをフリルとレースと刺繍で飾っているので、パッと見た感じはドレスの重ねのように見えるはず。チャックが入っているけど。
「やあ、久しぶりだね、マリア嬢」
朗らかに笑いながらやってきたのは第二王子のジョエル様だ。
そう言ってから、視線を下に向けた。
「会いたかったよ、チャック。相変わらず体を張って、ブライアンに対抗しているな」
私はすぐに脇に控え、ご挨拶をした。
ジョエル様は、ベルシアの前王崩御の追悼訪問団を率いて、外遊中のはずだ。
まさか、なんの前触れもなく、ここに現れるとは思ってもいなかった。
「ベルシアからのお帰りは、もう数日後になると伺っておりました」
「その予定だったんだけど、誰かさんが早く帰るって言い張ったんだ。もうさ、駄々っ子だよ。私はあいつに引きずられて、へとへとになりながら帰国したわけさ」
ブライアン様、しかいないわね。ジョエル様にそんな無茶を言えるのは。
王子の服装はだいぶくたびれて、髪も乱れている。
「仕方ないから、戦闘訓練の一つだって言い張っての強行軍さ。チャック、お前の癒やしが欲しい。慰めてくれ」
そう言って、チャックの方に手を伸ばしたが、そのまま近寄ってこない。チャックもジョエル様を横目で見たまま、スカートから離れない。
実はジョエル様は、スカートにくっついたチャックを見物するのが楽しみなのだ。
それと同じくらい、ブライアン様が、チャックに対抗しようとするのを楽しんでいる。
思いがけないことに、ブライアン様は本気でチャックに妬くのだ。
「お前が振り回したせいで、振り切っちまったな。冷静でそつのない、我が国の誇る貴公子が、おいたわしい」
兄にそう耳打ちされた時、その様子を見たブライアン様が、私を兄から引き離しに来た。
どうしてしまったのだろう。
「さあ、本は私が持つから、君はチャックを抱えてくれ」
ジョエル様が本をヒョイッと取り上げた。
私はお礼を述べてから、チャックをスカートからはがして抱き上げた。猫でなくてよかったわ、と思う。
「王宮の勤めには慣れた?」
「はい。皆さん、親切にしてくださるので、とても居心地がいいです」
これは本当だった。付き合いが難しいと言われる王宮勤めなのに、気が抜けるほど周囲が好意的なのだ。
全てはチャックのおかげ。
チャックがスカートに張り付いているのを見ると、皆笑ってしまうせいだった。
扱いの難しいチャックが、大人しく言うことを聞くというのも大きい。
要するに、どんな人物かわからない新参者でも、第二王子に取り入った危険人物でもない、特殊枠として受け入れられたようだ。
「早く部屋に戻って、ベッドに飛び込みたい。風呂にお湯を張ってもらえないか。準備ができるまで、長椅子で仮眠する」
近くに控える従者に指示してから、チラっとチャックに目をやった。
「チャック、風呂に入るか?」
チャックは嬉しそうにハッハッと息をし始めた。チャックはお風呂で泳ぐのが好きなので、お誘いがあるとすごく喜ぶ。
「こっちにおいで」
ジョエル様が呼ぶと、行きたそうにしながらも、私のほうを伺う。
「こいつ、マリア嬢から離れたくないんだな。これは仕方ないなあ。マリア嬢も一緒に入ろうか」
そう冗談を言ったとたんに、筒状になった書類が飛んできた。
ジョエル様は咄嗟にそれを叩き落とし、飛んできた方に身構えた。
「お前、これの重みからいって、当たったら冗談では済まないぞ。それにこんなに無意味に頑丈な書簡、どこかの国か教会からの物だろうが」
「じゃあ笑えない冗談を言うな」
久しぶりのブライアン様だ。
ジョエル様と違い、身なりがピシッと整っている。一緒に帰国したのではなかったのかしら。
私はチャックを床に下ろし、落ちている書簡を拾い上げて埃を払った。周囲に布で縁取りがされていて、ずっしりと重い。
私は書簡を持ってブライアン様に近寄り、手渡した。
「いつ御帰国されたのですか。ジョエル様とご一緒だとばかり思っておりました」
「一緒に帰国し、王にご報告に行っておりました」
そう言ってニッコリする。顔を合わせるのが久しぶりで、気恥ずかしくて目を合わせられない。
以前に、じっくりと綺麗な瞳を見つめられたのは、どたばたした状況だったからで、通常の時にはじっと見るなど、とてもできない。
ブライアン様は、いつもより少し距離を空けて立っている。何となく寂しいけど、これが普通なのだ。
「ブライアン。王に報告に行ったと言うが、この数分で終えて来たって言うのか? いったいどんな報告をしたんだよ」
「ちゃんと、全員無事に帰国したことの報告だよ。詳細は明日だ」
「これだよ。こいつ、自分のいいように捻じ曲げちまって」
ブライアン様は、私のエプロンスカートに、再び入り込んだチャックを嫌そうに見た。
「こいつ、どうにかならないのか?」
「おい、我がチャールズお爺様の愛称を頂いたチャックに、こいつとはなんだ」
ジョエル様の言う通りで、チャールズ前王が、「犬を飼うなら、私の愛称を付けてくれ」と仰ったらしい。そのため、呼び名がチャックで、本名はチャールズなのだった。
「チャック、抱っこしてあげるから離してね」
そう言いながらそっと引っ張ると、大人しく腕の中に納まってくれる。そして、胸元に頭をくっつけて甘える。
ちなみに私はチャック様ではなく、チャックと呼ぶことを許されている。チャック様と呼ぶと、チャックが嫌がるのだ。
「俺も一緒に風呂に入る。服の着替えを貸してくれ」
ブライアン様がジョエル様をつついた。
「なんだよ。ま、いいけどさ。チャックと三人で入るか」
「マリア嬢、後でお会いしましょう。今は埃で汚れております。チャックも一緒に入れるので、後で浴室まで引き取りに来ていただけますか?」
そう言って、ブライアン様がチャックに手を伸ばす。ジタバタしているチャック越しに指先が触れた。
びくっとしてしまう。
「早くあなたに触れたいですが、綺麗にするまで我慢します。ではなるべく早く着替えてまいります」
えっ! あなたに触れたい? どういう意味。
カーッと顔が熱くなった。
「おい、距離感がおかしいぞ。新婚夫婦じゃないんだから、それはないだろ」
ブライアン様がきょとんとした。
「あ、そうだった……でも、ご挨拶の手へのキス位は、許していただけますよね」
そうにっこりと言う。
手へのキスだって困る。そんな挨拶は、経験が一度しかないのだ。
前回ブライアン様にキスされた時は、手がビクンと跳ね上がってしまった。
私が黙っていると、「さあ、早く着替えを選ぼう。行くぞ」と言って、さっさと先に立って、ジョエル様の部屋に向かって行ってしまった。
私からチャックを受け取り、ジョエル様は嬉しそうにグリグリとほおずりした。
「久しぶりのお風呂、楽しみだな。チャック」
それからこちらに向いた。
「ブライアンは、疲れておかしくなっているみたいだから、今日は少し気をつけてね。帰途の間、走り回って、遅れそうな騎士をひっぱたいて回っていたから」
「はあ」
そんな事を言われても、答えようが無い。でも、なんだか様子が変だとは思う。




