帰国中のある一幕
~~~* 馬車での移動中 *~~~
「もう少しで宿場に着きます」
馬車の外から顔を覗かせたローズ家の騎士が、窓を叩き、そう告げて走り去った。
目を開けたブライアンが、寄りかかって眠るマリアをそっと揺すぶった。
「マリア嬢、宿に着きます。起きましょうね」
声が優しい。
マリアは、嬉しそうにほほ笑むが、まだ眠ったままで起きない。
前に座るエマが、「ブライアン様にぜひお伺いしたいことがあるのですが......」と、珍しく逡巡する。
「何だ?」
「ベルシア国に残るとマリア様がおっしゃった時、ブライアン様が静観していたのが腑に落ちないのですが、本当に行かせる気だったのですか?」
「あの時は、少しでも時間を稼ぎたかった。もし味方の軍勢が間に合わなかったら、マリア嬢を抱えて馬で逃げるつもりだった。後からマリア嬢に叱られる、最悪の手だな」
そう言ってから、エマとベルに向かって「済まない」と言う。
ベルはブライアンに「それでこそお嬢様をお任せできます。万が一そんな事が起こったら、ぜひそうしてください」と力強く言う。
ブライアンはベルに感謝するような表情を向けた。
「だが王太子が前に出てきたので、活路が開けた。私は敵軍に飛び込んで、王太子を捕まえるつもりだった。ローズ公爵家の軍勢がもう少し遅かったら、そうなっていたかな」
エマが驚いて聞き返した。
「それだと、後々の問題になりませんか?」
「なるだろうな。だがあの時の状況では、それしかなかった。マリア嬢を一人残すことはできないし、こちらは全員殺されることになるのだから。そのまま拉致して国に連れ帰り、何らかの交渉をするしかなかった」
「全員が助かる手は、確かにそれしかなさそう」とエマが同意した。
ブライアンがマリアの手を優しく握る。
「マリア嬢に手を振り払われたときは、剣で切りつけられるより痛かったよ。でもあの時の彼女の目には逆らえなかった」
ブライアンがしみじみ言うと、エマも「そうですね。口出しできない雰囲気でした」とため息をつく。
そんな二人を見てベルが言う。
「こちらの騎士たちは重傷者もいるけど、命を落とした者はいませんでした。あれだけの戦いを、よくしのぎきりましたね」
「マリア嬢に釘を刺されたからね。無理な深追いを禁止したおかげだろうな。犠牲が無くてよかったよ」
エマがふと暗い表情になる。
「では犠牲になったのは、ノエル様付きのベス一人ですね。自業自得とはいえ……」
「自業自得、本当にそうですね」ベルが呟いた。
「クルス家の中で、ノエル様同様、ベスも甘やかされてきたのです。それが突然、要求されることが厳しくなった。それに私が目立つようになったのも、気に入らなかったのでしょう。でも、だからと言って……理解できない」
「ノエル様を保護してから周辺を捜したけど、遺体は見つからないままでしたね」
そうエマが言う。
「探してくれてありがとう。男爵家の娘同士で、私たち昔は仲が良かったのです。奥様の遠縁でもあるし、遺族にどう説明するのやら」
エマもベルも複雑な表情をしている。
ベルがしみじみと言った。
「今こうして平和に馬車に揺られているのが、夢のようですね」
ちょうど街に入ったようで、揺れが小さくなり、エマとベルは身の回りの品をまとめ始めた。
マリアが「んんっ」と声を出して、ブライアンの指をまさぐり、それに唇を寄せて、またほほ笑んだ。
ブライアンは愛おし気に、彼女の背中をゆっくりと撫でる。
「さあ、そろそろ起きてください、愛しい人」
その声に、マリアが寝言のようにつぶやいた。
「ん……チャック」
ブライアンの手が止まった。
マリアがゆっくりと目を開け、体を起こす。
ベルはマリアの目の前で、軽く口を開けて固まっている。
エマは窓に張りついて肩を震わせていた。
「あら? どうかした?」
ここで一旦完結設定にさせていただきます。
王太后との戦いは、これで終了。
続きは、このまま追加していくか、シリーズとして新たに一からスタートにするか、まだ決めていないので、決まったら活動報告に出します。
数か月準備期間を設ける予定です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




