国王軍の襲来
後方にいる兄とクルス家の騎士たちはどうなったのだろう。
そう心配した途端に、窓の外に兄が顔を出した。馬を走らせながらこちらに向かって怒鳴る。
「来ましたよ。ざっと見た感じで八十程度。舐められたものだ。ニコラス殿の積んでくれた盾を取り出し、応戦準備は整いました。どうしますか?」
目が生き生きとしている。
「もうちょっと先に進もう。矢を放って牽制しておいてくれ。まだ突っ込むなよ」
ブライアン様の目もキラキラしている。
これは危機ではないのだろうか。そう思いエマの方を見る。
彼女は緊張した面持ちで、二人の会話を聞いている。そして、私の視線に気付いて、「大丈夫です。逃げ切れますよ」と言ってくれた。
男たちより、女性騎士の方の方が、感覚が合いそうだ。
馬車はそのまま全速で走り続けた。
たまに馬車に矢が飛んでくる。ドガッという音がするたびに、私とベルは身をすくめてしまう。
この馬車にも、装備や武器が積まれていたので、エマはパッド入りの防具と鎖帷子を素早く着込んだ。いつもの凛々しく美しい女性騎士が更に強そうに見える。
ブライアン様がエマに指示を与えた。
「街道の途中にローズ家の騎士団が待機している。騎兵を中心に千呼んである。エマの父君も来ているはずだ。このまま馬車で一気にその集団の中に走り込んでくれ」
エマは頷いた。私たちが馬車の最後尾なのだ。
これは、私の頼んだこと。
「私と私の従者と護衛とで二十名だ。エリックたちに合流して、一緒に賊を討ち取る」
「それでも半数程度じゃないですか。大丈夫なのですか?」
驚いて、ブライアン様に聞き返すエマに、彼は面倒そうに答える。
「ニコラス殿が配備してくれた兵たちがすぐに駆け付けるはずだ。そちらと合流する。だから大丈夫だ」
私はエマに、「私たちは私たちの戦いをしましょう」と言った後、ブライアン様のジャケットの襟を引っ張って、キスした。
「だけど、全員無事に帰ってきてください。無茶するのは許しません」
「ご褒美は?」
「ありません。これは当たり前のことですから。誰かを犠牲にするような指揮はしないで」
ブライアン様は私を抱きしめた。
「私の司令官殿は、厳しい方だ」
そう言った後、彼は馬車から降りて従者の引いていた馬に飛び乗り、あっという間に見えなくなった。
それを見送っていた私に、エマが声をかけた。
「もっと飛ばしますよ。しっかり掴まってください」
そう言ってから、窓から身を乗りだして、「飛ばして」と御者に叫んだ。
それから周囲を固める護衛の騎士たちに、「とにかく速度よ。もう少し先に味方が待っているの。もし何かあったら、マリア嬢とベルを馬に乗せて先に行って」と言った。
私とベルは手を握り合い、座席の上で体を低くして、揺れに耐えた。
馬車は途中で、反対方向に走り去る騎馬の群れと行き違った。
「ブライアン様が言っていた、フェルドの騎士団でしょう。四十騎ほどでしょうか。これなら大丈夫かな」
エマが覗き込みながら言っている。
それなら一安心だ。
馬車の速度を少し緩めてもらい、私とベルはもぞもぞと椅子に座り直した。
「この先、あの騎士団もマリア様の領民になるわけですね。ニコラス様の事だから、良い人材ばかり、引っ張ってきているはずです。ベルシア王家と、さらに揉めませんか?」
ベルは不安げに私に問いかける。
「この状況なら、揉めないわけがないわ。ただ、その相手が誰になるのか、どのくらい敵対してくるのかが今はわからないもの。考えるだけ無駄よ」
エマは窓の外を覗き込み、後方を確認している。
「追ってくる者の姿が見えなくなりました。上手く足止め出来ているのでしょう」
そう言って安心させてくれた。 それから私の前に座って問いかけてきた。
「ところで、キャンプ地を去った時の状況では、王太后はかなり追い込まれていましたね。下手をしたら、蟄居幽閉です。あのまま王妃に抑え込まれるのでしょうか」
私は少し考えてから答えた。
「そうはならないでしょう。王が完全に王太后の味方だから。それに私たちは、国の問題として扱わないと言ったから、罪をアルバンに被せて終わりそうね」
ベルが悔しげに言う。
「失脚させて欲しいです。あんな無茶苦茶なゴリ押しをするなんて、呆れてしまいました」
「そうね、私も耳を疑ったもの。絶対権力者が黒と言えばっていうことね。でも王妃からは自信が窺えたわ。何らかの策があるのでしょう」
エマが 、「魑魅魍魎ですね。勝手に食い合ったらいいわ」と横を向いた。それから、突然窓に体を寄せた。
そして窓の外を覗く。
「後ろから……ブライアン様です。エリック様たちも……何かまずいことが起きたみたい」
そう言うと窓から身を乗り出し、御者に、「全速。私たちのことは気にしないで。本気の全速!」と叫んだ。
馬車がグンッと加速した。先ほどは、まだ加減していたらしい。
体がバウンドする。
それをエマが抱いて抑えてくれている。私たちはお団子のように固まって床に伏せていた。
窓の外からブライアン様の声が聞こえた。
顔を上げると、彼と目が合う。
「馬に乗り換えて逃げろ。大軍が来ている」
馬車が速度を落とし、しばらくして止まると、ブライアン様が乗り込んで来た。
「何のつもりかベルシア国軍が動いた。とにかくローズ公爵家の軍勢と合流しなければ無理だ。馬に乗り換えてくれ」
「王家がなりふり構わない手に出たってことですか!?」
エマが叫んだ。
「フェルドの指揮官が、領地に急に進軍してきた国王軍に、理由を問いただしている。そう長くは足止めできないだろう」
ブライアン様はそう説明しながら、馬車の周囲を並走していた騎士を四人選び出す。
一人をローズ公爵家騎士団への伝令として送り出した。馬が土埃を立てて、走り去る。
一人にベルを預け、一人はもう一人の馬に相乗りした。
私はエマと二人で一頭に乗る。
そこへ、少し後方の雑木林の中から、馬がいきなり飛び出してきた。
「ニコラス様の配下です」
馬に乗った男が、そう叫びながらこちらに向かってくる。
「ニコラス殿からの伝令か。国王軍が動いた理由についてか?」
「はい。後夜祭の最中に王が射殺されました。それで急遽、キャンプ地に随行していた近衛兵を中心に、王と王妃の私兵たちを集めて軍を編成、暗殺者の討伐に出ました。総勢五百程度です」
「手回しが良すぎるな。どういうことだ」
「ニコラス様がおっしゃるには、王妃と王太子によるクーデターではないかと」
私は口元を両手で覆った。
まさかと思いながらも、納得してしまう。
「それがなぜ、私たちを追ってくる?」
「王がこちらに向けた一部隊を、暗殺者に仕立て捕らえようとしているか……」
言い淀んだ伝令に対し、ブライアン様が、「それはない」と断言した。
「追手は私たちが叩き伏せた。その様子を目にしても、まるで止まる様子がなかった」
伝令が、ハッとしたように顔を上げた。
「もしくはマリア様が狙いかもしれない、とお伝えするよう言われました。王太子がマリア様を意識しているのは確実だそうです」
やはり王太子も、私が石の主だと知っているのだ。
それで、私たちを襲ってどうする気なのだろう。クルス家と違い、ブライアン様のローズ家は、リース国の準王族なのだ。彼を害したら国際問題になる。
「マリア様を除いて殲滅を図るかもしれません。王を暗殺した賊と鉢合わせたと言い訳ができますから。状況が非常に混乱していますので、討伐に向かう兵たちも、ほとんどの者は誰を相手に戦うのかわかっていないでしょう」
伝令の言葉に驚いて、私は口を挟んだ。
「初めの部隊も国王軍でしょう?」
伝令がこちらを向いた。
「あれは諜報組織の集団を中心に王の私兵が交ざっています。諜報組織は表に出ていない者が多いので、どうとでも言えます。
それから、諜報組織内に王妃側に寝返った者がいるようです。色々とタイミングが合い過ぎています。軍には王太子殿下も加わっています」
私の後ろに乗っているエマが、馬を操って伝令の前に進んだ。
「共食いを始めたってわけね。勝手にすればいいけど、どっちも狙いはマリア様。質の悪い魔獣の首がもう一個生えたみたい」
なんてことだろうと、思わずエマを振り返った。
「いや、違う。ニコラス殿に、目立たぬ内に引くよう伝えてくれ。相手は国と国王だ」とブライアン様が早口で言い、自分も馬に乗った。
「王が亡くなった今、王太子が王だ。そして彼が軍を率いているなら、私たちを生きて帰らせる気はない」
私は王太子の顔を思い浮かべた。
ダンスの時に「お手並み拝見」と言った、いたずらっ子じみた表情、王と王太后の後ろに立っている時の静かな無表情。
どれも今の状況に結びつかない。
エマが、「行きますよ」と声をかけた。
馬が走り出し、速度を増していく。
「ブライアン様は?」
「後ろから付いてきています。皆も。ローズ公爵家の騎士団に合流しない限り詰みます。舌を噛まないよう口をしっかり閉じて」
・・・・・次回は最終回です。・・・・・




