ベルシア王家内紛
「ローズ騎士団は、このキャンプ地から四時間ほど先の、街道沿いに待機しています。
王にはローズ家騎士団が迎えに来ている事を伝えてありますが、規模は言っていません。後はブライアン様にお任せいたします」と伝えてくれた。
両親とノエル、ロイドと従者たちが馬車に乗り込み、騎士たちの一部を護衛に付けて出発した。
これで、私の乗る馬車以外は出発した。
皆の安全が確保できるまで、私たちはここで国王たちの動きを監視しながら粘り、それから出発する。ほとんどの騎士は、最後に出る私たちの背後を守ることになっている。
「国王軍が後を追う可能性はありますが、表立っての理由がない今、それは規模が縮小され身分も隠した集団になるでしょう。私の方も国境まで監視を置きます。止められる分は止めておきます」
ブライアン様と兄がまた危ない表情に変わった。まずブライアン様が答えた。
「いえ、来てくれるなら応戦します。怒りと不満がたまっていますから」
兄は妙に嬉しそうに言う。
「私がクルス家の騎士たちと共に殿を務めます。私もかなり抑えるのが辛くなっていますからね。暴れたいところです」
三人は帰国と戦闘の両面について相談を始めた。
そんな会話の途中で、急に王のいる辺りが騒がしくなった。
「王太后様、アルバンとアルバンの協力者が、今回の事件は、王太后様の指示だと言っております。どういうことかご説明いただけますか?」
そう言ったのは王妃だった。
いつも王と王太后から二歩下がった場所にいる王妃が、二人の前に立っている。
そしてその後ろには、数人の近衛兵が立っている。
その兵たちは明らかにうろたえていた。
王妃の命令に逆らうわけにはいかないが、弾劾する相手が最高権力者の王太后なのだ。
王たちの様子を遠めに見ている貴族たちの目は好奇心で輝いている。
「バカなことを言うな。それになぜおまえに報告が行く」
「この狩猟祭には私の私兵も伴っております。その者たちが不審な男を捕まえたのです。それが偶然にも、逃げようとした共犯の男でした。その男が取引を持ち掛けてきました。真実を証言するから命の保証をして欲しいと」
王太后が立ち上がった。
「いい加減なことを言わないで頂戴。あなた、一体何のつもり?」
王妃は真っすぐ王太后に向き合い、そして微かに笑った。
「何かって? ベルシアの王妃です。それにあなたではなく、アメリア・フォンテインです」
周囲は一瞬ざわついたが、すぐに静かになり、緊張がその場を支配した。
「先ほどアルバンにも兵を向け、確認させました。そこで地面に座り込んでいましたのでね。そうしたら、自分も証言するから保護して欲しいと言っておりました」
貴族たちは今や真剣に事の成り行きを見守っている。
私は王妃の雰囲気が突然変わったことに驚いていた。
いつも伏し目がちな王妃が、笑みを含んだ表情で王太后を見据えている。
王妃を見ていて気付いた。彼女はずっと自分を隠していたのだ。私のように自分を変えていったのではなく、これが彼女の本当の姿なのだろう。
王太后の悪事をこんなにくっきりと表沙汰にできる機会は少ない。
逃げようとした共犯の男と、座り込んでいたアルバンを連れて行った兵は、王妃の手の者ということだ。
それにしてもあまりに手回しが良すぎる。王妃の席の後ろに居並ぶ私兵はかなりの人数だし、全く動揺が見られない。
王妃は元々この企みを知っていて、網を張っていたのかもしれない。私と目を合わせなかったのも、それなら納得がいく。
考えるうちに、それは確信に変わっていった。
では、王太子はどちらに付いているのだろうか。母親の王妃? それとも権力を握る王と王太后?
王太子は後ろの席から動かない。
王族の周囲に政権の主だった者たちが集まるにつれ、混乱は広がっていく。それを静めるために近衛兵が集まるが、何もできないでいる。
「他国からお招きした貴族の令嬢方に危害を加えようとするなんて、国の安全を脅かす行いです。クルス家の方々は、この件がはっきりするまで、逗留いただいた方がよろしいのではないでしょうか」
その内、考え込んでいた私の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。
ぎょっとして、私は顔を上げた。
それと同時に、私の横にいたブライアン様が、王たちの方に向かってゆっくりと歩き始めた。
そして王たちの座席の手前に立ち、非常に優雅にお辞儀をしてから微笑みかけた。
王族周囲に集まった者たちと、周囲で見守る貴族たちの視線が彼の上に移動し、静かになった。
「この度の事件は、一貴族の突発的な思い付きによるものと考えております。実際に実害はなく、令嬢たちへの侮辱に関しては、先程の決闘で決着がつきました」
そう言ってゆっくりと周囲を見回し、貴族たちの同意を確かめてから王に向き直った。
「この件でベルシア国に責任を問うことは決してございません。ローズ公爵家嫡男のブライアン・ローズとしての言葉です」
そう言ってもう一度優雅にお辞儀をした。
マントに刺しゅうされたローズ家の紋章が、かがり火に照らされる。宝石をちりばめた豪華な刺繍は、キラキラと輝き、その誓いに重みを与える。
彼は近衛騎士団の副団長ではなく、ブライアン・ローズとしてここに来ている。そのため、狩猟用マントもローズ家の物をまとっていた。
感心するようなため息があちらこちらから漏れる。
「マリア嬢、良い方をお選びになりましたね」
ニコラスが私に向かって言う。それから表情を曇らせた。
「我がベルシアは、いつの間にこんな魑魅魍魎の巣窟になっていたのだろう」
ひどい言いようだが、長年に渡って王妃のことを、ただ大人しいだけのお飾りと思っていたニコラスの衝撃は、私以上のはずだ。
ブライアン様は王族に有無を言わせず、「では、これにてお暇させていただきます」と言い、ものすごい速さでこちらに戻り、私の手を引いて馬車に乗り込んだ。
こんなに速いのに、急いで見えないのはどういうことだろう。
馬車は乗り込むとすぐに動き出した。一気に速度が上がる。
あからさますぎやしないかと思い、窓から後ろを見ると、兄が率いるクルス家の騎士団が、周囲に愛嬌を振りまきながら、ゆっくりと後を追ってきていた。周囲からの評判は上々のようだ。
騎士も従者も全員騎馬なので、機動力は抜群だし、たぶん何かあれば暴れる気満々なのだろう。全員が弓矢や槍をたっぷり持っている。
キャンプ地を抜けて、馬車は速度を上げた。
私は月の光で明るい外の風景をぼんやりと眺め続けた。
キャンプ地から一番近い街を通るとき、ここが自分の領地になることを思い出した。
だが全く実感が湧かない。
「やっと帰国できます。長かった」
ブライアン様がそう言って私の手を握る。
握られても、全然嫌ではない。
はーっとため息が漏れた。
「アルバンに手を握られたら、手が腐りそうな気がしたのに」
「アルバンを細切れにしなかった、私の忍耐力を褒めてください」
ブライアン様が言うので、頭を撫でてさしあげた。気持ちよさそうに目を細める彼は、お利口な大型犬のように見える。
ベルシアに来てからの、獰猛な野獣のような雰囲気は消えていた。
それを見て同乗しているエマとベルが、困ったようにもぞもぞする。
「お二人とも、平然といちゃつくようになりましたね。いいのですけど、目のやり場がないです」
エマのあけすけな言葉をブライアン様は鼻で笑って無視し、「国に帰ったらすぐに結婚式を挙げましょう」と言い出す。
私は笑ってしまった。
「まだ、婚約もしていませんが」
「急ぎます。できる限り急がせます。ベルシアの王太后が失脚したとしても、王がいるし、王太子もいる。王太子はあなたのことを、ずっと目で追っていた。もうあんな場所に、一秒だってあなたを置いておけない」
ベルが不安そうな表情を浮かべる。
「先ほどの王妃の態度、何となく嫌な感じでしたね。あの方も石のことを知っていて、ああ言ったのでしょうか」
「わからないが、私たちを留めて、何事かに利用しようとしている風だった。だから、『ベルシア王族の内紛など知ったことじゃない。口を挟まないから勝手にやってくれ』と告げた。迷惑もいいところだ」
ブライアン様は苦々し気に言った後、少し考えて追加した。
「あの王妃もいい感じはしないな」
私も同意見だった。虐げられるだけではない王妃にほっとしながらも、怖さを感じていた。
「ニコラスさんは、今から王妃の周辺を洗い直すのでしょうね。マーカス様の遺贈の件に、王妃までくちばしを突っ込んでくるのかしら。大変そうね」
私がその苦労を思いしみじみと言うと、ベルが「それって」と言いながら、私の方に身を乗り出した。
そこで、エマが腰を浮かし、ベルを遮った。
「何だか、後方がうるさいですね。何かあったのかしら」
ブライアン様が、「体を低くして」と叫んだ。
ドガッという音が幾つも重なり、馬車が少し揺れた。




