決闘
叫んだのはノエルだった。お付の騎士たちをその場に残し、私の横に走って来て周囲を見回した。
「私のせいです。私が王太后様に、『王太子殿下にハンカチを渡しにおいで』と言われて。
そうしたら行った先にいたのはアルバンだったのです。
姉は私の侍女に騙されて、テントから拉致されて連れてこられました」
そう一気に言って、それから涙をぐいっと袖で拭った。私は慌ててノエルにハンカチを渡した。
「私へのお仕置きと言って、アルバンがメイを殺しました。その時、『事情を知る者は消す予定だった』って言ってました」
そう言ってから、ハンカチでグイッと涙を拭った。
「これは全て私の招いた事態だから、人には言わないよう口止めされました。
姉の名誉が汚されるのも、アルバンと結婚しなければならなくなるのも、メイが死んだのも、全て私のせいだって。
こんなことが人に知られたら、私の人生も破滅するって!」
ノエルはまたハンカチでグイッと涙を拭った。
「だけど、黙ったまま生きていける気がしない。全部私が招いたことだから」
そう言ってわっと泣き出した。
やはりノエルは私よりずっと気が強い。そこを王太后もアルバンも、読み違えたのだ。
「あんな子供に、罪を負わせようとするなんて」
そういう声が聞こえた。
改めて見ると、ノエルのドレスはごてごてした飾りもシルエットも子供仕様で、だいぶ幼く見える。多分母が選んで着せたのだろう。
先ほどは興奮していてよく見ていなかったけれど、客観的に見て、まさに十三から十四歳の子供だ。
「姉は護身具を私に見せて、これで戦って逃げると言い、それから私に笛を吹いて助けを呼びなさいと教えてくれました。だから早く捜索している人たちと会えたし、姉を助けに行けたのです」
私がノエルの肩に手を置くと、ノエルは抱きついてきた。
「子供を人質に取ったってこと?」
人々が嫌悪感を顕わにし始めた。
その声の中には、王太后に対する疑惑の声が少しだけ混じっているようだが、それはかなり潜めた声音で語られている。
私はノエルの背中を撫でながら、再び怒りが燃え上がるのを感じていた。
そして、ブライアン様が手に持っていた白手袋を、「お貸しいただけますか?」と断ってから借り、それを持ってアルバンの前に行き、投げつけた。
「妹の心をひどく傷付けたこと、許しません! 決闘を受けていただきます」
アルバンがポカンとした。
その後慌てたように王太后の顔を振り返るが、王太后自身も引きつった表情で周囲を見回すばかりだ。
よほど、この状況が意外だったようだ。
「私には心得がありませんから、代理と戦っていただきます」
すぐにブライアン様が横に立った。
「私が代理に立とう。婚約者と義妹への侮辱だ」
すると、すぐに兄がその横に来て、「私の妹たちだ。私がやります」と言った。
どちらが相手になっても、すぐに決着が付きそうだが、殺さないでもらいたい。
そう言っておこうと思ったら、父がやって来た。
「私の大切な娘たちなのだから、それは私の役目だ」
父の剣の腕については聞いたことが一度もない。
兄を横目でチラッと見ると、「まあ、大丈夫じゃないかな?」と言う。
「よろしいですね、ベルシア王。二人の拉致だけでなく、公開での侮辱です。三回殺しても足りない罪だ。この場で決闘をお許しいただきたい」
父が、普段にはない迫力で、王に迫る。
周囲で高まる無言の圧を無視できなかったようで、王が許しを与えた。
父とアルバンが剣を交え始めた。
案の定、父の剣の腕はそこそこだし、怒りはあっても殺気がない。それはアルバンも同じだった。
初めは全員が緊張して見守っていたが、途中から声援が出るようになった。
「お父様、頑張って。力では勝っているわよ」
「父上、もっと腰を落として。真っすぐ踏み込んで」
クルス家とは無関係な人たちも父を応援してくれている。
その内、アルバンが剣を飛ばされて降参した。
母が父に飛びついてキスしている。
「父上、そんな奴やっちまっていいですよ」
兄がそんな乱暴なことを言い放つ。
そして実際に兄とブライアン様が、剣を片手にアルバンに近づいていった。
二人の殺気に怯え、アルバンはつんのめるように逃げた。
それがこっちに向かって来る。
まさか、私を盾にするつもり、と思う間もなく手を伸ばしてきた。
目の前に迫ったアルバンの顔に、別荘での嫌悪感とさっきの怒りが沸き上がり、重なる。
私は手にしていた扇子を顔の真ん中めがけて振り抜いた。
アルバンは大きく体勢を崩し、その場に尻もちをついた。鼻血を噴いている。
その瞬間、周囲から歓声が沸いた。
兄とブライアン様は気が抜けたように呆然とこちらを見ている。ありがたいことに、殺気も霧散したようだ。
アルバンはそのまま、兵士にどこかへ連れていかれた。
祖母の扇子は象牙で出来ているので、良い武器になる。これをこんな風に使う日がくるなんて思わなかったけど。
私が扇子をしげしげと見ていると、ノエルが目の前に立った。
「私に短剣を貰えない?」
涙は乾き、表情はしっかりしている。もう大丈夫そうだ。
「もう危険はないわ」
そう言ってすぐに、そうではないことに気が付いた。まだこの国から脱出していないのだから。
「捕まっている時に触らせてもらった短剣を持っていたいの。心が壊れそうにぐらぐらしていたのに、短剣を触ったら気持ちが落ち着いた。その後も、あれを思い出すと力が湧いたの。だからそれをお守りに欲しいわ。駄目?」
ノエルの眼差しと表情は真剣で、先ほどまでの幼い曖昧さはもうなかった。
私はスカートの一部を持ち上げて、ガーターベルトに留めた短剣を抜き取り、ノエルに渡した。
ノエルは鞘から剣を抜いて、刃の輝きをしばらく見詰めてから鞘に収めた。
「ありがとう。お姉さま」
ノエルは大事そうにそれを胸に抱いた。
ブライアン様と父が、王に挨拶に向かった。既に表情は愛想の良い貴族のそれに変わっている。
「お騒がせいたしました。娘たちの動揺が酷いので、この狩猟祭を最後に、帰国させていただきたいと思います。おもてなしいただきありがとうございました。慌ただしい出立ですが、この状況です。お許しいただきたい」
そう王に挨拶し、振り向いて周囲の貴族たちにも、「まことにお騒がせしました。皆様の暖かい声援に励まされ、久しぶりに手にした剣で勝つことができました」と挨拶する。
ブライアン様も、「ありがとうございました」とだけ言い、王に向き直った。
その時、王太后に殺気を放ったようだ。王太后が咄嗟に王の側に寄った。
「では、失礼いたします」
そう言うと、優雅に礼をした。女性たちの視線が集まり、王も表情を取り繕うしかないようだ。
二人は足早に私たちの方にやってきて、立ち止まった。
テントに戻らないのかと周囲を見ると、クルス家の集団の背後には馬車が用意されていた。騎士以外は皆もう乗り込んでいて、一番後方の馬車は既に走り始めている。
いつの間にと驚いたが、元々全員逃げる準備は終わっていたし、残っている者も少ない。
ロイドがニコラスと共に近付いてきた。そして父の決闘で汚れた狩猟用ジャケットを着替えさせた。
「お嬢様。ご無事でよかったです」
「ありがとう。皆のおかげよ。それに運がよかったようだわ」
「先ほどの扇子の一閃は素晴らしかったです。エリス様を超えられましたね」
そう言うとプハッと噴き出した。ロイドがこんな風に笑うのは初めて見る。
ニコラスがその肩を軽く叩いた。
この二人、いつの間に、こんなに親しくなったのだろう。
私が不思議そうに見ているのに気が付き、ニコラスが教えてくれた。
「昔話で意気投合したのです。先ほどマリア嬢が短剣を抜いた時には、あちら側半分の方々がどよめいておりました。無頓着なご様子なのが非常に粋でしたね」
短剣。あーそういえば、少し足が見えたかも。でも太ももまでの白い長靴下を穿いているし、膝上までしか上げてないわ。
「一瞬よ」
「そうでしたね」
ニコラスは澄まして言い、ロイドはさらに笑い出した。
ブライアン様がむっつりとした表情で横に来て、私を軽く睨む。
私は急いでニコラスに「それで?」と投げかけた。
ニコラスはすぐに意を汲んでくれて、真面目な表情に戻った。




