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【書籍化進行中】この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第五章 ブライアンの怒り

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決闘


 叫んだのはノエルだった。お付の騎士たちをその場に残し、私の横に走って来て周囲を見回した。


「私のせいです。私が王太后様に、『王太子殿下にハンカチを渡しにおいで』と言われて。

 そうしたら行った先にいたのはアルバンだったのです。

 姉は私の侍女に騙されて、テントから拉致されて連れてこられました」


 そう一気に言って、それから涙をぐいっと袖で拭った。私は慌ててノエルにハンカチを渡した。

 

「私へのお仕置きと言って、アルバンがメイを殺しました。その時、『事情を知る者は消す予定だった』って言ってました」


 そう言ってから、ハンカチでグイッと涙を拭った。


「これは全て私の招いた事態だから、人には言わないよう口止めされました。

 姉の名誉が汚されるのも、アルバンと結婚しなければならなくなるのも、メイが死んだのも、全て私のせいだって。

 こんなことが人に知られたら、私の人生も破滅するって!」


 ノエルはまたハンカチでグイッと涙を拭った。


「だけど、黙ったまま生きていける気がしない。全部私が招いたことだから」


 そう言ってわっと泣き出した。

 やはりノエルは私よりずっと気が強い。そこを王太后もアルバンも、読み違えたのだ。


「あんな子供に、罪を負わせようとするなんて」


 そういう声が聞こえた。

 改めて見ると、ノエルのドレスはごてごてした飾りもシルエットも子供仕様で、だいぶ幼く見える。多分母が選んで着せたのだろう。

 先ほどは興奮していてよく見ていなかったけれど、客観的に見て、まさに十三から十四歳の子供だ。


「姉は護身具を私に見せて、これで戦って逃げると言い、それから私に笛を吹いて助けを呼びなさいと教えてくれました。だから早く捜索している人たちと会えたし、姉を助けに行けたのです」


 私がノエルの肩に手を置くと、ノエルは抱きついてきた。


「子供を人質に取ったってこと?」


 人々が嫌悪感を顕わにし始めた。

 その声の中には、王太后に対する疑惑の声が少しだけ混じっているようだが、それはかなり潜めた声音で語られている。

 私はノエルの背中を撫でながら、再び怒りが燃え上がるのを感じていた。


 そして、ブライアン様が手に持っていた白手袋を、「お貸しいただけますか?」と断ってから借り、それを持ってアルバンの前に行き、投げつけた。


「妹の心をひどく傷付けたこと、許しません! 決闘を受けていただきます」


 アルバンがポカンとした。

 その後慌てたように王太后の顔を振り返るが、王太后自身も引きつった表情で周囲を見回すばかりだ。

 よほど、この状況が意外だったようだ。


「私には心得がありませんから、代理と戦っていただきます」


 すぐにブライアン様が横に立った。


「私が代理に立とう。婚約者と義妹への侮辱だ」


 すると、すぐに兄がその横に来て、「私の妹たちだ。私がやります」と言った。


 どちらが相手になっても、すぐに決着が付きそうだが、殺さないでもらいたい。

 そう言っておこうと思ったら、父がやって来た。


「私の大切な娘たちなのだから、それは私の役目だ」


 父の剣の腕については聞いたことが一度もない。

 兄を横目でチラッと見ると、「まあ、大丈夫じゃないかな?」と言う。

 

「よろしいですね、ベルシア王。二人の拉致だけでなく、公開での侮辱です。三回殺しても足りない罪だ。この場で決闘をお許しいただきたい」


 父が、普段にはない迫力で、王に迫る。

 周囲で高まる無言の圧を無視できなかったようで、王が許しを与えた。


 父とアルバンが剣を交え始めた。

 案の定、父の剣の腕はそこそこだし、怒りはあっても殺気がない。それはアルバンも同じだった。

 初めは全員が緊張して見守っていたが、途中から声援が出るようになった。


「お父様、頑張って。力では勝っているわよ」


「父上、もっと腰を落として。真っすぐ踏み込んで」


 クルス家とは無関係な人たちも父を応援してくれている。

 その内、アルバンが剣を飛ばされて降参した。


 母が父に飛びついてキスしている。


「父上、そんな奴やっちまっていいですよ」


 兄がそんな乱暴なことを言い放つ。

 そして実際に兄とブライアン様が、剣を片手にアルバンに近づいていった。


 二人の殺気に怯え、アルバンはつんのめるように逃げた。

 それがこっちに向かって来る。

 まさか、私を盾にするつもり、と思う間もなく手を伸ばしてきた。


 目の前に迫ったアルバンの顔に、別荘での嫌悪感とさっきの怒りが沸き上がり、重なる。

 私は手にしていた扇子を顔の真ん中めがけて振り抜いた。

 アルバンは大きく体勢を崩し、その場に尻もちをついた。鼻血を噴いている。


 その瞬間、周囲から歓声が沸いた。

 兄とブライアン様は気が抜けたように呆然とこちらを見ている。ありがたいことに、殺気も霧散したようだ。

 アルバンはそのまま、兵士にどこかへ連れていかれた。



 祖母の扇子は象牙で出来ているので、良い武器になる。これをこんな風に使う日がくるなんて思わなかったけど。

 私が扇子をしげしげと見ていると、ノエルが目の前に立った。


「私に短剣を貰えない?」


 涙は乾き、表情はしっかりしている。もう大丈夫そうだ。


「もう危険はないわ」

 

 そう言ってすぐに、そうではないことに気が付いた。まだこの国から脱出していないのだから。


「捕まっている時に触らせてもらった短剣を持っていたいの。心が壊れそうにぐらぐらしていたのに、短剣を触ったら気持ちが落ち着いた。その後も、あれを思い出すと力が湧いたの。だからそれをお守りに欲しいわ。駄目?」


 ノエルの眼差しと表情は真剣で、先ほどまでの幼い曖昧さはもうなかった。

 私はスカートの一部を持ち上げて、ガーターベルトに留めた短剣を抜き取り、ノエルに渡した。

 

 ノエルは鞘から剣を抜いて、刃の輝きをしばらく見詰めてから鞘に収めた。


「ありがとう。お姉さま」


 ノエルは大事そうにそれを胸に抱いた。


 ブライアン様と父が、王に挨拶に向かった。既に表情は愛想の良い貴族のそれに変わっている。


「お騒がせいたしました。娘たちの動揺が酷いので、この狩猟祭を最後に、帰国させていただきたいと思います。おもてなしいただきありがとうございました。慌ただしい出立ですが、この状況です。お許しいただきたい」


 そう王に挨拶し、振り向いて周囲の貴族たちにも、「まことにお騒がせしました。皆様の暖かい声援に励まされ、久しぶりに手にした剣で勝つことができました」と挨拶する。

 

 ブライアン様も、「ありがとうございました」とだけ言い、王に向き直った。

 その時、王太后に殺気を放ったようだ。王太后が咄嗟に王の側に寄った。


「では、失礼いたします」


 そう言うと、優雅に礼をした。女性たちの視線が集まり、王も表情を取り繕うしかないようだ。


 二人は足早に私たちの方にやってきて、立ち止まった。

 テントに戻らないのかと周囲を見ると、クルス家の集団の背後には馬車が用意されていた。騎士以外は皆もう乗り込んでいて、一番後方の馬車は既に走り始めている。

 いつの間にと驚いたが、元々全員逃げる準備は終わっていたし、残っている者も少ない。


 ロイドがニコラスと共に近付いてきた。そして父の決闘で汚れた狩猟用ジャケットを着替えさせた。


「お嬢様。ご無事でよかったです」


「ありがとう。皆のおかげよ。それに運がよかったようだわ」


「先ほどの扇子の一閃は素晴らしかったです。エリス様を超えられましたね」


 そう言うとプハッと噴き出した。ロイドがこんな風に笑うのは初めて見る。

 ニコラスがその肩を軽く叩いた。

 この二人、いつの間に、こんなに親しくなったのだろう。

 私が不思議そうに見ているのに気が付き、ニコラスが教えてくれた。


「昔話で意気投合したのです。先ほどマリア嬢が短剣を抜いた時には、あちら側半分の方々がどよめいておりました。無頓着なご様子なのが非常に粋でしたね」


 短剣。あーそういえば、少し足が見えたかも。でも太ももまでの白い長靴下を穿いているし、膝上までしか上げてないわ。


「一瞬よ」


「そうでしたね」


 ニコラスは澄まして言い、ロイドはさらに笑い出した。

 ブライアン様がむっつりとした表情で横に来て、私を軽く睨む。

 私は急いでニコラスに「それで?」と投げかけた。

 ニコラスはすぐに意を汲んでくれて、真面目な表情に戻った。




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― 新着の感想 ―
結局、マリア側も王太后側も証拠は無くて証人と証言のみ。 であれば、数と勢いで体勢は決まる訳で、母とエマとノエルと父の怒りという勢いを受けられたマリアの勝利。 ただ、冷静になって考えると、こんな裁判?は…
パパさんも覚醒した! クルス家の人は家族に被害が及ぶと能力を目覚めさせるのか…
ノエルの天然な幼さがここで生きるとは。祖母の扇も。 一番祖母の扇で叩きたいのは王太后だけども。 ノエル頑張ったけど刃物を渡すのはちょっと心配(笑) 王太子たちが静かだけど後片付けをしてくれるのかそれ…
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