王太后との対決
野外パーティー会場の奥に設けられた席に、王たちが護衛兵に囲まれてゆったりと座っている。その王族の手前の方に立つアルバンが見えた。そのもっと手前に共犯の男。
「もう一人はすぐに逃げだしたのに。あなたはのんびりしているのね」
すれ違いざまにそう言ってやった。
びくっとしたようにこっちを向いたその顔から、赤みが引いていく。そして、そろそろと後ろに向かって移動し始めた。
その男が逃げようとしているのを察知した会場の兵が、男を素早く制止した。この兵は王太后の手の者だろう。多分もう逃げられない。
男がすがるような目をこちらに向けたが、私は目を逸らした。
アルバンが何か言おうとしたが、無視して通り過ぎる。追おうとしたようだが、それは兄とブライアン様が阻止した。
強い殺気が漏れている。
私は立ち止まり、振り向いた。
「殺しては駄目よ」
そう釘を刺さなければ、引きちぎりそうな様子だったのだ。
猛獣が二匹に増えている。
後ろに続くクルス家と近衛の騎士、ブライアン様の護衛、従者たちも剣呑な様子を隠しもしない。
後をついてきたやじうまたちは、事情を知っているので、少し緊張した様子で黙って歩いている。
パーティー会場にいた者たちにとって、この雑多な集団は、かなり異様に映ったらしく、周囲から声が消え、静かになった。
「マリア・クルス嬢をお連れしました」
使者が王に報告し、兵士を率いてそそくさと下がっていく。
私は王の目の前に立った。そして、王の言葉を待った。王の横には王太后が座っている。そのずっと後ろに王妃と王太子が座っている。前に見たときと同じだ。
しばらく経っても、王は落ち着かなげに私たちを見回すだけで、何も言わない。
戸惑っている様子だ。
たぶん期待していたのは、恐れ打ちひしがれた哀れな娘と、哀願する家族の姿。怒りに燃える集団ではなかったのだろう。
こちらから話しかけるのは礼儀に合わない。だから黙って待った。
すると王太后が王に代わって話し始めた。
「なぜここに呼ばれたか、わかっているの?!」
なぜか、なじるような言い方だ。そう言われても困るのだが。
「お呼びに従い、参じました。身支度が整っておりませんが、それを置いて即刻出向くようにと命じられましたので、こんな身なりで失礼いたします」
周囲の者たちから一瞬ザワッと声が上がったが、すぐに静かになる。
王太后は、じろじろと私のドレスを見ている。
それから王の袖を引き、睨みつけた。
王がやっと自分の役割を思い出したように声を出した。
「マリア・クルス嬢、アルバン・アクシスに火傷を負わせたそうだな」
「襲われそうになったので、護身用に持っていた薬を噴き掛けて逃げました。火傷になったかどうかは知りません」
私が被せるように即答したせいで、王は続く言葉を飲んだようだ。
その様子を見て、エマが説明したいと言う。
「この者が用意した護身具です。直接発言してもよろしいでしょうか」
王は許可を出さないわけにはいかなかった。
エマが前に出た。
「こちらは薄い酸で、しばらく赤みが残りますが、跡は残りません。護身具は攻撃用の品ではなく、相手を怯ませ行動を止めるものです。ですからそれは火傷ではありません」
エマの言葉に、周囲の者たちが小声で話し始めた。護身具が欲しいと言う女性の声がいくつか聞こえてくる。
これで、傷害疑惑は消えたわけだ。
「誤解が解けたのなら、私から申し上げたいことがございます。アルバン・アクシス様がクルス家の侍女ベスを殺害しました。その件でアルバン・アクシス様を告発します」
私の言葉に、王と王太后がうろたえ、周囲からは大きなざわめきが上がった。
王太后がアルバンを呼び寄せ、慌てて話をし、それからこちらを向いた。
「アルバンは濡れ衣だと言っているわ。それに遺体はどこ? 本当に侍女は死んだの?」
「アルバン様がそこの男に、外で殺して捨てて来いと命じました。それから外で彼女の悲鳴が聞こえ、声が途切れました。どうなったか私は見ていませんが、その後で、その男がやったと言うのを聞きました」
「じゃあ、実際に殺したかどうかはわからないのね。話にならないわ」
王太后は、ざわつく周囲の者たちに「静かにしなさい!」と叫んだ。
「それより、あなたはアルバンを誘ったそうね。密会の最中に、彼をじらしたあげく、薬で害して逃げたと聞いたわ」
何を言っているのかと一瞬考えてしまったが、つまり、私をこの場でふしだらで遊び好きな女だと断罪したいわけだ。アルバンも同じような話をしていたのを思い出し、くだらなさに呆れた。
「お言葉ですが、マリアはテントに入った一瞬の間に姿を消しました。それを全員で探して、この子が隠れているのを見つけたのです。密会のはずがありません」
声をかけられてから話すという社交の鉄則を破り、母が大声で叫んだ。
その後小声で、「人の娘になんてことを言うの、あの蛇女!」と吐き出す。
王太后が嬉しそうに、高らかに言い放った。
「まあ、情熱的だこと。それにそういうお遊びに随分と慣れているのね」
「何ですって!」
言い返そうとする母を、私は止め、肩を抱いて話した。
「お母さま落ち着いて。言い過ぎると危険です。あちらの思惑はわかっています。私の評判を下げ、あのアルバンに下げ渡し、この国に留めたいらしいのです。アルバンが言っていました」
後ろに立っていた兄とブライアン様とエマが、「何だって?」と揃って言う。
あれ?
猛獣が三匹。母も仲間入りして四匹?
「お前は何でそんなに落ち着いている? あんなことを言われているのに。普通なら泣き崩れているぞ」
兄に文句を言われて、少し考えた。
「さっきまでの緊張が大きすぎたのよ。あれに比べたら、これは稚戯みたいなものよ」
兄は私の肩に手を置いた。
「お前、こんなことに慣れないでくれよ。頼むよ」
エマが兄の背をポンポンと叩いて慰めてくれる。
「今はその方がいいです。これは未婚の令嬢に対する公開処刑ですから。少し感情がマヒしているくらいでちょうどいい」
そう言ってから横を向いて、「なんて下劣な女!」と毒づいた。
ありがたいことにブライアン様は何も言わない。
ほっとしたが、表情を見てぞっとした。駄目そう。
「皆が納得できるよう、アルバンから経緯を話してもらうわ」
王太后に促され、アルバンが前に出る。
「マリア嬢から、誘いを受けました。えーそれで......狩猟小屋に一緒に向かったのです。そうしたら、妹のノエル嬢が後.....を付けてきたようで、小屋に飛び込んできて、マリア嬢をなじって外に飛び出しました。ベスという侍女も一緒に森に向かって走っていきました。だからベスのことも濡れ衣です」
初めはつっかえながら話していたのが、最後の方は滑らかになっていた。
周囲を囲む貴族たちの間で、色々な声が上がり始める。
そんな会話を無視して、王太后はブライアン様の方に声を掛けた。
「まあ、とんだ性悪女ね。ブライアン殿、早めに正体がわかってよかったですわ。こんな悪評の立った女では、公爵家に迎えられないでしょう。アルバンと二股をかけるなんて」
エマが言った『未婚の令嬢に対する公開処刑』が飲み込めた。
こうなると、事実とは無関係に、結婚対象として傷物になるのだ。私は良家には嫁げない。ブライアン様のローズ家はもちろん、一般的な貴族の家からも対象外になる。
状況が白でも黒でも構わない。グレイで十分なのだ。
周囲の目がブライアン様に集まる。
彼はゆっくりと私の横に立ち、肩を抱き寄せた。
そして低く笑いながら話す。
「私はマリア嬢を信じています。だからその男の言葉は嘘です」
「何を言い出すの!」
王太后が驚いて口を開けたが、すぐに皮肉っぽい表情に変わり、鼻で笑った。
「あなた個人が信じても、周囲はそうはいかないわ。彼女は受け入れられない。どうなさるおつもり?」
ブライアン様は場違いなほど明るく楽しそうに笑った。
「周囲の思惑が何だと言うのです? 私が信じるのだから、それを周囲にも要求します。
だが、もし万に一つでも、彼女がその男に惹かれたとしたら、負けないように頑張らなくてはならないですね。どこが負けているのか彼女に教えてもらわなくては」
周囲の者たちがブライアン様とアルバンを見比べて、皮肉っぽく鼻で笑ったり、眉を寄せたりしている。比べる必要もない。
そしてブライアン様が続けて軽く言った。
「まずは彼に決闘を申し込みます。私の大切な女性を嘘で侮辱したわけですから」
そう言って手袋を外した。
決闘? 一瞬で終わるだろうが、真相はうやむやになってしまう。
こうなったら、それでもいいのかもしれないと思った時、「待って!」と言う甲高い声が響いた。




