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【書籍化進行中】この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第五章 ブライアンの怒り

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救出と次の災難


「マリア」


 ブライアン様の声だった。

 腕の中で体をよじると、ブライアン様の匂いがした。

 

「これは本当? 夢?」


「遅くなってすまない」


 私は彼にもたれて、その匂いを吸い込んだ。いい匂い。


 そうする内に気絶したらしい。目が覚めて、そのことに気付いた。

 私は馬車に乗せられていた。

 はっとして飛び起き、周囲を見回す。


 私の隣にはブライアン様、向かいにエマとベルがいた。

 ベルが心配そうに私の顔を覗き込む。


「お嬢様、大丈夫ですか? 具合の悪いところはございませんか?」


 何があったのだったか? ぼんやりと思い出し始めた。大変なことが。何か……ノエル!!


「ノエルが森に放り出されたの。あの子はどこ? 見つけなければ」


 ブライアン様が私の肩を抱き寄せた。


「ノエル嬢は保護した。彼女が笛を吹いていたおかげで見つけられた。そして君の居所に当たりを付けられた」


 そう言って私のおでこにキスした。

「心配で狂いそうだった。あの笛の音は一生忘れられないよ。こんなことを企てた王太后も相手の男も、この手で叩きつぶす」


 じゃあ皆、無事なのね……いいえ、違う。


「ベスが死んだわ」


 私の言葉にベルが立ち上がりかけて、力が抜けたようにストンと座った。

 その背をエマがさする。


「エマ、ありがとう。この香水が私を救ってくれたわ。思ったより威力があったわよ。短剣では失敗していたかもしれない」


 エマが目を瞠った。


「練習もしないで使えたなら十分優秀です。今度じっくりと使い方といいますか、流れをお教えします」


「でも横顔に掛けてしまったので、回復が早かったみたい。正面からの方がいいわね」


 私はふうっと息を吐いて項垂れた。

 

「しかもシーツでぐるぐる巻きにしたのに、縛りもせずに転がしておいたの。馬鹿だったわ」


 ブライアン様が私を何回も抱き締め、あやすように背中をさする。


「何があったかは、国に帰る旅でゆっくり聞かせてくれ。キャンプ地に皆が戻ったら、すぐ帰国しよう」


「ええ、帰りましょう。もう、ここにいるのは嫌だわ」


 馬車の前方が明るい。キャンプ地の広場には椅子が置かれ、テーブルに給仕係が皿を積んでいる。そこに料理が運ばれ、客の選んだ料理を取り分けて渡しているようだ。


 ちょうど宮廷の夜会と同じような雰囲気が、作り上げられている。

 女性たちは、丈を短くできるタイプの、お洒落なドレスを身にまとっているので、野外パーティーでも華やかな雰囲気だ。

 

 私は自分のドレスを見下ろした。

 旅行用の簡素なドレス。所々に枝で引きつれができ、裾はかぎ裂き、土埃で汚れている。足元は、これも旅行用のヒールの低いもの。しかも壊れている。


 やれやれだわ。

 馬車は後夜祭会場を避けて、クルス家のテントに向かった。


 テントの中には母とノエルがいた。

 ノエルはベッドの中で小さく丸まっている。

 私を見た途端に、ノエルはベッドから飛び出して走ってきた。

 

「お姉様、無事なの? 何もされなかった?」

  

「大丈夫よ。何もなかったから」


 私は胸元に突っ込んでいた香水瓶を出して、母に見せた。

「これで戦ったのよ。すごい威力だったわ」


「まあ、よく上手に使えたわね。マリアも演技派なのかしら」


「キスされそうになって、ぞっとしたら反射的に体が動いたの……本当に気持ち悪かった」


 母は黙って私を抱き寄せた。


「よかったわ」


 ノエルは背中におでこをくっつけて泣いている。

 私は二人の背に腕を回した。


「帰りましょう。もう十分よ」


 私はベルに手伝ってもらって、顔を洗い、髪を整えてもらった。

 着替え用のドレスをベルが引っ張り出しているところに、王の使者が訪れた。

 私と母は、使者を迎えてテントの外に出た。


「マリア嬢にお伺いしたいことがございます。広場のパーティー会場までご同行ください」


「今戻ったばかりで、身繕い中ですので、支度が済んだらご挨拶に伺います」


 私が答えると、「申し訳ございません。このままご同行いただくようにと、強く命じられております」


 母が顔色を変えた。


「どういうことですか? 客人への態度とは思えないご指示ですね。聞き間違いかしら。もう一度戻って聞き直してきてください」


 母が本気で怒っている。額に青筋が立っていた。

 だが使者は全く退かない。


「ご同行いただけない場合は、兵士に連れてこさせろと仰っています。ご自分で歩かれたほうがよろしいと思います」


 呆然としてしまった。

 いったい何だと言うのだろう。


 こんなところで意味もなく私を罪人扱いするつもりなのだろうか。

 考えていることが、さっぱり見えない。


「私が何かしたと言うのでしょうか。理由は何です?」


「アルバン・アクシス様に対する暴行です」


「まあ、男性の不躾な行いに、乙女が抵抗したら罪になるっていうの? この国はなんなの!」


 母が大声で怒鳴った。甲高い声なので、さぞ周囲に響いているだろう。

 使者が兵を引き連れているので、テントの周囲に人が寄ってきていた。その人々の驚く声が聞こえる。


 使者は慌てたようだ。


「連行しろ」と叫んだ。


「何だって。何かぬかしたか!?」


 兄が走り込んできて、使者と私たちの間に立った。湯気が立ちそうに怒っている。

 すぐに騎士たちと、ブライアン様がその後ろから飛び込んできた。


 ブライアン様の顔を見た途端に、「いいでしょう、このまま向かいましょう」と私は叫んでいた。

 だって、彼の顔に本物の殺意が見て取れたのだ。それも止められそうにないレベルだ。


 私はここで戦闘を起こしたくない。

 だから、使者を促した。


「早く、早く連れて行ってください」


 使者はホッとしたような、戸惑ったような中途半端な表情で、私の前を歩き始めた。


 周囲に居た人々が私の姿を見て、かぎ裂きのドレスに注目し、訝しげな表情をする。

 私は何か言わないといけないような気になった。


「窓から逃げ出して、茂みの中に隠れていたのです」と一言だけ弁解する。

 今の私の姿は、全く身だしなみがなっていないだろう。


 それで納得してもらえたらしい。その話は、後ろにいる人たちにも伝えられたようだ。

 一人の男性が、「それが何で、こんな乱暴な扱いを受けることになる?」と誰にともなく問いかけた。


 使者は黙っている。同じような声が増え、堪らなくなったのか、周囲に向かって叫んだ。

「アルバン・アクシス様に対する暴行容疑です」


 その後のひそひそ声からして、アルバンはかなり評判が悪いらしい。


「アルバン殿は、この女性に暴行を受けたと、王太后様に泣きついたのですか?」

 

 誰かがおどけた調子で聞いた。それで、笑い声が上がる。

 なんともバカバカしい状況だ。

 

「この女性に火傷を負わされている。傷害罪です。それは事実です!」


 これは本気で無理押ししようとしている、そう悟った。私は立ち止まり、口元を抑えて息を止めた。

 それから、大声を張り上げた。


「それならば、私は我がクルス家の侍女ベスを殺害した罪で、アルバン・アクシスを告発します」


 使者が目を剥いた。

 そして兄が、「何だって? ベスが、なぜ!」と叫んだ。


「確か、『証人は少ない方がいい』と言っていたわ」


 私は下を向いて唇を噛み締め、それから顔を上げた。


「あの男は、妹の心をひどく痛めつけた。壊れてしまいそうなほどに。許さないわ。私の方から告発してやる。さあ、早くいきましょう」


 使者はテントにやって来た時とは打って変わって、おどおどと自信なさげに歩いていく。その周囲を野次馬たちが押し包むように囲んで歩く。

 兵たちは追い立てられる罪人に立場が変わったかのように、落ち着かなげだ。



 その頃王族用の天幕内で、王太后は王に向かって、にんまりと笑って見せていた。

 

「ノエルは脅しつけられて何も話せないわ。密会していたのは事実だし、マリアは自分の潔白を証明できない。それ以前に不安と恥辱に耐えられず気絶するかもね」


 王は嬉しそうに言う王太后を困ったような表情で見ている。そんな王の肩を扇子でポンと叩き、王太后は促した。


「さあ、そろそろ引っ立てられてくる頃でしょう。外で待ちましょう」

 



 そして広場の王と王太后の前に私は進んでいった。私の周囲は私の家族と騎士たちが囲んでいる。

 私の横には母。

 兄とブライアン様は危なっかしくて、前に出せない。多分戦場でも、ここまでカッカしていない気がする。


 ノエルはクルス家の騎士たちに守らせてテントに残した。ベルに付いていて欲しいと頼んだが断られた。

「お嬢様と一緒に行きます。私はお嬢様から離れてはいけなかった。絶対に離れません」


 ベルたちも、私とノエルの失踪を知ってキャンプ地に駆け付け、一緒に捜索に参加していたのだ。腰に手を当てて、仁王立ちするベルの迫力は半端ない。

 仕方がないので、ノエルには別の侍女を付けておくことにした。

  



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― 新着の感想 ―
王太后はこの国の中で一番の権力を持ったことで昔と違って対応が雑になってるのかも、、、
マリアかっこいい! 王太后はマーカスに長年犯罪の尻尾を掴ませなかった割には今回は見立てが甘そう?
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