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【書籍化進行中】この結婚、死んでも嫌です【連載版】  作者: 羊宮 玲(旧 羊)
第五章 ブライアンの怒り

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ノエルの試練


 ノエルは不安そうで怯えているが、目には怒りがあった。何らかの被害に遭った様子はない。


「ノエル。これで分かった?」


 そして私の掛けた言葉は安堵した本心とは裏腹に、自分の耳にも冷たく聞こえた。

 ノエルがビクッと肩をすくめる。


「おお、これはまた、冷たいお姉様だ。かわいそうな妹に、大丈夫かの一言もないなんてね」


 ノエルの向かいに座っているアルバンは、せせら笑うように言う。

 ノエルはその顔をギッと睨んだ。


「まあ、マリア嬢も座ってくださいよ。明日の朝までここで過ごすのだから。時間はたっぷりある。お茶でもどうですか」


 変に上機嫌だし、馴れ馴れしい。気持ちが悪いので、私は勧められた椅子を無視して、ノエルの隣に座った。


 アルバンは私と一緒に部屋に入ったベスに、お茶の支度を言いつけた。

 ベスが部屋から出て行くのを満足気に見送った後、アルバンは私たち二人を眺めてニヤニヤしている。 


「マリア嬢が体調を崩したと聞いたときは慌てましたよ。計画が狂うところだった。まあ、妹さんが思い通りに動いてくれたので、結果はまずまずです」


「どういうことですか?」


 私が聞くと自慢げに計画を語り出した。


「王太子を餌に、妹君を呼び寄せる。その付き添いを姉に頼むようそそのかし、二人で王太子に会いに来させる。たったそれだけのことです。簡単な罠だ」


 ノエルはハンカチを握っている。それはもうしわくちゃになっていた。

 

「王太子殿下も仲間なのですか?」


「どうだろう。私は知らない。ただ私はすごく運がいい。マリア嬢を貰えることになったのだから」


「なんですって!」


 先に声を出したのはノエルだった。


「お姉様はブライアン様と婚約しているのよ。何を言っているの?」


 アルバンはニヤニヤしたまま答えた。


「未婚の男女が二人きりで夜を過ごしたら、そうなるのですよ、ノエル嬢。例え何があろうがなかろうが、男は責任を取らなくてはならない。私はちゃんと責任を取りますからご安心を」


 ノエルがアルバンを睨みながら悔しそうに眉をしかめた。


「私のせいね。私が王太后に騙されたから」


 悔しそうにそう言うと、涙が頬を伝い落ち始めた。


「違うわね。みんなの言葉をちゃんと聞かなかったから」


 そして私に抱きついて大声で泣き出した。目を大きく見開いているが、焦点がぶれている。

 私は妹を抱き寄せて、その片手を私の脚に留めてある短剣に触れさせた。

 ノエルがハッとしたように私を見上げる。


「大丈夫よ。泣かないで」

 私はノエルが手に持っていたハンカチで、頬の涙を拭ってあげた。


 ベスがお茶を持って部屋に入ってきていたが、いつもと違うノエルを見て慌てている。

 この妹に、この侍女ではだめに決まっている。これは私たち年長者の落ち度だ。


 ベスが私とノエルの前にカップを置いた。

 私はベスの目をじっと睨んだ。案の定、おどおどと目を泳がせている。


「ノエル、飲んじゃ駄目よ。何か入っているわ」


「えっ、なぜ?」


 そう言って、ノエルはベスを振り返る。

 ベスは目を逸らした。


「なんで……」


「申し訳ございません。お嬢様を助けるためには……」

 

 ハハハっとアルバンが笑い出した。


「もういいだろう。正直にいこう。金に転んだのさ」


 ノエルが口元を手で押さえた。

 私は先程から疑っていたけど、やはりノエルは何もわかっていなかったのだ。


 いくら脅されていたとはいえ、ベスの振る舞いは不自然すぎた。

 アルバンたちなら、私の護衛数人で簡単に制圧できそうなのだから。


 この素人臭い企みが成功したのは、ノエルも私もベスを全く疑っていなかったから。そして私がノエルを見捨てられないのを、ベスが知っているから。

 ノエルには詳しい話をしていないので、ベスも何も知らない。それが良かったのか悪かったのか、どちらなのだろう。この行動が自分にとってどこまで危険か、ベスはまるでわかっていないかもしれない。



「下げてちょうだい。見たくもないわ」


 ノエルがベスに向かって吐き出すように言う。

 ベスはお茶を片付けて、部屋から出ていった。


「まあ、いいさ。なんにしても明日の朝キャンプに戻れば、マリア嬢は私の妻になって、この国で暮らすことになる。ノエル嬢は私の義妹だ。仲良くやろう」


 ノエルはアルバンを睨みつけ、「あなたみたいなオジサン、誰が兄なんて呼ぶものですか。それに姉はあなたなんかと結婚しないわ」


 アルバンは、肩をすくめた。


「とことんお子様だな。こりゃ、しつけが大変だ」


 そう言うと、「ベス、ちょっと来い」と大声を張り上げた。


 ベスが部屋に入って来ると、外で見張りをしている男たちを呼んでくるよう指示した。


 私はノエルを抱き寄せ、アルバンを睨んだ。


「何をするつもり?」


「ちょっとしたお仕置きだよ。まあ、そう睨むな」


 ベスと男二人が部屋に入ってきた。


「この女はもう始末していいぞ。それから見つからない場所に捨てて来い」


 アルバンが指を外に向ける。

 二人はベスの腕を両側から掴んだ。ベスは呆然としていたが、引きずられて部屋から出る間際になって、状況が飲み込めたようだ。


「お嬢様、助けてください。ノエル様」


 ノエルは唇を噛んで、ベスを見ている。


「マリア様、助けて」


 ノエルが一言も発しないのを見て、私の方を見る。

 私はアルバンに、「ベスはあなた方の仲間ではないの?」と聞いた。


「証人は少ない方がいいからね。初めからその予定だ。しかしまあ、主と侍女は同レベルってことなんだろうな。馬鹿な女だ」


 ベスが金切り声を上げた。


「こんな話ではなかったじゃない。マリア様に直接思いを伝えたい、それだけだって言ったじゃないの。こんなこと考えてもいなかったのに」


「それだけじゃないって、わかってはいただろう。きれいごとを言うな」


 アルバンがうんざりしたように言う間も、二人の男は無言でベスを引きずって行く。

 

 

 窓越しにかすかに聞こえていた喚き声が、しばらくすると聞こえなくなった。

 すると、アルバンがノエルに向かって身を乗り出した。


「さあ、ノエル嬢。これから言うことをしっかり覚えるんだ。君は姉が俺と出かけるのを追って、ここまで来た。そして二人の密会に驚き、飛び出して行った。そこを暴漢に襲われ、ベスとはぐれた」


 ノエルは呆然としたまま、目を見開いている。

 そしてぎこちなく私の方を見た。


「ベスは死んだの?」


 私は黙って頷いた。


「いいかい。これは君のせいだ」


 アルバンはノエルの腕を掴んだ。


「姉は私と結婚するしかなくなる。婚約者を裏切ったふしだらな女だ。自国には一生戻れない。君のせいだ。そんなことが知れたら、君も同じように扱われる。分かるか?」


 ノエルは黙ったまま身を固くしてアルバンを見ている。


「侍女が死んだのも君のせいだ。友人には知られたくないよね。そんな噂が立てば縁談も無くなる」

 

 ノエルは息すらしていないようだ。私はノエルの背中をさすった。


「さあ、陽も落ちたことだし、これからは大人の時間だ。子供のノエル嬢は邪魔だな。森のお散歩に出てもらえるかな。朝には誰かが見つけてくれるだろう」


 アルバンがノエルに伸ばした手を、私は振り払った。


「こんなにショックを受けているのよ。少し二人だけで話をさせてちょうだい」 


 ノエルは明らかにパニックかヒステリーを起こしそうな、危ない様子だ。このまま外に放り出されたら危険だろう。


「ふーん」と面白がるような声を出してからアルバンが立ち上がった。


「少しなら許してあげよう。私は物分かりのいい男なんだ」


 アルバンは笑いながら部屋を出ていった。

 足音が遠ざかるのを待って、私は小声で聞いた。


「ノエル、あなた笛は持っている?」


 ノエルはハッとしたように胸に手をやった。首から吊ってある銀のチェーンを引っ張り上げると、その先に笛がついている。

 私はそれを、ノエルの手と一緒に握りしめた。


「ここから離れたら、これを吹きながら歩きなさい。みんなが必死で探しているはずよ。きっと誰かが見つけてくれる。そうしたら私を助けに来てちょうだい」


 ノエルは笛を見てから私を見た。


「どうしたらいいの。助けが間に合うか。どうしたら」


 私は腰に吊った香水瓶をノエルに見せた。


「これは酸よ。これで何とかできるかもしれない。だからなるべく早く助けを呼んで」


 ノエルは魅了されたように、銀細工で覆われた小さなガラス瓶を見つめた。


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― 新着の感想 ―
とりあえず、ノエルが自分の考えの甘さに気付けた事だけは良かった。 それを今後の様々な事態にも応用できるかは分かりませんが。 喉元過ぎれば……にならなければ良し。
これはマリアの最後の武器なんだからちょうだいとか言わないでね…ノエルはもう用済みだから生かしてはもらえるよ。そうじゃなきゃ人質の意味がないし 甘ったれすぎてもう、ちょっと…言葉が出ない 石の力発揮され…
まさかベスがそこまで堕ちていたとは...! 完全なる裏切り者じゃないですか。しかも、理由がお金とは救いがない。 ベスの裏切りに自分の不見識の自覚、家族の幸せの破壊者になる罪悪感、ノエルには多重のショッ…
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